福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2006年3月号 月報

最高裁は何故期限の利益喪失特約でみなし弁済の成立を否定したのか

月報記事

会員 本田 祐司

一、最高裁第二小法廷平成一八年一月一三日判決、同第一小法廷平成一八年一月一九日判決及び同第三小法廷平成一八年一月二四日判決は、「元本又は利息の支払を遅滞したときには、当然に期限の利益を失い、直ちに元利金を一時に支払う」という期限の利益喪失特約は、「債務者に対し、支払期日に約定の元本及び制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り、期限の利益を喪失し、残元本全額及び経過利息を直ちに一括して支払う義務を負うことになるとの誤解を与え、制限超過部分の支払いを事実上強制する特約であるから、この特約の下で、債務者が、利息として、制限超過部分を支払った場合には、右のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り、債務者が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったものということはできない」と判示し、この特約に基づく支払いにみなし弁済(貸金業法四三条)の成立を否定した。

債務者に右のような誤解が生じなかった場合には、右最高裁判決によっても、なお、みなし弁済は成立することになるが、制限超過部分を支払わなくとも期限の利益を喪失しないことを正確に理解している債務者が、あえて制限超過部分を支払うことは通常はないから、今回の最高裁判決は、みなし弁済規定が適用される場面が事実上はないことを認めたに等しい判決である。

二、これまで、これと同一の争点が下級審の裁判所で争われたことは何度もあったが、高等裁判所を含め、これまでの下級審裁判所の判決は、ことごとく、右特約に基づく支払いに任意性を認め、みなし弁済の成立を認めるものであった(最高裁平成一六年二月二〇日判決の補足意見で滝井裁判官が、初めて、今回の最高裁判決と同一の判断を示したが、それまでは、この争点で債務者が勝訴するなどとは誰も考えていなかった)。

その意味で、今回の最高裁判決は解釈が固まっており、ほとんど異論のなかった多数の裁判所の判断を一八〇度変更したものであり、異例中の異例の判断である。

最高裁が、今回、このような思い切った判決を書いた理由は、次に述べるとおり、貸金業法のみなし弁済規定が、あまりにもできの悪い法律であるために解釈で救うことには限界があったためであると思われる。

三、貸金業法は、貸金業者に、契約書面と受取証書に高利の約定が有効であることを前提とした記載を求め(貸金業法一七条、一八条)、高利の約定が有効であることを前提とした業務を営むことを求めている。そして、この義務を遵守した貸金業者にみなし弁済の恩典を与えている。一方、貸金業法は、貸金業者に、利息制限法に従った業務を営むよう求めてはいない。したがって、現行の貸金業法の下では、高利の貸金業者が高利の約定が有効であることを前提とした業務を営むことはむしろ当然のことであり、期限の利益喪失の特約についてもしかりであった。

これまでの下級審の裁判所は、高利の約定が有効であることを前提とした業務を忠実に営んでいる貸金業者にみなし弁済の恩典を与え続けてきたのである。

しかしながら、高利の約定が有効であることを前提とした貸金業者の業務は、期限の利益喪失特約の適用場面で論理的に破綻をきたすことになる。「高利の約定それ自体は、みなし弁済の成立によって有効とみなされる」が、「高利を前提とする期限の利益喪失特約は、たとえみなし弁済が成立しても有効とはならない」ので、期限の利益喪失特約を文言通りに適用する業務は、貸金業法上も違法だからである。このことは、「債務者が約定の利息支払期日に制限額は上回るが、約定額には不足する利息しか支払えなかったケース」を想定してみれば明らかなことであって、貸金業者の高利の約定の有効を前提とする業務と期限の利益喪失特約とは、どうしても両立し得ない関係に立つのである。

四、制限超過利息の約定は制限超過部分につき無効であるが、これを任意に支払えば有効とみなされるというみなし弁済規定では、制限超過部分の不払いによる期限の利益の喪失を説明できないのである。

今回の最高裁判決は、弁護団が最高裁に対して、右の理論的説明をしつこく求め続けたことと、最高裁がこの点の矛盾にようやく気付いてくれたことの成果ではないかと思われる。

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