福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2011年10月号 月報

紛争解決センター便り

月報記事

紛争解決センター仲裁人
山 内 良 輝(43期)

1 兄の責任、兄の懊悩
「また、夏彦が会社の金に手を付けたのか。」
兄の春助は、弟の夏彦の出鱈目な生活振りに翻弄され、疲れ果てていた。パチンコ好きの夏彦は、何度も勤務先の公金に手を付け、その度に律儀な春助がその穴埋めをしてきた。
今回は、勤務先の飲食店の売上金200万円を持ち逃げして、姿を消した。春助は、社長に被害弁償を申し出たが、社長は横領金全額の弁償を要求した。春助は60万円しか用意できず、話合いが行き詰まっていた。春助は、たまたま聞いた弁護士会の紛争解決センターの扉を叩いた。

2 第1回斡旋期日(平成22年10月7日)
斡旋担当の弁護士は、喋る黒猫を飼っているという。クロネコ弁護士は、春助と社長からそれぞれ事情を聞いて、考えた。「春助の手許には60万円しかない。60万円を頭金として、残金を分割という手もあるが、その後の履行過程でトラブルが再燃するかもしれない。紛争の全面解決を期するならば、春助に100万円を用意させて、一括払いで決着を付けよう。」
春助は、足りない40万円を親戚から借りることで斡旋案に同意し、社長も40万円を上積みする春助の誠意を認めて斡旋案に同意した。次回は示談成立の予定となった。

3 第2回斡旋期日(同年11月24日)
示談斡旋は決して順風満帆には行かない。春助に付き添ってきた親戚が「横領金が200万円だという確かな証拠があるのか?」と言い出した。クロネコ弁護士は親戚に説明した。「社長が水増し請求をするならば、それは許されないことであるが、示談斡旋は裁判とは違うので、あまり証拠を厳格に求めると、相手も引くに引けなくなり、200万円の半額でよいという譲歩ができなくなる。私が社長の話を聞く限り、一日の売上高や売上原価等の関係から、夏彦さんの在職期間中に200万円の穴が空いたという話には合理性がある。どうしてもと言うことであれば、日計表を社長に提出させるが、年内の決着は無理であろう。」その上で、親戚と社長を直接対面させて、社長の人柄を親戚に見てもらった。親戚は、誠実そうな社長の人柄を認めて、言い分をひっこめた。「12月29日限り100万円の一括払い」という示談が成立し、その支払もぴしゃっと行われた(と思う、何も言ってこないのだから)。

4 雑感
クロネコ弁護士とは、もちろん私のことである。私は交通事故紛争処理センターの示談斡旋を担当していたこともあり、示談斡旋の難しさを常々感じる。それは、情と理のバランスの上に成り立つ制度である。今回は情に重きを置いて解決を図ってみたが、本当にこれでよかったのかと思うことも毎回の常である。春助が懊悩から解放されますように。
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