福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2013年11月号 月報

第56回人権擁護大会・広島 (平成25年10月3、4日)

月報記事

会 員 三 浦 邦 俊(37期)

去る10月3日午後12時から、広島国際会議場において、第56回の人権擁護大会のシンポジウムが開催されました。第1分科会が、「放射能による人権侵害の根絶をめざして」、第2分科会が、「なぜ、今『国防軍』なのか―日本国憲法における安全保障と人権保障を考える―」、第3分科会が、「不平等」社会・日本の克服―誰のためにお金を使うのか」というテーマでしたが、私は、第3分科会に日帰りで参加し、翌日の人権擁護大会も、午前8時19分の「みずほ」に乗って、9時30分過ぎには会場に到着、大会の懇親会と、その後の某会合も参加し、午後11時前には、自宅に帰りついていました。見分した範囲で、人権擁護大会の報告を致します。

全体的な感想を述べれば、それこそ何年振りか、何十年か振りで、戦争と平和、基本的人権、法の支配の原則など、基本的な理念、原則に立ちかえって考えることができて、大変勉強になったと思います。来年は、函館で、イカそうめんを食べましょうが、函館弁護士会会長の呼びかけでした。


シンポジウム報告

第3分科会のシンポは、日本の生活困窮者は増大の一途をたどっている、相対的貧困率(世帯所得をもとに国民一人ひとりの所得を計算し、順番に並べて真ん中の所得の半分に満たない人の割合)は16%、アメリカに次ぐ高さであり、一人親世帯の相対的貧困率は2011年においては50%である。その一方で、社会保障費削減による餓死、孤独死の増加、経済・生活問題を理由にする自殺者の増加傾向は15年間変わらない状態にあるとの問題提起がありました。この貧困拡大の要因は、第一に、非正規雇用の拡大による不安定・低賃金労働の蔓延にあって、年収200万円以下の民間企業の労働者は、2006年以降、6年連続で1000万人を超え、非正規労働者は、全労働者の38.2%、非正規労働者の賃金水準は、正規労働者の約5割であるとの指摘がありました。また、他方で、労働組合の組織率が2012年時点でわずか17.9%であり、中小零細企業や、非正規労働者層は、事実上未組織状態におかれていることが、このような不安定、低賃金労働が蔓延している原因である。第二として、日本の社会保障制度は、年功序列制度と終身雇用制度に基づく賃金体系を前提とした男性正社員が一家の働き手・支柱であることを前提にして、社会保障制度が本来担うべき役割の多くを企業、地域及び家族の負担と責任に委ねて、出生から生涯を終えるまでの漏れのない社会保障制度の構築を怠ってきた。その結果、いったん収入の低下や失業が生じると社会保障制度によっても、救済されず、根本から生存権を脅かさせている、日本の社会保障制度はセーフティネットとして機能不全に陥っているとの指摘がおこなわれました。熟年離婚の果てに、常習累犯窃盗事件を繰り返す、一流大学卒業の元一流企業社員の国選事件を思い出しました。また、医療に関しては、医療費の自己負担率が増加していること、年金に関しては、国民年金を40年間納付しても、基礎年金額は夫婦とも高齢者世帯が受給する生活保護基準にも及ばないとの指摘がありました。歳を取ったら、資産をはたいて生活保護で暮らした方が得だという話は、到底、容認できないと思われました。また、住宅の確保も、日本では国民の自助努力と位置付けられているために、近時は、家賃負担に耐えられなくなって、ネットカフェ難民や野宿等のホームレス状態に陥る人が後を絶たないとの指摘と、フランスなどでは住宅の問題は、社会保障の中で考えられていることの紹介がありました。フランスでは、犯罪を犯した人の帰住先で頭を悩ますことはないように思えました。

第三として、社会保障費の削減による低所得者層家庭の経済的基盤の脆弱化がもたらされている一方で、公教育が縮小されて教育の私費負担が拡大しているため、経済的理由で、高校中退を余儀なくされたり、大学進学をあきらめたりする子ども、医療を受けられずに心身の健康を悪化させる子ども、家族の中で育つ機会を奪われ貧困に直面させられている子どもが増加しているとの指摘がなされ、親の貧困が子どもの貧困に繋がる「貧困の連鎖」の構造、貧困の再生産が「機会の不平等」を生じさせ、この貧困の連鎖が社会階層の固定化を生じさせているとの指摘がありました。

そして、これらの問題に対する対策として、税と社会保障制度による所得再分配機能の必要性が強調され、所得の再分配は、生存権を保障するなど福祉主義を採用する憲法においては当然に予定されている機能であって、「応能負担の原則」も、憲法第13条、第14条、第25条、第29条などから要請されるが、現状では、所得1億円の人の所得税負担率は28.9%であるのをピークに10億円で23.5%、100億円では16.2%に低下し、所得が高くなるほど納税負担率は軽くなっている。他方、給与所得者の所得税率は、課税所得330万円以下が10%、課税所得330万円超から500万円が20%であり、住民税負担まで考慮すると、所得100億円の人の所得税負担率より、平均的給与所得者の納税負担率が高いとの指摘、所得税の基礎控除(38万円)の引き上げを検討すべきである、資産所得に対する分離課税の所得課税率15%は給与所得に対する課税率より低い、相続税の最高税率は75%だったものが50%となっている、資産所得の分離課税や、減税措置は、応能負担の原則に逆行してきたものであるとの指摘がおこなわれ、海外との比較においても、2007年時点の比較で、スウェーデン、フランスでは社会保障費のGDP比が30%近くであるのに対して、日本では、20%にも達しておらず、社会保障費の中身をみても、欧州諸国と比較すると日本では高齢者関係、医療関係に偏り、家族関係支出、失業関係支出、住宅関係支出の割合が少なく、日本には、所得再分配機能が低く、所得再分配前後のジニ係数の改善度の比較においても、OECD加盟国の中では、最低レベルにある等の指摘がおこなわれました。

以上のような分析の中から、不平等社会の克服の視点として、第一に、貧困を生む要因を排除するために、社会保障制度の整備・充実、労働者の権利の確立及び子どもの貧困対策の必要性の指摘、第二として、社会保障の権利性の確認と社会保障基本法の制定の必要性の指摘、具体的には、医療・年金・介護の各社会保険制度について、社会保険中心主義の社会保険制度から、年金を含めた税財源によるという普遍主義の原則にたった社会保障制度への転換が必要であり、健康で文化的な居住環境で生活することは生存権保障の重要な要素であり、低所得者一般に対する普遍的な家賃補助制度を創設すべきであるとの指摘がありました。第三として、不平等社会を克服するためには、税制においては、応能負担原則に従った適切な課税によって所得再分配機能を発揮させることが必要であり、生活費控除原則は、応能負担の原則の中でも重要なものであり、生活費控除原則を徹底した課税最低限の再検討がなされるべきであるとされ、さらには、応能負担の原則に基づく実質的平等の確保の観点からも、担税力に応じた資産所得課税のあり方、減税措置等の見直しなども含めて再構築等が必要との指摘がありました。第四として、憲法による「租税法律主義」及び「財政民主主義」の規定の指摘があり、税制調査会、財政制度等審議会、規制改革会議、産業競争力検討会議等、税制、社会保障制度、労働法制等を審議する場における政策形成過程の不透明、委員構成の不均衡は、審議過程における情報の公正性を欠き、民主主義の機能不全を招いている。これら重要な政策形成過程における国民の参加が保障される制度が構築されるべきであって、このような観点から、学校教育の場における主権者教育の観点からの法教育の推進の中に、社会保障、税金及び財政等の教育について、国民の権利、民主主義の観点からも、充実化が図られるべきとの指摘がありました。

最後に、日弁連の提言として、税制及び財政に関しても、憲法は租税法律主義及び財政民主主義を採用しているのであるから、今後は、税制、社会保障制度も、人権及び民主主義の観点から調査、研究をおこなって、継続的に提言をおこなうことが宣言されました。特別報告の中で、青山学院大学教授で、実行委員会の委員でもある三木義一先生が、租税法律主義の観点からは、税法を民法と同じように趣旨解釈で救済する裁判所は間違っている、裁判官は、文理に従った解釈をせよと指摘されましたが、この指摘は、行政庁の処分一般にも、応用できるのではないかと思った次第で、裁判官に対する人権教育が必要だとの指摘を思い出した次第でした。この分科会だけでも、一般の方を含めて、700名の参加があったそうです。


人権擁護大会について

10月4日の人権擁護大会当日は、この1年間の日弁連の人権擁護活動について、九弁連推薦の松田幸子副会長から時間がないところで要領良く説明がおこなわれたことや、当会の永尾廣久会員が、恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案において、分科会の長として、簡潔に要領良く議案説明をされたことをまずは、報告すべきであるでしょう。

当日は、日弁連の決議として、(1)立憲主義の見地から憲法改正発議要件の緩和に反対する決議案、(2)福島第一原子力発電所事故被害の完全救済及び脱原発を求める決議案、(3)恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案、(4)貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す決議案の質疑と採決がおこなわれ、いずれも、活発な意見交換の末、賛成多数で、決議は承認されました。これ以外に、日弁執行部から、いわゆる可視化問題に関する刑事司法制度特別部会に関する報告がおこなわれました。

大会に参加してもっとも印象深かったのは、来賓として最後に挨拶された広島市長の松井一實さんの「私は、憲法の前文が好きです。特に、最後の段落が好きです。市長としては、憲法99条を忘れないようにしています。」という趣旨の言葉でした。この市長さんは、生粋の広島人で、外務省勤務もされた労働官僚であることを後で調べて知りましたが、幼いころから、平和の尊さを教えられた広島の方であるから、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」と、自然に言うことが出来るし、公務員の職についてからも、「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と自覚を持たれていることには、うれしくなってしまいました。
若い会員の皆さんは、来年以降の人権擁護大会に是非参加してみてください。何かを感じさせてくれるものがあると思います。

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立川拘置所視察記

月報記事

会 員 金   敏 寛(61期)

2013年9月27日、我々北九州矯正センター構想対策本部委員9名は、東京都立川市にある立川拘置所を視察した。

北九州市小倉北区にある小倉拘置支所は、老朽化が深刻な問題となっており、我々対策本部の運動により、平成21年に法務省は移転を断念し、現地建替の方針となっただけでなく、地質調査などが終了し、今般補正予算で新しい拘置所の設計費が計上される等、現地建替が現実味を帯びてきた。

そのような中、小倉拘置支所と同規模でかつ平成21年に建設された立川拘置所を視察することにより、小倉拘置支所の建替について様々な意見を出せるのではないかと考え、立川拘置所を視察することにした。

とは言うものの、立川拘置所の前には、現在建替中である大阪拘置所を視察することを計画していた。平成23年6月の月報でも報告したように、我々対策本部は、2011年にソウル拘置所を視察しており、その際のソウル側との折衝窓口を私が担当したが、今回の視察においても拘置所側との折衝は私が担当することになった。

私が、大阪拘置所に電話をかけ、担当職員と話をする。

私:

「この度、小倉拘置支所の建替が進んでおり、大阪拘置所が最新設備を備えていると聞いたので是非とも見学に行きたいのですが...」

大阪:

「わかりました。いつ頃来られますか?」

私:

「7月31日に行きたいのですが。」

大阪:

「その日は何も予定が入っていないので大丈夫だと思います。」

ソウルのときのように、たらい回しにされないかと不安に感じていたが、スムーズに予定も決まり、対策本部に対してだけでなく、当本部が県弁の委員会でもあることから、県弁執行部に対して、大阪拘置所を視察するということが報告された。

数日後、大阪拘置所の職員から私宛に電話が入った。

大阪:

「新しい大阪拘置所を見学に来るとおっしゃいましたよね。」

私:

「はい、そうですが。」

大阪:

「実は、まだ基礎しかできておらず、建物自体は何も建ってないんですよ。」

私:

「・・・・・・わかりました。・・・」

ということで、大阪拘置所の見学は中止となった。

やはり、私が拘置所見学を担当すると何かが起きるということを改めて実感した。このことを県弁執行部に報告したが笑いしか返ってこなかった。

9月27日、午前10時から立川拘置所を視察した。

立川拘置所は平成21年に建てられたため、外観からは一見して拘置所であるとは思えないほどきれいな建物であり、なんといっても外壁がないことが、一層、拘置所とは思えない雰囲気をはなっていた。

我々の視察に合わせて、福岡矯正管区の方が2名来られていた。小倉拘置所の建て替えが現実的なものであることを改めて実感した。

15分ほど立川拘置所の概要の映像を見た後、実際に中の施設を見学して回った。

具体的な報告については、改めて報告集をまとめるためそちらに譲るが、やはり施設がきれいであり、拘置所内の職員にとっては働きやすい環境ではないかと思った

被収容者の部屋は、現在の小倉の拘置所とそれほど変わりはなかったが、トイレの位置が監視者に見られないように配慮されている点、冷暖房設備が整えられている点等、小倉拘置支所の建て替えにあたって参考になる点がいくつかあった。

気になった点は、既決収容者については、一人部屋ではなく複数部屋が認められ、テレビや共同浴槽、体育館の使用等が認められているのに対して、未決収容者については、一人部屋に一人用の浴槽しか認められず、テレビは見ることができないし、体育館や共同運動場等他の者と接触する機会が認められないことであった。

感覚としては、無罪の推定が及ぶ未決収容者にこそ、テレビや体育館の利用等も制限のないように認められるべきであるし、それなりの理由があるとは思うが、他の者とのコミュニケーションを図って過度なストレスがかからないように配慮されるべきではないかと思った。

約1時間の視察を終えて我々は立川拘置所をあとにしたが、次の予定まで時間があったため、東京地裁立川支部によって昼食をとることにした。

立川支部の外観は白色を基調としており、これまた外観からは裁判所であることを思わせないような建物であった。

最上階の書記官室から富士山が見えるということで、我々は数名で最上階にある書記官室前まで行き、富士山が見えたなどと騒いでいたが、中にいた書記官らが田舎者を見るような目をしていたことは言うまでもない。

午後2時から、前日弁事務総長で、長年被疑者被告人・受刑者などの基本的人権の擁護の研究や活動をされてこられ、監獄センターの所長などを歴任されている海渡雄一先生の事務所を訪問し、海外の刑務所事情等について話を聞いた。

我々は立川拘置所の視察を終えて、それなりに被疑者・被告人の人権に配慮されているとばかり思っていたが、海外の刑務所の写真を見ながら、本当にこれが刑務所かと思わされるような写真ばかりで、まだまだ日本の拘置所や刑務所のあり方が、欧米諸国に比べると劣っているのだと気づかされた。

海渡先生も、被疑者の生活について、日中は他の者とコミュニケーションを図った上で、就寝するときには個人のプライベートを尊重する形をとるべきだと話されており、この点については、小倉拘置支所だけでなく、弁護士会として、法務省をはじめとする関係機関に強く要請していくべきだと思った。

海渡先生の事務所をあとにした我々は、飛行機の時間まで少し余裕があったため、北九州で開催される九弁連大会の成功を祈って、浅草寺にお参りをしにいった。金曜日という平日でありながら、浅草はたくさんの人でにぎわっていた。

浅草で九弁連大会の成功をお願いした我々は、空港に向かい、搭乗手続きを済ませた後、荒牧部会長のいきつけである羽田空港内の寿司屋で夕飯をとることにした。

私だけが北九州空港から車を運転するため、お酒を飲むことができない中、皆はビールに焼酎にと、視察の成果を肴においしくお酒を飲んでいた。

ところが、頼んだ寿司がなかなか出てこない。出発前の30分頃になってようやく寿司が出てきたため、味わう余裕もなく、とりあえず片っ端から口の中に寿司を流し込んだ。

18:40分発であるため、18:25分には出発ゲートを通過していなければならないが、我々が食べ終わったのは18:20分頃であり、空港内を走って出発ゲートまで行き、なんとかゲートは通過したものの、飛行機に乗っていない我々の名前が空港内に大きくアナウンスされていた。

やはり我々は田舎者であった。

北九州空港に到着した後、私は運転手として、皆を目的地まで無事に送り届けた。
無事に立川拘置所視察を終えることができてほっとしている。

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◆憲法リレーエッセイ◆なぜ、今「国防軍」なのか?

憲法リレーエッセイ

会 員 永 尾 廣 久(26期)

広島での人権擁護大会

私は弁護士になって以来、毎年の人権擁護大会にほとんど参加している(ひょっとしたら欠かしたことがないかもしれない)。

これは大会前日のシンポジウムが大変ためになる内容だということ、そして大会当日は付近の散策やちょっとした観光ができる楽しみがあるのも大きな理由となっている。

昨年は佐賀市内で、今年は広島で開かれた。場所は原爆資料館の隣にある国際会議場である。今回は、ほとんど観光気分はなかった。なにしろ、久しぶりにシンポ実行委員長になったから、責任重大。しかも、テーマは「国防軍」。これは難しい。政治的に重大焦点になっているテーマについて、さまざまな思想・信条をもつ弁護士の強制加入団体としての日弁連がどのような切り口でアプローチするのか、毎回の実行委員会は議論百出だった。

実行委員会の課題は三つある。一つは、シンポジウムの翌日に開かれる人権擁護大会で審議の対象となる宣言・決議の案文をつくって日弁連理事会に提起すること、二つにはシンポジウムの討議資料としての基調報告書を作成すること、三つにはシンポジウム当日のパネリストの選定と討議テーマの確定である。

これら三つを、実は12月に発足して翌年4月までにはほぼ確定させる必要がある。実行委員会そのものは毎月1回のペースでしか開かれないので、3回か4回の討議で、すぐに方向を出して起案にとりかかる必要がある。そのうえ、必要なら現地調査や関係者へのヒアリングも実施する必要がある。これは、なかなか大変な作業になる。

今回も、先の三つがなんとか確定したのは4月ころだった。


異色のパネリストの発掘・組み合せ

パネリストの選定にあたっては、それなりに知名度があって、ごくフツーの弁護士が、この人の話なら聞いてみたいなという人であることが望ましいことは言うまでもない。ただ、日弁連は薄謝しか出せないという内部の申し合わせがあり、高額ギャラのタレントはほとんど招くことができない。

今回の目玉となったパネリストは経済学者の浜矩子教授。マスコミで辛口コメントをするので著名だ。浜教授は日本企業が海外進出するために日本軍が必要だという考えは間違っていると断言する。言われてみれば、なるほどと思う。企業は人間の生活を豊かにするためにこそ存在意義があるものであって、平和な生活を脅かす企業の存在を許してならないことは自明の理ある。

シンポジウム当日、浜教授は今日の世界は「グローバル・ジャングル」化していると指摘した。ジャングルというと、真っ先にライオンをイメージする。弱いものは強いものに食われてしまうという弱肉強食の世界だ。しかし、果たして、本当にそうなのか。ライオンが弱いものを食い尽くしてしまえば、ライオン自体の存在がありえなくなる。実は、ジャングルというのは、弱いものも強いものとともに生きている、共生の社会なのだ。弱い者を大切にしない社会は強い者も生きていけなくなることを私たちは自覚すべきである。このような浜教授の指摘には、はっとさせられた。

また、浜教授は「メイド・イン・ジャパン」といっても、実は、素材や部品あるいは組み立てが外国でなされているというのが当たり前になった。つまり、ボーダーレス、国境がなくなってしまった世界にいま私たちは生活している。他国を「鬼」として排除する論理では生きていけない現実がある。となると、このように相互依存関係にあることを自覚するしかない、このように強調した。これまた、目が洗われた思いがした。


「日の丸」で守られている自衛隊

日本の自衛隊は世界6位の軍事費を使い、装備・能力・人員ともに世界有数の軍隊になっている。そして、イラクやアフリカなどへ強力な武器・装甲車をもって海外展開している。かつてなら考えられない事態だ。

といっても、自衛隊が海外でしているのは戦闘行為ではない。病院の再建などの人道支援活動である。

また、自衛隊はイラク(サマワ)では、オランダ軍に守ってもらっていた。砂漠でも目立つカーキ色の服装であり、胸など身体の4ヶ所に日の丸をつけ、装甲車にも大きく日の丸をつけたうえ、漢字まで車体に描いて、日本の自衛隊であることを誇示している。これは、武力の行使を禁止している憲法9条の縛りがあるからである。そのおかげで、日本の自衛隊は戦場で人を殺すことがないし、殺されることもない。そして、人道支援活動によって世界から高く評価されている。

自民党の改憲草案のように武力行使ができるようになった「国防軍」は、いまの自衛隊とは根本的に違った「戦う軍隊」になってしまう。軍事秘密保護法、軍事審判所(軍法会議)、緊急事態条項(基本的人権の制約)など、軍事優先の社会に日本が大きく変わってしまうだろう。このような改憲は許されない。

日本を中国や北朝鮮の「脅威」からどうやって守るのかという声に対しては、日本の自衛隊の実力をふまえて、冷静に考えることをすすめたい。「脅威」をあおる人がいて、マスコミの一部が騒いでいるのは間違いない。しかし、今や国家間の戦争は考えられない。局所的紛争の解決、そのようなことが起きないような地道な平和的外交努力こそが求められている。


映像と爆音の再現

今回のシンポジウムで圧巻だったのは、厚木基地近くの民家のある地域における爆音を再現したこと。これはアメリカ軍の艦載機の爆音であるが、その耳をつんざくような大爆音に会場内は圧倒された。この爆音を聞きながら、日本は本当に独立国家なのかと私は根本的な疑問を感じた。

シンポジウムでは映像も活用した。伊藤真弁護士作成によるパワーポイントは、いつものことながら、すっきり改憲論の問題点を理解できるものだった。

そして、ビデオレター。各界の人々が5分程度で、自分の体験をもとに自民党改憲草案の問題点を熱く語ってくれた。そして特筆すべきは冒頭に流れた「憲法って何だろう」という映像。これは可愛らしい絵で、本当に子ども目線で憲法の意味を語りかけてくれるもので、ソフトな声に魅了された。


終わりに・・・

そんなわけで、昼12時半から夕方6時まで、6時間近いシンポジウムであったが、とても充実していて、居眠りする人もほとんどなく、終わってしまえば、あっという間だった。
とはいうものの、6時間近いシンポジウムのまとめを6分でやれという私の使命をこなすのは大変ではあった。幸い、それも好評のうちに終わることができた。

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あさかぜ基金だより ~法テラス徳之島法律事務所開所式~

月報記事

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所
弁護士 青 木 一 愛(65期)

月報ではお初にお目にかかります。あさかぜ基金法律事務所の青木と申します。

さて、去る平成25年9月6日、法テラス徳之島法律事務所開設式が徳之島のホテルニューにしだにおいて執り行われました。法テラス徳之島法律事務所の代表が当事務所の先輩である小池寧子先生であるというご縁もあり、私も出席して参りましたので、今回は、その様子をご報告致します。


さて、まず、はじめに、徳之島について簡単にご紹介いたします。

徳之島は、鹿児島の南南西468キロ、奄美群島のほぼ中央に位置する(徳之島町HPより)人口約2万8千人の島です。人口は、壱岐市とほぼ同じ位の規模になります。徳之島出身の有名人としては、第46代横綱朝潮太郎(朝潮太郎生家、朝潮太郎銅像などもあります)が挙げられますが、われわれの業界の先達ということで言えば、日弁連会長も務められた奥山八郎先生が徳之島出身です。

徳之島までの交通は、空路では鹿児島空港から40分ほど、航路では奄美大島から3時間ほどとなります。


徳之島の司法事情を見ますと、鹿児島地裁名瀬支部の管轄であり、島内には簡易裁判所もあります。これまで徳之島には弁護士がおらず、奄美大島の先生をはじめとした多くの先生方が、多大な時間と労力をかけて、徳之島の島民の皆様にリーガルサービスを提供してこられました。そのような徳之島の地に、このたび、法テラス事務所を設立しよう、との機運が高まり、去る8月1日、法テラス徳之島法律事務所が開所される運びとなりました。


前置きが大分長くなってしまいましたので、そろそろ本題に戻ります。

開所式は、まず、開式のご挨拶から始まったのですが、この挨拶の途中から「島唄」が披露されました。三線の音色に乗せて朗々と島唄が歌い上げられ、会場は早くも南国情緒にあふれておりました。

式の中では、日弁連、九弁連、法務省等、様々な方面の方から、開所をお祝いするお言葉が述べられたのですが、とりわけ、地元の徳之島の方々のお言葉には、熱いものを感じました。

徳之島には民事、刑事を問わず多くの法律問題が存在しているにもかかわらず、これまで、徳之島の住民の方々は、フェリーに乗って奄美大島まで行かなければなりませんでした。当然、時間もお金もかかりますので、弁護士に相談することすら躊躇せざるを得ない状況でした。これは、徳之島の行政機関の方々も同様です。そんな中、法テラス徳之島法律事務所が開設されたことにより、徳之島には、常に1人は弁護士がいることになりました。徳之島の皆様にとって、何か困ったことがあったら法テラスの弁護士に相談してみよう、という仕組みができたことが何より大変心強いものである、というお話を伺うと、改めて、私たち弁護士の担う役割が重要であることが分かりました。

式も中盤に差し掛かると、いよいよ、法テラス徳之島法律事務所の職員紹介となりました。小池先生と事務局の通称「助さん格さん」コンビ(お一人の方が「助川さん」ということで、もう一人の方が自動的に「格さん」と呼ばれるようになった、ということでした)が壇上にて挨拶をされました。小池先生は、あさかぜ事務所に在籍されていた頃から「人前で話すのは苦手」と話されていましたが、開所してからの1か月で大分鍛えられたようで、徳之島に赴任される熱い思いが伝わるご挨拶でした。

式の終盤では、再び島唄、島踊りが披露され、更には、島の伝統にあやかり、会場の全員が輪になって踊りながら、お開きとなりました。


それでは、小池先生の徳之島でのますますのご活躍を祈念しつつ、筆をおくことと致します。

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シリーズ―私の一冊― 「新世界より」(貴志祐介・講談社刊)

月報記事

会 員 佐 藤   至(35期)

このシリーズの最初の原稿を書かせて頂いた。そのとき紹介したのは、池上永一の「バガージマヌパナス」だった。このときの原稿の冒頭にナックルのような変化球でいってみようと書いたとおり、前回はかなり癖のある小説だったので、今回は速球でいくことにした。貴志祐介の「新世界より」、500頁2巻組の大作である。但し、SFである。

SFというジャンルは、作者が時代や状況を自由に設定することができるので、まず、設定された時代や背景事情を了解したうえで、作者のホラ話を楽しむという姿勢で読まないと面白くない。そして、設定が合理的なもので、かつ詳細でなければ物語が薄っぺらになってしまう。かといって、あまりに状況説明ばかりだと小説として面白くない。そこのところのさじ加減が難しい。

この小説では、まず、舞台となる町の農業用水路や溜め池には、田鼈(タガメ)、太鼓打ち、源五郎などの生物が豊富に生息していることや、空には朱鷺、鵯(ヒヨドリ)、四十雀、雉鳩をよく見かけると紹介されており、一見、長閑な田園地帯であることが示されている。しかし、そのような状況説明の中に突然、「ミノシロ」という1メートル以上の無数の触手を蠢かせる生物が紹介されていたり、「不浄猫」という正体不明の動物がちらっと出てきたりする。さらに、この小説の舞台が八丁標(はっちょうじめ)という結界に守られていること、さらに呪術が現実のものとして機能している場所であることが次第に明らかにされていく。

このような状況設定の説明が1巻の150頁あたりまで延々と続く。実をいうと最初に読んだときは、このあたりで「さっぱり分からん」と挫折した。しかし、「硝子のハンマー」や「天使の囀り」の作者がこのまま退屈な説明で終わるはずがないと思い直し、再度、挑戦すると、前回、挫折したところのほんの十数頁あとで、この世界のあらましが分かる仕組みになっていた。「自走式アーカイブ国立国会図書館つくば館」という移動式のアーカイブが登場して、このような世界に至った経緯を明らかにするという仕組みになっている。この移動式アーカイブの登場と人間との最初のやり取りには、アジモフのロボット3原則がさりげなく組み込まれていて、つい笑ってしまう。そして、この移動式アーカイブによって、この小説の舞台は、今からおよそ、1,000年後の利根川の流域で、文明社会が呪術によって崩壊したあと、何とか呪力を制御しながら文明社会を再建しようとしている世界であることが明らかにされる。この設定は、「ナウシカ」と少し似ているが、あちらが善意と再生の物語ならこちらは悪意と異形の物語である。そして、この物語は、そのような社会の中での少年少女の成長物語である。この点では「ハリー・ポッター」シリーズと軌を一にする。但し、この小説の方は全く子供を読者対象としていないので、かなりおどろおどろしい。「化けネズミ」という非常に醜悪な外貌の謎の生物が重要なバイプレーヤーとして登場してくるし、「業魔」や「悪鬼」などというとんでもないミュータントも登場してくる。そして、物語はこの呪術という不安定な要素で成り立っている歪な世界の崩壊に向かって、加速度的に突き進んでいく。誰がどうやってその流れを断ち切り、正常な社会を取り戻していくかという波乱万丈のホラ話である。勿論、物語の中では種々の謎が語られ、解決されていくが、最も大きな謎である「人間」と「化けネズミ」の関係を縦軸とし、人間と業魔や悪鬼、あるいは「化けネズミ」との戦いを横軸として、物語は複層化しながら進んでいく。書評家の大森実氏はこの小説を激賞し、是非、スピンアウト物を書いて欲しいと切望していた。私も全く同感である。この小説が日本のSF小説最近20年の最高傑作であることは間違いないと思う。作者は、このあと「悪の教典」、「ダークゾーン」を上梓しているが、「悪の教典」はサイコキラー物で、監督三池崇史、主演伊藤英明で映画化されている。

なお、本書「新世界より」は第29回の日本SF大賞を受賞している。そういえば、「バガージマヌパナス」は第6回の日本ファンタジー大賞の受賞作であることから、私の読書傾向に偏りがあるという偏見を払拭するために、SF、ファンタジー以外のお勧めも最後に挙げておく。横山秀夫の「64」、宮部みゆきの「小暮写真館」、吉田修一の「路(ルウ)」、佐々木譲の「警官の血」、今野敏の隠蔽捜査シリーズ、翻訳物ではアンソニー・ホロヴィッツの「絹の家」(コナン・ドイル財団が唯一、認定したホームズ物の続編)、ジェフリー・ディーバーのリンカーン・ライムシリーズ、S.ハンターのボブ・リー・スワガーシリーズ、R.D.ウィングフィールドのフロストシリーズなどは、どれも一読の価値がある。ノンフィクションなら堤未果の「貧困大国アメリカ」の3部作が出色のルポルタージュです。

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