福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2005年9月号 月報

釜山地方弁護士会訪問

月報記事

国際委員会 副委員長 安 武 雄一郎

七月一七日から一九日にかけて、川副会長夫妻をはじめとする総勢二四名の訪問団で釜山を訪問し、恒例の釜山地方弁護士会(黄翼会長)との交流会を開催しました。今回の訪問の目玉は「韓国における捜査の可視化を『可視化』する」と題した見学ツアーであり、韓国の捜査における「可視化」の現状を見聞するというものです。刑事弁護等委員会の有志が、八月上旬にソウルの「可視化ツアー」を企画しておりますが、今回の釜山訪問はそのプレツアーの意味もありました。

七月に入ってから大雨続きの福岡でしたが、出発当日は天気も良好で、午後一時前に釜山に到着しました。一七日は日曜日ですが、街のあちこちに「太極旗」が掲揚されていました。この日は憲法記念日(制憲節)で祝日なのです。もっとも、韓国には日本のような振替休日がありませんから、翌月曜日は休みではなく、日本人からすれば休日を一日損したような感覚になります。翌一八日は一日中公式行事が入っていますので、実質的なフリータイムは初日の午後のみでしたが、釜山の金周學弁護士の案内で、釜山博物館と国連墓地を見学し、夕方は韓定食の店で前夜懇親会を催しました。数年前、釜山随一の若者スポット「広安里」を臨む海上に「広安大橋」という長大な吊り橋が架けられ、我々一行も市内見物の行き帰りにバスで通りましたが、夜景の美しさは抜群です(残念ながら、福岡都市高速の荒津大橋では太刀打ちできません)。これから釜山に行かれる方には是非お勧めです。

一八日はメインの可視化ツアーです。まず、宿泊したホテルロッテ釜山の近くにある釜山鎭警察署を訪問し、一般面会室、弁護人接見室、ビデオ録画装置を備えた女性児童調査室を見学しました。一般面会室の構造は日本と大差ありませんが、弁護人接見室が、警察官(刑事)の執務室の中にあり、執務室とガラスで仕切られただけで、素通しになっていることに驚きました。しかも、被疑者が座る場所と弁護人が座る場所の間にアクリルの仕切り板がなく、全くの個室に机がひとつ、椅子がふたつ置いてあるだけです。日本の少年鑑別所の面会室の構\造に似ていますが、警察官の執務室から丸見えである点が大きく違います。もっとも、このガラスは防音強化ガラスであり、執務室から接見室の中の会話は全く聞こえません。説明によれば、被疑者と弁護人の間に仕切り板がないので、危険防止のために警察官の執務室から見えるようになっているが、秘密交通権の確保のため会話が聞こえないようになっているとのことです。完全に隔離された個室だが、被疑者との間に仕切り板がある(日本)のがよいのか、警察官から姿が丸見えだが、被疑者との間に仕切り板がない(韓国)のがよいのか、究極の選択のような感じがしました。また、性犯罪事件等を取り扱う捜査課で、ビデオ録画装置を備えた女性児童調査室を見せてもらいました。通常の調査室(取調室)にビデオカメラがセットされており、隣のモニター室からビデオカメラを通して事情聴取の模様がパソコンのモニターに映し出され、これを録画することができる構\造になっています。我々は、犯罪被害者である少女の事情聴取が実際に行われている模様がモニターに映し出されているところを見せてもらいました(事情聴取の実施中なので、人権の問題がありますから写真やビデオ撮影はしないで下さいと言いつつ、実際にモニターを見るのは可、というところが「ケンチャナヨ(大丈夫)」精神の韓国らしいところと思いました)。韓国では、性暴力犯罪の処罰及び被害者保護に解する法律により、年少(子供)被害者と女性の性犯罪被害者については、事情聴取を録画するように義務づけられており、録画したビデオに証拠能\力が認められています。これにより、被告人がこれらの被害者の供述調書を不同意にした場合でも、法廷で被害者を再尋問する必要がなくなり、セカンドレイプを防止できることになっているとのことでした(もっとも、弁護人の立場からすれば、反対尋問が事実上制限されるのですから、この点は問題にならないのだろうかというのが疑問です)。現在のところ、警察では、被疑者の取り調べは録音・録画されておらず(場合によっては、性犯罪の女性の被疑者の取り調べではビデオ調査室を使うことがあるとのことです)、警察大学校で、その実施を具体的に検討しているとのことでした。

次に、釜山地方検察庁を訪問し、やはりビデオ録画システムが設置されている女性児童調査室と検事尋問室(電子調査室)を見せてもらいました。検察庁の女性児童調査室は、機能的には警察署のものと同じですが、釜山地方検察庁の女性児童調査室は、壁面の色が薄い茶系統のクリーム色に統一され、中央に丸テーブルが置かれるなど、事情聴取の雰囲気を和らげる工夫がされていました。また、検事尋問室(電子調査室)は、一二畳ほどの広さの個室ですが、壁側に検事が座る椅子とテーブル(法壇のような造りで立派です)が配置され、これに対峙する格好で窓側に被疑者と弁護人(!)が座る椅子とテーブルが配置されています。そして、検事のテーブルの端に検察事務官が座っており、そこに設置されたパソ\コンのモニターに、ビデオカメラ(防犯カメラのような格好です)を通じた室内の模様(取り調べの状況)が映し出されており、これを録画できるようになっています。日本の裁判所の勾留質問室を格段に立派にしたような造りですが、特徴的なことは、検事の取り調べに弁護人の立ち会い(参与)が認められていることです。韓国では、憲法裁判所の判例が取り調べに対する弁護人参与を権利として認めており、現在は、弁護人が希望すれば、検事の取り調べに立ち会うことができるようになっています。もっとも、被疑者国選弁護が制度化されておらず、起訴前の弁護人選任率が低い韓国では、弁護人が実際に立ち会った事例はそれほど多くないとのことです。また、どのような事件の処理に電子調査室が使われるかということですが、個々の検事の判断で使うかどうかを決めるようにしているものの、取り調べ時には自白しているが、公判で否認することが想定されるような事件で多く使われているのではないか、とのことでした。警察署でも、検察庁でも、被疑者の人権保護が重要であると強調していたことが非常に印象的でした。

盛り沢山の見学コースが終了した後、午後三時三○分から釜山地方弁護士会で討論会が開催されました。釜山側の報告(鄭勝允弁護士)は、当会の希望により「弁護人参加制度と録音・録画の現実」であり、当会は、伊藤巧示総務事務局長が「福岡での法科大学院の概要および弁護士会の連携態勢の実情とその問題点」を報告しました。鄭弁護士の報告では、人権保護のため弁護人の立ち会いや取り調べの可視化に対する捜査機関の対応について一定の評価が示されつつ、立ち会いをより活性化するための弁護士側にも努力が必要であり、取り調べの録音・録画については、制度の実務的な運用が固まっておらず、録音・録画が公正に行われたかの制度的担保がないこと、録画物の証拠能力の存否が立法的に解決されていないなどの問題点があることが紹介されました。また、伊藤事務局長の報告では、当会と県内四大学の連携が紹介され、今後のロースクールのあり方などが紹介されましたが、釜山側から「新司法試験の合格率が低くなる見込みであり、日本のロースクールは失敗したとの報道がなされているが、本当のところはどうなのか」という厳しい質問がありました。韓国も三年後を目処にロースクール制度を導入するとのことであり、実務法曹に与える影響の大きさを懸念している様子が見受けられました。

討論会終了後、有名なカルビ専門店で懇親会となりました。総勢六○人以上の大懇親会であり、顔なじみも多く、大いに盛り上がりました。今回も通訳として同行された本村さんの韓国語教室(「韓塾」)で、訪韓直前のレッスンとして、川副会長御夫妻をはじめ数名が韓国語での簡単なあいさつを勉強されていましたが、懇親会でそれを披露すると、釜山側から大きな拍手となりました。また、宴会にあたり、韓国の女性声楽家がソロを披露するなどの出し物も用意されておられました。歓談の最中、韓塾の生徒代表\として、宮下業務事務局長の奥様や、相島会員の奥様とお子さんなどが韓国語でスピーチを行い、これも拍手喝采でした。懇親会終了後、訪問団のうち一部は二次会、三次会に繰り出しましたが、韓国名物「爆弾酒」の味は格別でした。

最終日の一九日は、早朝にホテルを出発し、一二時前に福岡空港に無事到着し、短かった二泊三日の釜山訪問が終了しました。

今回の可視化ツアーを通じて、韓国の法律実務家、特に官側の意気込みを感じました。普通の日本人(これは実務法曹もそうですが)には、心の底では韓国には学ぶところがないと思っている方が多いのではないでしょうか。私が「韓国好き」だから言うのではありませんが、韓国に学ぶべきところはたくさんあります。少なくとも、アジアに最も近い福岡の実務法曹は、声を大にしてそのことを全国に発信すべきです。 今回も釜山の先生方には本当にお世話になりました。一○月ころに釜山地方弁護士会一行が福岡を訪問予定です。川副会長もその気になっておられますので、例年以上に「熱烈歓迎」したいと考えています。

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ITコラム〜メールサービスに見るプロバイダ比較

月報記事

有限会社アイビージー 代表取締役 大神 与志雄

こんにちは、ホームページ委員会を通じて、福岡県弁護士会の仕事に携わらせていただいてます有限会社アイビージーの大神 与志雄と言います。今回が月報への寄稿は二回目となります。よろしくお願いします。

ADSL、光サービスなどここ数年で Internet への接続サービスはブロードバンド花盛りとなり、大きなデータも簡単にやり取りができる時代になりました。少し前までは一MB程度のデータをやり取りするのも大変だったことを考えると、時代は大きく変わってきたなと感じています。

そんなブロードバンドの時代へ変遷しても、あまり変わってない世界が各プロバイダが提供する電子メールの環境です。今回は各プロバイダが提供する電子メール環境について、述べさせていただきます。

まず、個人的に一番注意が必要と思われるOCNの電子メール環境です。ここの電子メールの利用者は注意が必要です。ホームページによると最大容量は二五MBです。しかし、一週間で五MBを超える部分が古いメールから消えていきます。つまり、ちょっとした旅行などで一週間以上メールが利用できない場合、古いメールは消えてしまう可能性が高いのです。そのため、旅行に行かれる際は Yahoo メールなどの大容量のメールが利用できる無料サービスを利用して、転送させるような設定をしておくべきです。

続いて、ひどいなと思うのがDION(KDDI)のメールサービスです。ここは最大容量が一〇MBという容量ですが、ユーザーからの申請に基づいて一〇MBのサイズが利用できると言うことです。何もしないで放置しておく場合は、三MBしかありません。私自身が弁護士会のメーリングリストを管理していて、もっとも容量オーバーになって管理者の元に送られてくるメールもこのDION利用者が一番多いです。DION利用者の方は是非、サポートに連絡をして容量アップの申\請をしてください。

容量を気にせずに利用できるのはso-netです。基本的に容量は無制限です。但し、保存期間は二ヶ月のためいつまでも古いメールを残せるというわけではありません。

@nifty は容量が二〇MBと制限はありますが、ここは送受信できるメールのサイズに制限がありません。一五MBのファイルなど大きなサイズでも送信は可能です。但し、メールの場合、相手先の容量制限や受信制限がありますので、誰にでも送信できるとは限りません。送信先の受信環境を配慮して、送るようにしましょう。

YahooBBは後発のプロバイダらしく、メール環境は一番充実しています。(決して、Yahooをおすすめするわけではありませんが)メールを利用する上では優れた環境といえます。但し、送信できるメールサイズは一〇MBとの制限はありますが、普通のメールであれば全く問題は無いと思います。

最近はYahooメールやlivedoorのギガメールなど無料で大容量メールボックスサイズをもったメールサービスが登場しています。自分の通常利用するメールアドレスから大容量メールサービスのメールアドレスに転送させるなどして、上手に使い分けるのが良いかと思います。メールを上手に活用して、仕事効率アップを目指しましょう。

最後になりましたが、コンピュータウィルスの伝播は電子メールを介して行われるものがほとんどです。最近のコンピュータウィルスは一昔前の愉快犯による犯行から、金儲け主義者による犯行へと時代が変わって、非常に高度化しています。現在においてウィルスに感染してしまうと、犯罪の片棒を担ぐ羽目になりかねませんので必ずウィルス対策ソフトの導入と更新を徹底するようにお願いします。

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英国便りNo.4 留学一年目の勉強内容(2003年12月3日記)

月報記事

松井 仁

刑弁委員会の皆様 松井です。

一二月に入り、こちらロンドンでは、寒さこそ日本とあまり変わりませんが、日が極端に短くなり、朝八時ころまで夜は明けず、午後四時ころには日が暮れるという毎日です。

さて、今回は、私の現在の勉強内容についてご報告いたします。

私が通っているのは、ロンドン大学SOAS(School of Oriental and African Studies)で開設されている、Foundation Diploma for Postgraduate Studiesというコースです。つまり、大学院進学のための留学生向け基礎コースです。もともと法学部大学院(いわゆるLLMコース)に願書を出していたのですが、英語力不足のため、最初の一年間は基礎コースで英語力を磨きながら、法律以外の勉強もしてみようと思ったわけです。

授業の内容は、

  1. Academic English: 学術的英語(週二時間)
  2. Research Method: 学術的研究の仕方(週二時間)
  3. IELTS: 大学院進学用英語試験の準備(週三時間)
  4. 選択科目 以下の六科目から二つ選択(週各六時間)
    1. 国際関係学
    2. 国際ビジネス学
    3. 開発学
    4. メディア学
    5. ヨーロッパ社会学
    6. 文化学
  5. 卒業論文 (八〇〇〇語)

となっています。

私は、国際ビジネス学と開発学を選択しています。前者は、将来渉外事件をやることになったら役に立つかもしれないと思っての選択です。後者の開発学というのは、発展途上国の様々な問題を研究する学問で、例えば、貧困、飢、医療、教育といった各論から、国連・企業・NGO等の役割、モダニズムやマルキシズムといった理論までを勉強します。人権問題に深くかかわるので、選択しました。

卒業論文は、何でもいいということだったので、私の興味のまま、「英国の難民認定制度」(日本と違い、毎年何万人も申請があり何千人も認定されている)について書く予\定にしています。

このコースには、約一〇〇人の学生が通っていますが、国籍の割合は、中国人三:日本人三:韓国人二:その他二くらいです。見たところ、平均年齢は二〇代後半くらいで、三六歳の私は最も年寄りの部類に入ります。皆本国の大学の学部を卒業しており、半数以上は何らかの仕事の経験を持っています。中国人の多くは、ビジネス分野の大学院(MBAなど)に進むことを目指し、できれば英国で就職したいと思っているようです。日本人は、文化学や開発学の方面に進もうとしている人が多いようです(お寺のお坊さんもいます)。弁護士出身は、今のところ私だけしか知りません。

授業は、ゼミ中心で、各科目一〇人くらいのグループに分かれて、事前に読んできた資料や講義をもとに、議論をしたり、プレゼンテーションをしたり、小テストが行われたりします。内容のほとんどが新しく勉強することばかりで、弁護士であることは武器にならず、英語が並以下の私は、日々授業や宿題についていくのが精一杯という感じです。

講義の教室に座ってさえいればよかった九大の学生時代よりもはるかに大変で、欧米の大学は「入るのは易しく出るのは難しい」というのを痛感しています。

今の苦労が、来年LLMコースに入ったときにきっと役に立つと信じて頑張っています。

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英国便りNo.5 イギリスのクリスマスと新年の迎え方(2004年1月24日記)

月報記事

刑弁委員会の皆様 松井です。

年末となり、皆様忙しい日々を送っておられることと思います。今年最後の便りは、最近英国のマスコミを賑わせた、Soham 殺人事件についてご報告いたします。少々長くなってしまい申し訳ありませんが、英国の刑事手続の特徴が具体的に分かっていただけると思います。

一 事件の概要

二〇〇二年の八月六日、England 東部の街 Soham で、二人の小学生女児が行方不明になりました。

警察総出の捜索の後、八月一七日に二人の死体が発見され、同日、二人の通っていた小学校の男性職員(二九才)が殺人の主犯容疑で、その恋人が従犯容疑で逮捕されました。

二 起訴から公判まで

二人は、当初から犯行を否認していましたが、逮捕の三日後の八月二〇日に殺人罪で起訴されました。日本と違い、起訴前の身柄拘束時間が原則三日しか許されていないためです。当然、その後に様々な客観的証拠収集が行われたものと思われます。

公判(陪審裁判)が始まったのは、二〇〇三年の一一月です。つまり、起訴後一年三ヶ月も経過しています。

このうち最初の二ヶ月は、精神鑑定に費やされています。

その後は、検察側と弁護側で、証拠開示や争点整理などが徹底的になされたものと思われます。

このことは、公判開始直後、弁護側が詳細な事実認否をしたことからもうかがえます。陪審による集中審理のためには、相当の準備期間がいることを物語っています。

三 メディアと陪審員

この事件は、二人の少女が行方不明になったときから世間の注目を集め、容疑者逮捕後は、日本と同じように憶測も交えたセンセーショナルな報道がなされていました。

そのため、弁護側は、公判開始前、「被告人らは、すでにメディアによって有罪とされてしまっている。公正な陪審裁判は期待できない」として、公訴棄却の申立をしました。しかし、裁判長は「陪審員はこれまで報道に接しただろうが、漠然としか記憶していないはず。私は、彼らが証拠だけに基づいて判断できるものと信じる」として申\立を棄却しています。ただし、報道機関に対して、偏見をもった報道をしないように警告するコメントを出しています。報道の自由と裁判の公正との兼ね合いは、どこの国でも難しい問題です。

四 陪審裁判

 一一月にはじまった裁判は、六週間のあいだ、ほぼ連日開廷され、毎日次々と証拠が提出され、たくさんの証人が証言をしていました。

時には、陪審員は皆でバスに乗せられて、少女らが死亡した男性職員の家や、死体発見現場の実況見分にも連れていかれていました。

また、一度陪審員の一人が病気になったため、その人が回復するまで、数日間審理が中止したこともありました。

 陪審員の心理的・肉体的負担は大変なものだろうと思いました。(もちろん検察側・弁護側も連日開廷に対応するのは大変でしょう)。

五 評議と評決

審理当初の弁護側認否のなかで、弁護側は、二人の少女が男性職員宅で死亡したこと、そのとき男性職員がその場にいたという重大な事実を認めていました。しかし二人とも風呂場で溺れて事故死したという主張でした。

ところが、その後の審理の過程で、男性職員は、「少女のうち一人が風呂場で溺れて死んだ。それを見たもう一人が悲鳴をあげたので、黙らせようと首をしめていたら死んでしまった」と供述を変遷させました。

このようなことから、私も含め、多くの新聞が、男性職員の供述を信用しておらず、有罪は間違いないといった論調でした。

しかし、審理が終わって陪審が評議にはいってもなかなか結論がでず、四日間も評議は続きました。そして、本年一二月一七日、一一対一で男性職員に対して二人の少女に対する殺人の有罪判決が出ました(英国では、一二人のうち一〇人以上の多数決で評決を出せます。ちなみに恋人については殺人従犯は無罪、偽証で有罪)。ある新聞は、「この事件で陪審員が四日間真剣に討議し、一人は最後まで無罪主張を譲らなかったということは、英国で無罪推定原則が陪審員にもよく理解されているということを示している」と評価していました。私も感心しました。

六 量刑

ご承知のように、英国では、陪審員は有罪無罪を決めるだけで、量刑は裁判官が決めます。英国は死刑制度がありませんので、最高刑は無期懲役となります(*一)。

本件も、陪審評決をうけて、裁判官は男性職員に無期懲役を言渡しました。

英国の無期懲役は、日本と同じように仮釈放がありますが、最低何年現実に服役しなければならないかは、高等裁判所の裁判官が別途決めることになっています。

本件でも、それが決まるのは来年一月とのことです。

なお、最近Criminal Justice Act二〇〇三という法律が新しくできて、連続して性的動機から子どもを殺した場合には、文字通りの終身刑が適用できることになったのですが、本件でそれが適用されるかは微妙とのことです(本件での性的動機は必ずしも立証されていません。なお後記七参照)。

(*一) 最近、野党保守党の幹部の一人が、「連続殺人犯には死刑を導入すべきだ」と主張しましたが、与党労働党はもちろん、野党内同僚からも大反発を受けていました。ある議員は「近年で最も恥ずべき政治家の発言だ。この三〇年間、もし死刑があったなら間違って処刑されていたであろう者が何人いると思うか」、と怒っていました。死刑は当分導入されないでしょう。

七 事後談

判決後、センセーショナルな事実が公表されました。

有罪とされた男性職員は、一九九五年から一九九九年までの間に八回も、一二歳から一八歳までの少女に対してセックスをしたりレイプをしたという容疑をかけられた「前歴」があったのです。

しかしこれらはいずれも証拠不十分として起訴されず、男性職員は小学校で仕事をし続けていたということです。このことに対して、世論は「いったい警察やソ\ーシャルワーカーは何をしていたのか!?」と反発が巻き起こり、政府は早急な調査を開始しました。

しかし、私が逆に感心したのは、これらの「前歴」がこれまで法廷にも全く提出されず、したがって報道もされていなかったことです(日本の刑事裁判では前歴票などですぐ出てきますよね)。おそらく、証明されていない前歴により、陪審員が予断偏見をいだくおそれがあるので厳しく制限されていたものと思われます。

八 さいごに

以上のように、英国の刑事手続では、公判開始後に集中審理は行われるものの、事前準備に十分な時間をかけたり、証拠の提出にも細心の注意が払われるため、時として裁判終了まで時間がかかってしまうことも多いようです。

このことについて、ある検察官は述べています。

「無期懲役を言渡された被告人が、その後、何を望みに人生を生きると思いますか? 自分の裁判手続に過誤があることを理由に判決を覆すことができないか、そればかりを考えるのです。そして、本当に高裁は判決を覆すのです(*二)。だから、凶悪事件ほど、手続の隅々まで気を使う必要があるのです」

(*二) 陪審の有罪評決および裁判官の量刑に対しては、当該裁判官が許可しないかぎり控訴ができません。ただし法律問題については権利として控訴ができます。

それでは皆さん、よいお年をお迎えください。

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