福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2009年9月 1日

学資保険裁判

憲法リレーエッセイ

深堀 寿美(45期)

1 1991年12月、福岡部会の会員を中心に、約100名の代理人で、学資保険裁判中嶋訴訟は提訴に至りました。

原告らの世帯は生活保護を受けていました。当時、生活保護世帯では、高校に修学するための費用が支給されていませんでした。3人の子どもを何とか高校に行かせてやりたいと、世帯の母親は思い、わずかな生活保護費を節約し、約14年間に渡り、毎月3,000円ずつ、郵便局に学資保険として積み立てを行いました。ある時、この保険に約44万円の解約返戻金があることがケースワーカーに知れるところとなり、解約の指導指示を受け、ぐずぐずしている内に、満期がやってきて満期保険金が出ました。福祉事務所がこの金額を収入として取り扱い、今後半年、この約44万円分の保護費を減額する、とした行政処分が違法であるとしてその取り消しを求めた行政訴訟です。

2 弁護団がいうところの、この行政処分が違法であるという趣旨は、保護費や収入認定された収入は、保護世帯が自由に消費してよいはずなので、その保護費等を貯めたからといって、それを再度、収入として認定するのは間違っている、それは生活保護法4条に違反している、というものでした(保護費消費自由の原則)。

3 しかしながら、この裁判、本当は、その1:高校修学は世帯の自立に必要不可欠なので、そもそも生活保護費において高校修学費用を支給しないという基準は、憲法25条1項に違反するものである、その2:高校進学率90%超の現状で、生活保護世帯だけ高校に進学できないのは憲法26条1項「教育を受ける権利」を侵害するものである、その3:生活保護世帯の子どもが高校修学ができない実態は、子どもの権利条約28条に反するものである、という、憲法違反、条約違反を主位的請求原因として主張したかった裁判でした。

平和的で控えめな性格だった事務局長の平田広志会員は、本当は、そういう憲法裁判にしたかったけど、そんなこといったって、その理由で戦っても「確実に」勝てるという見込みはないので、その目的もさりながら、とにかく、子どもの高校進学に備え、世帯が前々から貯蓄をすることは、褒められこそしても、何か悪いことをしたかのごとく、責められたり、挙げ句、一生懸命貯めたお金を取り上げられるような取り扱いが許されるはずがない、ということを生活保護法4条違反、という形で主位的理由とし、それを補強する理由付けとして、憲法25条1項、26条、子どもの権利条約28条を展開し戦ったのでした。

4 この裁判、地裁では、「保護受給権は世帯主にあって個々の子どもには受給権がない」などと、へんちくりんな理屈で、「請求却下」という結論でした(母親は裁判前、父親は裁判途中で他界)。が、高裁では、その点も是正し、高校修学目的で保護費等を貯蓄した場合にそれを収入認定するのは生活保護法4条に違反して違法、と明確に断じました。そして、2004年3月16日、この高裁判決が最高裁でも認められ、高裁判決は確定しました。

最高裁も、処分庁の上告を棄却する、という三行半の理由だけではすまさず、「高校進学は世帯の自立に有用だ」とわざわざ宣言してくれました。そのため、この判決後、保護世帯が、何か悪いことをしているかのようにしてこそこそ貯めていた高校進学費用は、「収入認定しない扱いとする」と厚生労働省が通達を出し、多くの子どもを抱える世帯がほっとし、さらに、2005年度からは、生業扶助の一部として「高校修学費用」そのものが保護費として支給されるようになりました。 5 最高裁に、わざわざ「高校進学が世帯の自立に有用」と宣言せしめ、生活保護基準を変更せしめたのは、地裁の段階から、この問題が憲法問題だ、と主張し続けた成果である、と弁護団は自画自賛しています。

みなさんも、一つ一つの事件で、憲法を意識して主張してみるといいかもしれません。

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高校生の熱き闘い! 「高校生模擬裁判選手権九州大会」

月報記事

法教育委員会
柏熊 志薫(60期)

平成21年8月8日、福岡地方裁判所において「高校生模擬裁判選手権九州大会」が実施されました。

1 大会の意義・狙い

この大会は、高校生が、1つの事件を素材に法律実務家の支援を受けながら、検察チーム、弁護チームを作り、高校生自身の発想で争点を見つけ出し、整理し、法廷で冒頭陳述、証人尋問・被告人質問、論告・弁論を行うものです。刑事法廷で要求される最低限のルールに則り、参加各校の生徒が検察側と弁護側に分かれて知力を尽くして闘う経験を通じて、物事のとらえ方やそれを表現する方法を学び、刑事手続の意味や刑事裁判の原則を理解することを狙いとしています。

選手権そのものは2年前から関東大会、関西大会が行われており、今年で3回目となりました。日弁連が単独で主催してきたのですが、今年は裁判所と検察庁の共催によって、裁判所の法廷を実際に使った臨場感あふれる大会となりました。 九州大会は今年初めての実施となり、福岡県立福岡高校、福岡県立小倉高校、久留米大学附設高校、佐賀県立佐賀西高校の4校が出場しました。

2 事案の概要と争点

事案は、正月、かねてからの知り合いであった被害者が被告人宅に新年の挨拶に来ていたところ、被害者が酔った勢いで自慢話を執拗に繰り広げたことが原因で口論となり、被害者の「撃てるなら撃ってみろ。」という挑発に耐えかねて、被告人が別の部屋から散弾銃を持ち出して引き金を引き、弾を被害者の肩に当てて傷害を負わせたという殺人未遂被告事件です。

本件では殺意の有無が争点となりました。被告人は散弾銃に弾が入っていることがわかっていて被害者を殺害するために敢えて発砲したというのが検察官の主張です。これに対して、被告人・弁護人側は、普段は猟銃を厳重に管理して弾を抜いて安全装置も確認していたのに、今回はその確認をうっかり忘れていたのであり誤射であると主張しました。

3 高校生の迫力あるエネルギッシュな論戦!!

出場選手の高校生は、みんな、大きな声ではっきりとわかりやすい言葉を使って尋問、弁論等を行っていました。緊張していたと思いますが、そのような素振りは全く見せずに堂々と落ち着いた闘いぶりで本当に頼もしいものがありました。

印象的な場面の1つとして、弁護チームが、被告人質問の際に被告人役の生徒に犯行を再現させるところがありました。散弾銃の模型を被告人に持たせて、通常の構え方と、今回被害者に発砲したときの持ち方を比較するという手法です。普段は両手で構えて肩で銃をしっかりと支えて照準を合わせていたのに対して、事件当時は片手で腕を伸ばした状態で持っていました。本当に殺意があったのだとすれば狙いを定めて普段通りに銃を構えたはずだというのです。また、このときにメジャーを使って犯行当時の被告人と被害者の距離も再現していました。

この視覚に訴える尋問の効果は抜群で、これが本当に裁判員裁判で行われていたとしたら、心証形成に大きく影響するのではないかと思ったほどでした。 尋問中には「異議あり!」の声も頻繁に出ました。尋問担当者が質問を撤回することも数々あり、異議の効果は十分に発揮されていました。

4 栄えある優勝校は・・・

九州大会では、福岡県立福岡高校が優勝しました。 同校は、前述の猟銃の模型を作ってきただけではなく、論告・弁論ではキーワードが両面に大きく書かれたスケッチブックを高くかざして審査員席、傍聴人席の双方向に見えるようにしていた等の工夫をしており、事前に相当の準備をしていたことが随所に現れていました。リーダーの女子生徒は、「大会まではみんな部活を休んで全てを注ぎ込んできた。本当に嬉しい。」と感想を述べていました。

残念ながら優勝を逃してしまった3校の選手達はとても悔しかったと思います。しかし、力を尽くして闘い抜いた充実感が表情に出ていて、閉会式後の記念撮影ではみんなの笑顔が見えました。出場校の選手達全員に対して温かい拍手が贈られました。 各校が優勝に向けて力を合わせて頑張る、そのプロセス自体に、この大会の意義が見出せると感じました。

5 審査員によるスカウト!?

審査員は、法曹関係者(弁護士、検察官、裁判官)の他に、学者、マスコミ等様々な分野の方が引き受けてくださいました。

閉会式の際には各審査員からの講評がありました。高校生とは思えない立派な冒頭陳述、尋問、論告・弁論に舌を巻いたという感想が多く、中には、「じわじわと被告人を追い詰めていく尋問に感心した。即戦力になるから是非うちの役所(検察庁)へ来て欲しい。」というスカウトもありました(笑)。

6 来年に向けた抱負 聞くところによると、ある支援弁護士は、優勝を逃してとても悔しかったようで、早くも来年に向けた必勝法を考えている、とのことでした。選手である高校生だけではなく、支援弁護士も熱くなれる選手権ですね。

高校生模擬裁判選手権はまだ始まったばかりの若いイベントです。実施回数を重ねていく中で、主催者側も課題をその都度克服しつつ、より良い大会へと熟成していくことを願っています。

是非、来年以降の大会には会員の皆様も足をお運びください。高校生の活き活きとした鋭気に刺激を受けること請け合いです!

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ITコラム

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小山 格(60期)

2回目のコラム担当となりましたが、ITに関する私の周辺環境はほとんど変化しておりません。そこで、今回は、今後導入してみたいことなどをあれこれ考えてみたいと思います。

・ 電子メールのドメイン取得

電子メールのドメインとは、「●●●@・・・・・」で構成される電子メールで@以下の英数字を意味します。最近はドメインも簡単に取得できるようです。ドメインが、事務所名などで構成されていると、やはり見栄えが良い感じがします。というのも、私、仕事の関係で依頼者の方とメールをする機会があったのですが、事務所のドメインが情報流出で問題となった某会社であったため、「このアドレスに送っても大丈夫ですか?」という質問を受けました。ドメイン名とセキュリティなどの安全対策はリンクするものではないのですが、やはり、一般的に使うドメインだと「大丈夫なの?」という疑問を持たれることもあるようです。

・ 送付データのパスワード設定

仕事によっては、wordで作成したドラフト段階の書面などを送付してもらい、こちらが手を入れて返信する場合があります。この場合、依頼者によっては、添付データにパスワードを設定していることがあります。私自身は、メールの宛先を間違えて送信したということはありませんが、メール誤送信の話は良く耳にします。依頼者の秘密を守るという弁護士の立場からしても、積極的にパスワード設定をするべきでしょう。蛇足ですが、複数の弁護士で作り上げた準備書面で、変更履歴を一部残したままで裁判所に提出したことがあります。致命的なミスではありませんでしたが、非常に恥ずかしい思いをしましたので、wordで作成した書面は、「最終版」で印刷するようにしましょう。

・ パワーポイント等の視覚に訴えるソフト

裁判員制度の開始に伴い何かと話題のパワーポイントですが、使いこなせるのであれば、もちろん仕事の幅は広がると思います。もっとも、これらのソフトは、プレゼン等の際に自分で操作して使えるかという問題と資料として作りこめるかという問題があり、弁護士の仕事としては、前者をマスターすれば十分なのではないかと思っています。プレゼン資料や上場企業の投資家向け資料などを作成する方の話を伺うに、作りこみの作業には、一定の専門性に加え、かなりの時間と労力が必要になりますので、自分で作成するのであれば、ほどほどでよろしいのではないかと思います。また、会社によっては、これらの視覚に訴えるソフトからの揺り戻しもあるようです。曰く「説明を受けた気になるが、要点が伝わってこないし、時間と労力の無駄。A4一枚くらいの手元資料で相手を納得させなければならない。」とのことでした。私も、弁論や証人尋問に通じるところがあると考え、多いに共感しています。

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