福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2005年11月号 月報

法曹三者裁判員模擬裁判

月報記事

刑事弁護等委員会 船木 誠一郎

一 法曹三者による模擬裁判実施

全国各地で、法曹三者による模擬公判前整理手続と裁判員模擬裁判が行われており、福岡でも、五月から手続を開始し、三期日にわたり、模擬公判前整理手続を行い、九月二七日には、模擬公判手続を行いました。

また、裁判員役六名については、三者の職員から各二名ずつ選任することとし、弁護士会からは、会館職員の江島真由美さんと天神センター職員の高橋信勝さんに担当していただきました。

二 今回の模擬手続実施の趣旨

裁判員制度の実施はまだ先ですが、公判前整理手続については、関係改正法規の施行が本年一一月からで、これへの対応は急務です。そこで、今回の模擬手続を実施した主目的は、既に広報しているように、公判前整理手続を模擬体験し、手続上の問題点を三者で抽出し合い、検討、協議を加えることにあります。これは、一〇月から継続的に行うことになっており、その経過等については、順次お知らせすることにしています。

使用した事件は、各地で多数使用されている事件の記録とは異なり、法務省が法科大学院研修材料として作成した殺人未遂被告事件の記録を使用しました。これは、模擬裁判用の記録であり、もともと争点が明確なものではなく、公判途中で、被告人が供述を変え、それによって新たな証人尋問の必要が生じるという内容となっており、記録上は、被害者の証人尋問すら実施されていないものです。したがって、弁護人役は、争点を抽出すること自体に困難を伴う事件ですが、目的が公判前整理手続の問題点等を検証することにあったので、被告人役は、第一回公判前整理手続の後に、弁護人役に対し「実は…」と話してもらうことにし(変更があることは弁護人役をはじめとして関係者は知らなかったことです)、公判前整理手続の途中で、被告人の主張等が変わった場合に、どう対応するのかといったことも問題点のひとつとしようとしたものです。

三 雑感

私自身、裁判員模擬公判は、午前の途中までと判決宣告しか傍聴していないので、十分な意見を言える立場ではありませんが、雑駁な印象を述べると、(1)双方の主張を明示して争点中心の立証活動が求められるが、刑事裁判が民事化するのではないか (2)民事化は弁護人の主張、認否等に、法の趣旨とは異なり、一定程度実体確定的効果ないし処分権主義的効果を生じさせることとならないか (3)裁判員の負担軽減、裁判員に分かりやすい裁判といったことの要請に伴う制約は、弁護人の反証の制約にならないか (4)公判での調書朗読による心証形成は困難であり、簡易な調書化が進行するとしても、簡易な内容の調書は却って弾劾しにくいのではないか (5)プレゼン的活動の巧拙が主要な課題となることは、そもそも裁判と言えるのか等々。

もっとも、私が、捜査手続、証拠法則等の問題に改変を加えないまま、裁判員制度を創設することに懐疑的な考えを持っているので、つい「負」の部分に目が向いてしまうのかも知れません。それにしても、法曹三者協力して、お客様である裁判員向けの料理を提供しているようで、本来希求すべき実体的真実発見や被告人の権利擁護といったことが、忘れ去られている感を払拭できません。裁判が終わったとき、裁判員に対しては、「お疲れさまでした」で通用するとしても、被告人を「お疲れさまでした」で納得させられるわけではないのですから。

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当番弁護士日誌

月報記事

西村 浩二

一 はじめに

最近、当番弁護士で担当した強姦被疑事件において、起訴前に示談を成立させることができ、被害者の方に告訴を取り消していただいたケースを経験しました。

これについて月報で報告して欲しいとの依頼を受けましたので、その経過を御報告します。

二 出動当時の状況

被疑者の要請により、勾留場所に出動して接見したところ、被疑事実には争いがないようでしたので、当初から被害者との間で示談ができるかどうかが弁護活動の焦点でした。

出動翌日、被疑者の両親に状況を確認すると、被疑者の両親も独自に、被害者と示談できれば、と考えていたようでしたが、連絡先を警察に尋ねても教えてもらえなかったそうです。当初被害者の方は、示談交渉も含めて一切被疑者やその関係者とは関わりたくないと申告していらっしゃったようでした。

そこで、当職から検察官に連絡を取りましたが、検事調べが終わるまで被害者との接触は控えてほしい、勾留は延長予定、とのことでしたので、検事調べまで我慢して待つことにしました。

被疑者の両親には、示談が可能な状況になり次第、ある程度支払いができるように準備しておいてほしいと言っておきました。

三 勾留満期までの被害者との交渉経過

第一回目の勾留満期の前日に検察官から被害者の連絡先を教えてもらうことができ、早速電話しました。

しかしこのころ、被害者の方は、特に感情をぶつけるという感じではなかったものの、とにかく被疑者には少しでも長く刑務所に入っていてもらいたい、今は示談はしたくないとのご方針で、金額面の交渉にすら入ることができず、結局二回目の勾留満期までに検察官とも連絡を取りながら電話で五回、直接の面談で一回、被害者と交渉しましたが、全く進展はなく、この時点では示談はできませんでした。

四 勾留満期後の交渉

このような経過で、起訴は免れないだろうと思っていました。

ところが、勾留満期日になって検察官から、とりあえず処分保留のままで釈放することにしたとの電話がありました。

これを聞いて私も驚きましたが、再び示談の機会ができたと考えることにしました。

そこで早速被害者の方に連絡を取りましたが、被害者の方も処分保留に驚いており、考えがまとまるまで示談の話はしたくないとのことでした。

そこで数日後に再び連絡を取りましたが、被害者の方は、釈放後しばらくは、処分が軽くなるのであればやはり示談には応じたくないという感じでした。

しかし、そうして何度か交渉を重ねるうちに、当方の説明を理解していただき、次第に納得できる額であれば示談に応じるという姿勢に変化され、金額の交渉に移ることができました。

交渉が金額面に移った後は割合すんなりと話がまとまり、結局当方が被疑者の精一杯の誠意ということで提示した額に対し、「それが本当に精一杯ということであれば受け入れる」との御回答をいただきました。

終わってみれば、勾留満期の釈放後約一か月の間に七回の交渉を要しましたが、ようやく示談にこぎ着け、告訴を取り消して頂くことができました。

五 その後の経過とまとめ

示談金は一括では支払えず分割払いにしていたので、若干不安はあったのですが、結局、予定よりも繰り上げて完済することができ、ホッとしたのを覚えています(ボス弁のアドバイスにより被疑者の父親(会社員)を連帯保証人としていました)。

それにしても、やや特殊な経過を辿った事件であったと思います。処分保留となった事情までは詳しく記載できませんので消化不良気味なレポートになってしまいましたが、貴重な経験でした。

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ホームページ委員会だより

月報記事

ホームページ委員会 田邊 俊

一 このコラムは、ホームページ委員会の委員によるリレー形式で連載されていますが、前回(二年前)に私が担当したときは、IT化が遅れていた私の事務所の進化(そんなに大げさなものではありませんが)について書くことで、何とかページを埋めることができ、一安心したものでした。

ところが、それから二年しか経っていないにも関わらず、再度の執筆依頼が舞い込んできたではありませんか!

この二年間に事務所のIT関係での変化と言えば、(1)サーバーの導入、(2)寿命が来たパソコンの買い換え(便利になったとは言え、五年間で古くなるというのは大問題だと思いますが、性能は日進月歩のため、処理速度が遅い等と、不満を覚えるようになるんですから、人間はワガママな生き物ですよね。)、(3)モバイル用のノートパソコンをA4サイズからB5サイズへと変更したことぐらいですので、取り立てて目立ったものではありません。

そこで、このコラムに何を書くべきか迷ったのですが、私にとって、最近はモバイル(何だか曖昧な用語ですが、携帯性に優れた情報端末の総称を意味するようです。)が不可欠なものになりつつあるため、モバイルの進化につき、少し書いてみたいと思います。

もっとも、私にとってのモバイルとは、電子手帳による期日管理のような格好いいものではなく、出張にノートパソコンを持ち歩いて書面を作成したり、メールをやり取りしたり、ネットを検索するという極めて初歩的なレベルですので、もっと進歩しているという先生は、是非とも、その詳細をご教示いただきたいと存じます(何せ、次回のコラムまでに、またネタを仕入れないといけませんので…)。

二 実は、このコラムの執筆依頼を受けたのが、締め切りの一週間前であったことから、私は、この原稿を、連休直前の羽田空港へ向かう機上にて、考えているところです。

そして、空港ラウンジでも、私のように、ノートパソコンを用いて仕事を片付けようとしている人間が二〇人以上もいたことから分かるように、移動中に仕事を片付け、それを移動中にメールを用いて送信できるモバイルは、極めて便利なものです(本当は、仕事に追われないようにしなければいけないんでしょうが、急な仕事も飛び込んで来ますよね)。

特に、海外旅行中でも、快適に事務所と連絡を取り合えるので、旅行から戻っても、浦島太郎状態にならなくて良く、つくづく便利な世の中になったものだと感心します。

三 もっとも、出張中や旅行中にモバイルを利用する場合には、モデムカードを用いても通信速度が遅い上に、海外では利用出来ないため、ブロードバンドを利用するのがベストなのですが、まだまだ利用できる場所は限られています(ブロードバンドが備え付けられていなかったロンドンのホテルで、自力でインターネットへの接続を試みたものの失敗し、ITの専門家と自称するホテルマンに接続を依頼したところ、見事にパソコンを壊されたこともありました!)。

日本でも、出張先でブロードバンドを利用できる機会が限られていると嘆いていたところ、何と来年からは、電気コンセントにジャックを差し込むだけでブロードバンドが可能になる電灯線ブロードバンド(BPL)が実用化されるようです。

このBPLは、現在の電話回線の代わりに、電灯線を利用してのブロードバンドを可能にする画期的な発明で、既に、スペインでは実用化されているものです。

しかも、BPLが発達すれば、身近に無数に存在する電気コンセントを利用するだけで高速インターネットが可能になるばかりか、モデムを内蔵したエアコンやビデオデッキが普及すれば、外出先からエアコンやビデオを遠隔操作できるようになるのですから、技術の進歩には、本当に驚かされるばかりです。

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I T コ ラ ム

月報記事

稲尾 吉茂

一 前口上

「この原稿の依頼を受けて、さて、何を書いてよいものやらと思案にくれ、いっこうに筆が進まないまま〆切の日を迎えてしまった。」

このような書き出しだと、何やらいかにもまじめに月報記事に取り組んでいるような印象を与えるが、その実、〆切の日を迎えるまで何もやらず、当日大慌てで書いているにすぎない。しかも、文章の作成はキーを叩くのであって筆ではない。この文章には二つのウソがある。しかし、何を書こうかと困っていることだけは確かだ。

さて、過去の月報記事をながめてみたところ、少なからぬ会員が冒頭で何を書こうか困ったという話題を掲げている。ここでは、その例にならうのが筋というわけでもないが、そのスタイルを踏襲してみた。

二 私のIT器機遍歴

前口上で申し上げたとおり、コラムで記述するような話題がない。私のIT環境は二〇〇二年頃を境に停滞しきっているので、先進の器機やシステムの紹介はできない。他人が聞いてたいして面白い話でないことは承知の上で、パソコンを中心とした私のIT器機遍歴でも披露しよう。

私が仕事でパソコンを使い始めたのは、一九九八年、現在の事務所に入って三か月ほどたった頃だったと記憶している。購入したのはバイオ505GX、HDDは四・ 三GB、重量は一・三五キロ、以来、メインマシンは505を使用している。ちなみに事務所の先輩弁護士は同じくバイオ505を使用していたがHDDは二GB。今となってはDVD一枚の容量に過ぎないが、当時、この差は大きかった。二代目はR505FR/D、現在は主として事務所内で使用しており、外出先では三代目のX505/SPEXTREME を使用している。重量は七九五グラム、カーボンファイバー積層板にクリア塗装が施され、見せパソコンとしても相当活躍している。この他、サブマシンとしてC1VJを併用していた時期もある。

PDAはクリエを使用している。初代はまさに初代クリエ。現在は二代目NR70V/J。フラットで無駄のないフォルムがいい。なお、この次の機種からカード型のPHSを直接挿入できるスロットが付いたが、そのためフォルムを崩している。

三 ムダイ

自宅ではデスクトップを使用している。ご想像のとおり、こちらもバイオ。現在はRZ75CP、HDDは外付けを含めて六六〇GB。自宅内のHDDを合計すると一〇〇〇GB、すなわち一TBを超えている。これだけの容量があれば容量不足に悩むこともないと思われがちだが、実際はいつも容量一杯である。CS放送等から録画したものをビデオクリップ化している。次々とDVDに落としても間に合わない。DVDの枚数は一〇〇〇枚に迫ろうとしている。

ところで、私は弁護士一年目より毎年劇団ひまわり一座の憲法劇に参加している。その公演のDVDを二〇〇二年より制作しているが、長時間の画像をDV(AVI)ファイル形式で取り込むと一時間=一二GBは必要で、ひまわり一座の公演をDVD化するには四〇GB以上の空きが必要である。画像の取込に二〇GB、画像を編集したファイルを書き出すのに同じ量が必要でさらに二〇GB、DVD化のための一時ファイルに四GB程度。一番の苦労は作業のための空きスペースを確保することである。そのため、最近は本体の編集作業が疎かになっている。出来栄えでは最初に制作した二〇〇二年公演のDVDを超えるものはできていない。エンドクレジットのために制作したビデオクリップが好評で、この劇団で兄弟で活躍しているY弁護士から準備書面もこれくらいできるといいのにと言われたとか言われないとか。

さてさて、「ムダ」バナシハ「イ」イカゲンニシロとの声も聞こえてきそうなのでこのへんで。al prossimo mese.

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英国便りNo.8 イギリスの多重債務者問題(2004年3月26日記)

月報記事

松井 仁

刑弁委員会の皆様

松井です。

福岡では、もう桜が見ごろになっているのでは?

ロンドンにも桜はありますが、品種が違うのか、二月ころから長い間咲きつづけ、散らないまま萎んでしまいます。

だからイギリス人に「桜のように潔く生きる」と言っても解かってもらえないと、■イギリスはおいしい■ の作者の林望さんは書いています。

さて、今回はイギリスの多重債務問題についてレポートしたいと思います。

先日、新聞の片隅に「借金を苦に自殺した男性の未亡人、クレジット会社に抗議」という記事がありました。その男性は、四四〇万円の年収しかないのに、一九枚のクレジットカードを持ち、一三〇〇万円の借金を抱え、自殺した時点で毎月一〇〇万円の返済に追われていたのですが、なんと、まだクレジットの借入枠が残っていたそうです。借金を知らされていなかった妻は、クレジット会社に、「なぜ制限なく貸したのか」と怒っているのです。

この事件に象徴されるように、最近イギリスでは個人の借金額が急増していて、住宅ローンを除く大人一人当たりの平均借金額(二〇〇二年)は九〇万円に達しています(一九九八年の倍)。当然、個人破産申立件数も増え続け、二〇〇二年は約三〇〇〇〇件(八年間で最高)、二〇〇三年は一〇月時点で三三〇〇〇件にのぼっています(因みにイギリスの人口は日本の約半分)。

日本に比べると割合は低いですが、伝統的に「破産は恥ずべきこと」という感覚が強いヨーロッパの中では、この数字は深刻に受け止められています。

政府は、この事態に対応するため、今年の四月一日から改正破産法を施行します。

新法は、破産申立を簡単にすることを目的としており、今までは、申立から免責されるまで三年間待たなければならなかったのですが、今後は一年間でよくなります。この一年間は、日本と同様、会社の取締役や一定の専門職につくことが禁止されるほか、五万円を超えるクレジットカードの使用が禁止されます(五万円まではOKというのは、イギリスのカード社会化のあらわれ?)。

免責後も、クレジットの記録に六年間残るそうで、その間はローンを組むのが難しいと言われています。

なお、いわゆる浪費のケースでは、裁判所の命令で最長で一五年間にわたり、借金が制限されます。

破産申立の方法は、簡易裁判所(County Court)に行って申立書を記入し、費用約八万円を支払うと、管財人(Official Receiver)が選任され、財産があれば債権者に配当されます。

今回の改正について、保守的新聞はやや批判的で、「破産を人格的失敗とみなすヨーロッパ文化が、破産はビジネス上の成功に至る学習の機会にすぎないと考えるアメリカ文化に取り替えられた」とか「今後は、破産者に対する社会的烙印はなくなり、消費したうえで破産することがライフスタイルの一つになるだろう」とか言っています。

破産を避ける方法として、個人任意整理の制度(Indivisual Voluntary Arrangement)もあります。これは、日本の債務者再生手続に似ていて、債務者と債権者との合意にもとづき、債務の一定割合を、長期にわたって返済するもので、最初に一定の頭金と、七五%の債権者の同意が必要となっています。この制度は、会社の役員や弁護士など破産によって仕事をやめなければならない人にとってはメリットがあるのですが、あまり知られていないことや、債務者の負担が大きいことから、利用度は低いようです。

ところで、債権者の借金取立の方法についても問題となっています。

イギリスでは債権取立人(Debt-Collection Agency)の制度があって、銀行や販売業者から委託を受けて活動しているのですが、最近悪質な取立てが目立ってきているのです。そこで、昨年七月、政府の公正取引事務所(Office of Fair Trading)が債権取立てガイドラインをつくり、第三者が介入した場合は本人と直接交渉をしないこと、夜間や連続した督促電話をしないこと、あたかも公的な機関から出されたかのような手紙を債務者に送らないこと、などが定められています。

それから、イギリスでも日本と同様、高利の闇金融は存在していて、Loan Shark と呼ばれて恐れられています。ただ、普通のクレジット会社の借入枠が大きいせいか、ビラもあまり見ないし、それほど社会問題化はしていないようです。

以上みてきたように、(私の印象では)、イギリスは、日本が経験してきた多重債務社会を、今まさに迎えているという感じです。各種制度や規制も、ほぼ日本と同じようなものが導入されてきていますが、クレジットカードの金利はまだ三〇%を越えるものも許されているようです。

さて、イギリスの多重債務問題は、今後さらに深刻になっていくでしょうか? 鍵を握るのは、イギリスではカードの使用が日本以上に生活に密着しているという事実がどう作用するかだと思います。

例えば、スーパーに買い物に行くと、現金で払う人はほとんどなく、お年寄りも含めて、クレジットカードか、デビットカード(貸付機能はなく、口座の残高から引き落とされるもの)で支払っています。

だから多重債務は深刻化しやすいというのが一つの可能性です(デビットカードも、お金を支払う実感がつかみにくいという点では、クレジットカードと同じです。ある破産者は「残高をよく把握しないままデビットカードを使ってしまい、銀行から残高不足の罰金六〇〇〇円を何度も徴収されたのが痛かった」と語っています)。

他方、もうひとつの可能性は、カード使用が日常的ゆえに、イギリス人全体に多重債務に対する問題意識生まれやすく、それが自己防衛や、効果的な政策へとつながっていくかもしれないということです(実際、新聞でそういう記事に接することは日本より多い)。

三年くらいあとに、どうなっているか見てみると面白いと思います。

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英国便りNo.9 イギリスの個人情報(ID)カード論争(2004年5月2日記)

月報記事

刑弁委員会の皆様

松井です。

日本はゴールデンウィークとなり、皆さんもしばしの休養を楽しんでおられることと思います(おれは仕事だ! という声が聞こえてきそうですが)。

ロンドンでは、四月に入ると次々と花が咲き、五月となるとほとんど夏といった感じです(気温は日本より涼しいのですが、なにしろ日が長く、現在日の出は午前五時三〇分、日の入は午後八時三〇分ころで、九時ころまで明るいのです)。

この季節、ロンドンの二階建バスに乗って、家の庭や公園を眺めていると、その美しさに「ガーデニングの国」イギリスを実感させられます。五月の末には、有名な「チェルシーフラワーショー」もあり、楽しみです。

さて、今回は最近新聞やテレビを賑わせている「IDカード」についてレポートしたいと思います。

イギリスには、これまで、日本と同じように身分証明書の携帯制度はありませんでした。ところが、政府が、この四月末(二〇〇四年)に、身分証明書(IDカード)導入計画を発表し、論議をよんでいます。

政府の計画では、そのカードは、すべての国民からバイオメトリックス情報(生物識別情報) 具体的には、(1)指紋、(2)顔の形、(3)目の虹彩のデータを収集したうえで発行されるもので、そのカード(ICチップが埋め込まれている)を提示させてデータベースを照合すると、どこの誰だか一〇〇%特定できる、だから「テロリストが複数の身分を使い分けて活動するのを防ぐことができる」のだそうです。

導入の手順は、まず、一万人のボランティアに実験的にカードを発行し様子をみる(この四月(二〇〇四年)から)、次に二〇〇七年からはパスポートと運転免許証で、発行の際にバイオメトリックス情報収集を導入する(これで国民の八〇%がカバーされる)、そのうえで、二〇一三年までに全国民(及び在留外国人)へのIDカード携帯を決める、というものです。

この計画に対する反対意見の大半は、その費用対効果への疑問です。このシステム導入には、各公共機関での端末機の設置なども含め六〇〇〇億円かかると見積もられていますが、「ニューヨーク同時テロの犯人の多くが自分自身の真正な身分証を使って活動していた」「スペインはIDカード携帯が義務付けられている国だが、マドリードテロが起こった」ことを理由に、テロ抑止の効果はあまりないのではないか? と主張するものです。

そして、「そんな金があるなら、もっと警察官を増やせ」などと主張されています(これも、いかがなものかと思いますが)。

また、政府が、「財源は、パスポートや運転免許の発行手数料を倍にすることでまかなう」と言っているためますます、その負担に対する反発が出ています。

このように、今回のIDカード導入計画は、テロ抑止目的が前面に出ていますが、実際は行政の効率化のためというのが真の目的ではないかと思います。

すでに、政府は、このカードを、国民医療サービスを受けるときや、学校関係の仕事を申し込む際に提示させるつもりであることを認めています。前者は、本来受給資格のない者がサービスを受けることを防ぐため、後者は、以前私が報告した Soham 殺人事件で、犯人に性犯罪の前歴があったにもかかわらず、学校の用務係に就職していたことに対する反応でしょう。

今後、その用途は、他の分野にも広がっていく可能性は十分にあります。中には、このカードがあれば銀行から融資を受ける際の審査も早くなるだろうと言っている官僚もおり、データが民間にも利用される可能性もあります。

日本で、住基ネットワークが始まって、その情報管理の甘さが各地で露呈していることは見てのとおりですが、イギリスで情報管理がしっかりできるとは到底思えません。ICカードのデータベースに集約された個人のあらゆる情報が、どこかの役所の職員から外部に売られてしまうことは、十分ありうることでしょう。

もちろん、こういう危険性は人権団体などから指摘されてはいますが、いまひとつ大きな声になっていないようです。何しろ、ある世論調査では、八〇%もの人がIDカード導入に賛成しているそうなので、おそらくこのまま導入されてしまうのではないでしょうか。日本も将来、住基カードの携帯が義務付けられる日が来るかもしれません。

イギリスでは、「テロ対策」を旗印に様々な特別法ができて、市民的自由(Civil Liberty)が制限されつつあります。世界的にそういう雰囲気になってきているようで、心配です。(もっとも、テロ対策推進論者は、生命こそが究極の Civil Liberty だ、と言っていますが)。

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