福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2011年5月 1日

◆憲法リレーエッセイ◆ 一票の格差是正裁判(最高裁大法廷判決)の体験談

憲法リレーエッセイ

会 員 新 道 弘 康(25期)

1、「本件上告を棄却する。」3月23日午後3時からの最高裁判所大法廷での竹崎裁判長の主文の一声と共に判決要旨が1~2分で簡単に述べられてあっけなく終わった。
上告弁護団控室で待たされること1時間弱、そして15名の最高裁判事が段上に並んだ威圧感、満員の160人の傍聴席の後ろからTVや新聞社のカメラ撮影、最高裁判所の玄関前から弁護団が入場する所や判決後のタレ幕(歴史的な違憲判断)を囲んだ弁護団の報道撮影、その後の東京地裁司法記者クラブでの記者会見等の物々しさに比べて、判決の言い渡しはホントにあっさりしたものだった。但し、その要旨の内容が一人別枠方式は現在では違憲状態となっているとの画期的な判断だったのだ。
2、最初のとっかかりは2009年9月28日(月)の同級生からの電話だった。同級生と言っても司法研修所時代同じクラスだった東京の升永英俊弁護士からである。「新道君、明日か明後日に選挙無効の訴えを福岡高裁に出してくれ」、彼が言うことには8月30日の民主党が圧勝した衆院選挙無効の訴訟をしたい、公職選挙法上1ヶ月以内に提訴しないといけない。訴状等は彼の方で東京用を作っているから福岡用に少し変更してすぐ出してくれ、とこんな内容だった。
升永弁護士といえば、例の中村博士の光ダイオード発明により大きな利益を稼いだ会社に対する何百億という請求事件、住友不動産に対するサブリース契約の借地借家法上の有効性を巡る訴訟、旺文社が国を訴えた国税還付勝訴事件等で活躍した超有名な弁護士だ。一時は日経新聞等に掲載されていた日本の100名の長者番付欄にも名を連ねたこともあるそうだ。彼とはその前年2008年3月に司法研修後35周年記念式典が東京のニューオータニホテルで催された際に会って一緒に一杯飲んだ際「俺は、公職選挙法の投票価値の不平等は憲法違反になると思うから、これをライフワークとして取り組んでいこうと思っている」と言っていた事を想い出した。
3、すぐ訴訟を提起するには誰を原告にしようかという事がまず問題となった。うちの事務員の森山君にしようかと思ったところ福岡市内のマンションに住んではいるが、住民票は実家(小郡市)においてあるというので、やむなく自分が原告にならざるを得ないと決断した。私は南区平和の住所だから福岡2区の有権者数や人口、過疎である他県(高知や島根)との比較を調べて住民票や戸籍謄本をとり、升永君から送られてきた訴状を福岡用に変更して9月30日に福岡高裁に提出した(訴訟代理人としては伊藤巧示、安東哲弁護士に委任した。後に久保利英明、伊藤真弁護士も加わる)。
4、高裁のある7箇所で選挙無効が一斉に提起されたのであるが、まず最初に大阪高裁で一人別枠方式は現在では違憲状態に陥ったと判旨されてはずみがつき、以後各地の高裁判決は、違憲対合憲の割合が5対2で違憲ないし違憲状態との判断が多数を占めるようになった。マスコミ等の論評でも一票の格差はなくすべきであるとの報道が紙面を賑わすようになり、次第に流れはこちらに有利になってきた。
その7高裁の中でも最も内容が良かったのが森野俊彦裁判長擁する福岡高裁の判決であった。というのも、一人別枠方式はこの制度が出来た当初から憲法違反の制度であったのだと森野裁判長は明確に判示したからだ(尚、その後2010年7月11日の参院選挙に関する同様の訴訟においても、福岡高裁の廣田裁判長は都道府県による一票の格差は憲法上要請されたものではなく、可能な限り一人一票にすべきであると、これも他の裁判所よりはより進んだ判決を出してくれた)。今回の大法廷判決は全国7箇所の高裁でなされた2009年衆院選の無効判決の上告事件についてまとめて判断されたものだ。
5、法の下の平等ではなく統治論
例えて言えば、高知では10万票で当選し、東京では50万票でも落選する。こんな差があって良いのだろうか。今迄は一票の格差があることは法の下の平等に違反するという議論で処理されてきた。これでいくと、法の下の平等も合理的な理由があれば(例えば男女や老若の差により色々な形で弱者保護等の)差が生じても良いということになる。一票についても過疎的県の意見も反映させるべきという理由により一人別枠方式ひいては一票の格差が生じても良いということになる。しかし我々は法の下の平等ではなく、一人一票にしないと民主国家とはいえないと主張してきたのです。住所の差別による一票の不平等のため衆院選では人口の42%が小選挙区選出議員(全300人)の過半数(151人)を選んでおり、参院選では人口の33%が選挙区選出議員(全146人)の過半数(74人)を選んでいるという現実が生じている。これは結局のところ少数の国民が多数の国会議員を選んでいるということになり、憲法前文にいう「正当に選挙された国会」=民主国家とは言えない。また少数の国民が選んだのでは43条の「全国民を代表する」とは言えない。多数の国民が多数の国会議員を選ぶ為には一人一票にしないといけないのです。参政権の他の2つの最高裁判官の国民審査権や憲法改正の国民投票には地方による格差は認めていない。これと差を設けるべきではないことを主張したのです。これら参政権は男女による差を認めないのと同様、地方による一票の格差を認めるべきではない。そうしないと民主主義(多数決支配)が侵害されるのです。しかし、結局最高裁判決は一人別枠方式が投票価値の平等に反すると指摘して法の下の平等論で片づけました。
6、戦いはこれから  違憲判決をもらっても現実に一人一票が認められた選挙制度ができなくては意味がありません。ですから我々がする事はそれに向けての運動(特に最高裁裁判官の国民審査権を行使して、今回の15人の最高裁裁判官のうち合憲とした古田佑紀裁判官(検察官出身)にバツをつける等)をしたり、国会に働きかけたりしなければならないと思っています。  先日福岡県弁護士会からも大法廷判決後直ちに「投票価値の格差是正を求める会長声明」を出して頂きありがたく感じました。但し、その声明の中で「投票価値の格差が2倍を超える事は憲法の要請に反する」という表現は間違っています。これでは1.5倍や1.8倍は合憲と言うことになり、民主国家とはなりえないのです。  多くの弁護士の中でも一生のうちで最高裁大法廷で、しかも勝訴判決を得ることが出来る経験を持つことのできる人は本当に稀だと思います。そういう意味ではラッキーだったなと思いますし、チャンスを与えてくれた升永弁護士に感謝しています。また、私の代理人伊藤巧示、安東哲両弁護士の無償の協力に謝意を表します。
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京都法教育推進プロジェクト

月報記事

会 員 諌 山 佳 恵(62期)

1 「京都ですごいことをやっているから見てきて」と声をかけて戴き、平成22年10月29日、「法教育シンポジウム~未来を拓く法教育in京都~」に行って参りましたので、ご報告いたします。
2 京都府内の小中高等学校では、本年6月から、このプロジェクトに基づく多様な法教育メニューが実施されています。この企画のすごいところは、「京都市教育委員会、京都府教育庁、京大法科大学院、同志社大法科大学院、立命館大法科大学院、法学部、京都地裁、京都地検、京都弁護士会、京都司法書士会、法テラス京都、京都地方法務局、京都刑務所、京都保護観察所」が参加するオール京都による取り組みである点です。
3 まず、京大の笠井教授から法教育のこれまでの動きや将来を踏まえた本プロジェクトの意義について、基調講演を頂きました。
4 立命館中学校1年生の録画授業放映
次に、その実践報告として、中学校1年生に対する法教育授業の模様が放映されましたが、生徒達の興味を引きつけた理想的な授業は、ドラマを見ているようでした。
この授業では、歴史ある京都市の街に高層マンションが建設される場面を想定し、建築の景況について、生徒達を反対派・賛成派・中立派に分けて討論した後、各派が納得できるルール作りを再討論しました。身近な問題に直面した生徒達は、これを自分の問題として考え、マンションの色や形、店舗の出店条件に至るまで、柔軟なアイデアを出していました。最後に、先生が京都市の景観保全条例を紹介したときには、市民生活におけるこの条例の役割を実感でき、また、このような授業を受けた経験がなかった私は、生き生きと議論する生徒達を羨ましく感じました。
5 立命館宇治高等学校2年生の公開授業
次に、高校2年生の刑事模擬裁判が公開され、生徒達が自作の台本に基づく証人尋問及び被告人質問を発表しました。
証人尋問では犯人の目撃状況というポイントを突いた尋問が行われ、被告人質問でも的確な尋問が行われ、見応えがありました。異議も積極的に飛び出し、手続きを充分に勉強して尋問を全て暗記するまで努力した生徒達の熱意を感じました。
6 パネルディスカッション
その後、法テラス理事の草野氏をコーディネーターとし、エッセイストの市田氏、京都弁護士会の伊藤氏、立命館宇治高校教諭の太田氏、京都市教育委員会の島本氏、嵯峨野高校の松宮氏、法務省大臣官房付丸山氏という様々な立場の方をパネリストに迎え、「法教育の普及における地域社会の役割」について議論が行われ、各機関とも、積極的に法教育に取り組む意思があること、法教育実践のために地域の専門家の力が不可欠であるという共通認識をもつことがわかりました。
7 これからの法教育
このプロジェクトによる局地的・一回的な取り組みの成果を、普遍的継続的な法教育実践にどうつなげるべきか、翌日京都弁護士会で開かれた意見交換会で話題になりました。
このプロジェクトの意義は、通常協力しない機関が一定の連携をとって法教育に取り組んだ点にあります。特に、法の専門家と教育現場の指導力が連携することによる相乗効果は大きく、弁護士会が、出前授業、裁判傍聴はもちろん、日々の業務活動を通じて、現場の教師とのパイプを拡大、強化していく必要性を感じました。
学校に弁護士が来て話をしてくれた経験は、小中高生にとって一生心に残るはずです。また、先日の裁判傍聴で引率を担当させて戴いた専門学校生達は、刑事裁判に興味津々であり、裁判の現場に足を運んでもらう契機が重要と感じました。
福岡でも、現場の教師のニーズを掘り起こし、全ての学校で当たり前に法教育が実践されるよう、これから学校現場にいって法教育に関わっていきたいと感じました。
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