福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2005年11月号 月報

英国便りNo.8 イギリスの多重債務者問題(2004年3月26日記)

月報記事

松井 仁

刑弁委員会の皆様

松井です。

福岡では、もう桜が見ごろになっているのでは?

ロンドンにも桜はありますが、品種が違うのか、二月ころから長い間咲きつづけ、散らないまま萎んでしまいます。

だからイギリス人に「桜のように潔く生きる」と言っても解かってもらえないと、■イギリスはおいしい■ の作者の林望さんは書いています。

さて、今回はイギリスの多重債務問題についてレポートしたいと思います。

先日、新聞の片隅に「借金を苦に自殺した男性の未亡人、クレジット会社に抗議」という記事がありました。その男性は、四四〇万円の年収しかないのに、一九枚のクレジットカードを持ち、一三〇〇万円の借金を抱え、自殺した時点で毎月一〇〇万円の返済に追われていたのですが、なんと、まだクレジットの借入枠が残っていたそうです。借金を知らされていなかった妻は、クレジット会社に、「なぜ制限なく貸したのか」と怒っているのです。

この事件に象徴されるように、最近イギリスでは個人の借金額が急増していて、住宅ローンを除く大人一人当たりの平均借金額(二〇〇二年)は九〇万円に達しています(一九九八年の倍)。当然、個人破産申立件数も増え続け、二〇〇二年は約三〇〇〇〇件(八年間で最高)、二〇〇三年は一〇月時点で三三〇〇〇件にのぼっています(因みにイギリスの人口は日本の約半分)。

日本に比べると割合は低いですが、伝統的に「破産は恥ずべきこと」という感覚が強いヨーロッパの中では、この数字は深刻に受け止められています。

政府は、この事態に対応するため、今年の四月一日から改正破産法を施行します。

新法は、破産申立を簡単にすることを目的としており、今までは、申立から免責されるまで三年間待たなければならなかったのですが、今後は一年間でよくなります。この一年間は、日本と同様、会社の取締役や一定の専門職につくことが禁止されるほか、五万円を超えるクレジットカードの使用が禁止されます(五万円まではOKというのは、イギリスのカード社会化のあらわれ?)。

免責後も、クレジットの記録に六年間残るそうで、その間はローンを組むのが難しいと言われています。

なお、いわゆる浪費のケースでは、裁判所の命令で最長で一五年間にわたり、借金が制限されます。

破産申立の方法は、簡易裁判所(County Court)に行って申立書を記入し、費用約八万円を支払うと、管財人(Official Receiver)が選任され、財産があれば債権者に配当されます。

今回の改正について、保守的新聞はやや批判的で、「破産を人格的失敗とみなすヨーロッパ文化が、破産はビジネス上の成功に至る学習の機会にすぎないと考えるアメリカ文化に取り替えられた」とか「今後は、破産者に対する社会的烙印はなくなり、消費したうえで破産することがライフスタイルの一つになるだろう」とか言っています。

破産を避ける方法として、個人任意整理の制度(Indivisual Voluntary Arrangement)もあります。これは、日本の債務者再生手続に似ていて、債務者と債権者との合意にもとづき、債務の一定割合を、長期にわたって返済するもので、最初に一定の頭金と、七五%の債権者の同意が必要となっています。この制度は、会社の役員や弁護士など破産によって仕事をやめなければならない人にとってはメリットがあるのですが、あまり知られていないことや、債務者の負担が大きいことから、利用度は低いようです。

ところで、債権者の借金取立の方法についても問題となっています。

イギリスでは債権取立人(Debt-Collection Agency)の制度があって、銀行や販売業者から委託を受けて活動しているのですが、最近悪質な取立てが目立ってきているのです。そこで、昨年七月、政府の公正取引事務所(Office of Fair Trading)が債権取立てガイドラインをつくり、第三者が介入した場合は本人と直接交渉をしないこと、夜間や連続した督促電話をしないこと、あたかも公的な機関から出されたかのような手紙を債務者に送らないこと、などが定められています。

それから、イギリスでも日本と同様、高利の闇金融は存在していて、Loan Shark と呼ばれて恐れられています。ただ、普通のクレジット会社の借入枠が大きいせいか、ビラもあまり見ないし、それほど社会問題化はしていないようです。

以上みてきたように、(私の印象では)、イギリスは、日本が経験してきた多重債務社会を、今まさに迎えているという感じです。各種制度や規制も、ほぼ日本と同じようなものが導入されてきていますが、クレジットカードの金利はまだ三〇%を越えるものも許されているようです。

さて、イギリスの多重債務問題は、今後さらに深刻になっていくでしょうか? 鍵を握るのは、イギリスではカードの使用が日本以上に生活に密着しているという事実がどう作用するかだと思います。

例えば、スーパーに買い物に行くと、現金で払う人はほとんどなく、お年寄りも含めて、クレジットカードか、デビットカード(貸付機能はなく、口座の残高から引き落とされるもの)で支払っています。

だから多重債務は深刻化しやすいというのが一つの可能性です(デビットカードも、お金を支払う実感がつかみにくいという点では、クレジットカードと同じです。ある破産者は「残高をよく把握しないままデビットカードを使ってしまい、銀行から残高不足の罰金六〇〇〇円を何度も徴収されたのが痛かった」と語っています)。

他方、もうひとつの可能性は、カード使用が日常的ゆえに、イギリス人全体に多重債務に対する問題意識生まれやすく、それが自己防衛や、効果的な政策へとつながっていくかもしれないということです(実際、新聞でそういう記事に接することは日本より多い)。

三年くらいあとに、どうなっているか見てみると面白いと思います。

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