弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

イギリス

2017年8月28日

チャップリン

(霧山昴)
著者 大野 裕之 、 出版  中公文庫

私はチャップリンの映画が大好きです。『街の灯』は最高ですし、『キッド』は泣かせます。日本人はチャップリン映画が大好きで、『街の灯』は戦前に歌舞伎座に翻案されて上演もされたということです。
チャップリンは日本にも4回来ていますし、あのステッキは日本は滋賀県産の根竹(こんちく)だそうです。1932年の5.15事件のときには、バカな日本人将校がアメリカ人俳優(チャップリン)を暗殺してアメリカを怒らせて戦争にもち込もうと計画したといいます。犬養首相の招待を断っていなかったら、ともども殺されていたかもしれなかったのです。
銀座で海老のてんぷらを30本も食べて新聞に「てんぷら男」と書かれたなんて、失礼な話も初めて知りました。そして、チャップリン全盛期の秘書は高野虎市という日本人でした。運転手になってから、「看護夫、侍者、個人秘書、護衛、何でも屋」。1926年当時、チャップリン邸の使用人17人は、全員が日本人だった。うひゃあ、そ、そうだったんですか・・・。
世界の喜劇王を支えた日本人がいたことは、私も日本人の一人として、なんだかうれしく思います。
チャップリンの『独裁者』は画期的な映画だと思います。チャップリンとヒトラーは同じ年(1889年)の同じ4月生まれ(16日と20日ですから、4日しか違いません)。そして、1914年に、同じチョビヒゲを生やし始めます。一方は笑いで人々に生きる喜びを与え、他方は人々を大量虐殺する。
ヒトラーはチャップリンの映画『独裁者』をみたあと、公衆の面前での演説はしなくなったといいます。笑いが、ウソに勝ったのです。アベ首相がウソと真相隠しで逃げようとしているとき、それを徹底して笑い飛ばす必要があるのだと思いました。笑いこそが、独裁政治への武器となるのです。
チャップリンに弟子入りした日本人映画監督がいました。牛原虚彦。7ヶ月間、チャップリンのそばにいて、ロープを700回渡り、ライオンと200回演技をして、笑いを追求するその姿を目に焼きつけた。
この本は、チャップリンが映画撮影のためにとったものの、公開された映画には使われなかったボツ(NG)フィルムが400巻あり、それを2年かけて全部みて整理・分析したという著者によるものですから、その薀蓄の深さに圧倒されます。この400巻の全部を全部みた人は世界で3人だけで、そのうちの一人が日本人である著者というのですから、頭が下がります。ありがとうございました。私は大分からの特急列車のなかで読みふけってしまい、あっというまに幸せな気分のまま目的地に到着しました。
チャップリンは台本らしきものを用意せずに撮影を進めていって、現場でひらめいたアイデアをもとに何度も撮り直して作品をつくりあげていった。
かと思うと、ラストシーンを初めてつくりあげて(多少の修正はあっても)、そこに至るシーンを撮影していったというものもあるようです。
360頁の文庫です。たくさんのNGフィルムの写真が紹介されていますが、文庫本じゃなくて、もっともっと知りたくなる本です。
「モダンタイムス」のラストシーンの現場(ロケ地)にまで著者は訪ねています。二人が歩き出したときは影が前に伸びていて、後ろ姿になったときには後に影が伸びている。そんな細かいところにまで著者は目を配っています。さすが・・・、です。
チャップリンは、ユダヤ人にも、ゲイにも、そして日本人にも差別しない普遍的な笑いを追求した。大金持ちの残酷さも見落とすことがなかった。そして、戦争に反対するという信念を映画のなかでも表明した。
幼いチャップリンは、帝国主義的なテーマに満ちたミュージックホールで修業し、街中が戦争を礼賛する言葉であふれているなかに生まれ育った。しかし、「偏執的愛国熱」なる虚しい観念に染まることなく、貧苦という現実とたたかった。そして、そのたたかいを支えたのは、舞台女優だった母がくれたユーモアに満ちた笑いと人間味あふれる愛の灯だった。この幼少時代の体験は、チャップリンの人生を貫く戦争観となる。
チャップリンはバイオリンを弾き、作曲もしていたのですね・・・。さすが天才です・・・。
ぜひ、この本を読んで、もう一回、チャップリン映画をみてみましょう。
(2017年4月刊。920円+税)

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2017年7月23日

アガサ・クリスティーの大英帝国

(霧山昴)
著者 東 秀紀 、 出版 筑摩選書

アガサ・クリスティーの推理小説は、私も何冊か読んでいます。読むたびに、そのトリックと推理の見事さに驚嘆したものです。
アガサ・クリスティーを、観光ミステリ作家と形容する人がいるそうです。なるほど、「オリエント急行殺人事件」など、観光地を舞台としていますよね。アガサ・クリスティーの2番目の夫は考古学者で、オリエントの発掘現場にも行っていたそうです。その体験が本に生かされています。
日本で観光ミステリ作家と呼べれる一人に松本清張のミステリがある。あれほど登場人物たちに日本各地を出張の形で回らせなければ、戦後日本を代表するベストセラーにはならなかったのではないか・・・。多くの読者が、小説を読んで旅への願望を紛らわせ、出張の際に各所に立ち寄っていた当時の日本人をあわわしている。
松本清張の本のなかに、南フランスの「レ・ボー」という村を舞台とするものがあります。私も、タクシーに乗って出かけました。列車の駅から遠く離れているところですので、レンタカーを借りるか、タクシーに乗らなければいけないのです(もちろん、ツアーに加わればいいのですが・・・)。岩だらけのアメリカの西部劇映画に出てくるような村でした。
アガサ・クリスティーの描いた小説の舞台は、二つの大戦の間の束(つか)の間の平和。そして、その時期の大英帝国の栄華。
アガサ・クリスティーが前夫との離婚話の起きた1926年に失踪事件をひきおこしたということを初めて知りました。そして、本人は真相を死ぬまで明らかにしなかったというのです。よく出来たミステリーを考えた作家は、なんと自分の人生にもミステリーを秘めていたわけです。
1930年代に、アガサ・クリスティーは、毎年2作のペースでミステリを世の中に送り出した。1年に5作という年もあります。驚くべき多作です。私が読んでない本がこんなにたくさんあるかと思うと、ぞっとしてしまいました。
ヒトラーが登場してくる本もあるようです。その本のなかで、ヒトラーは、当時のイギリス人の多くが望んでいたように、平和を望んで引退するというのです。まさしくチェンバレン首相と同じく、著者もヒトラーへの幻想に踊らされていたのですね。
アガサ・クリスティーのミステリー小説を改めて読んでみようという気にさせる本でした。
(2017年5月刊。1600円+税)

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2017年7月14日

子どもたちの階級闘争

(霧山昴)
著者 ブレィディみかこ 、 出版 みすず書房

3歳児、4歳児でも、ちゃんと自己主張するし、できることも良く分かる本です。
イギリスの保育園で働く日本人女性がイギリスの保育事情を紹介しています。イギリスって、まさしく昔も今も階級社会なのですね。日本だと、それが見えにくいわけですが、イギリスでは、あからさまのようです。なにしろ、住んでいる地域が異なるし、コトバだってはっきり所属階級の違いが分かるというのです。そして相互に深く交流することはないのです。日本人として不思議な気がします。ええっ、英語って、ひとつじゃないの・・・。まあ、「マイフェアレディ」を思い出せばよいのでしょう・・・。
私立校で教育を受けたミドルクラスやアッパークラスの人々は、BBCのアナウンサーのような明瞭な英語を話す。対して、労働者階級の人々は、地域色豊かなアクセントになり、下層に行けば行くほど、単語の最後の音をいい加減に発音する。だから、イギリスは、口を開けば属している階級が分かってしまう。
イギリスの保育園に2歳児をフルタイムで預けると、1ヶ月で14万円もかかる。それで、イギリスの保育園はミドルクラス家庭の御用達施設と呼ばれている。
保育園は、下層幼児たちの受け入れを拒否している。幼児教育現場での階級分離が進んでいる。貧困エリアにおける肥満している子どもの割合は、少年の場合は豊かな地域の3倍、少女の場合には2倍になる。
イギリスの裕福な家庭は子どもパブリックスクールと呼ばれる私立校に通わせる。年間学費が300~400万円かかる。
貧しい人々は、家賃の安い地域、つまり地域の学校が荒れているので、親たちが敬遠する地域に住むことになり、富める人々と貧しい人々の居住地域の分離が進んでいる。
貧民街の子どもたちは、保育施設から小学校、中学校と一貫して貧しい地域の、自分と同じような階級の子どもたちに囲まれて学ぶことになり、上の階級の子どもたちと知り合う機会はもちろん、すれ違うことすらない。
人間は、希望をまったく与えられずに欲だけ与えられて飼われると、酒やドラッグに溺れたり、四六時中、顔をつきあわせなければならない家族に暴力をふるったり、外国人とか自分より弱い立場の人々に八つ当たりをしに行ったりして、画一的に生きてしまう存在だ。それは、セルフ・リスペクト(自己尊重)を失うからだ。
イギリスでも、フランスのル・ペンのように反移民・EU離脱を唱える右翼が伸長している。それは、イギリスにEU圏からの移民が急増しているから。
2011年の国勢調査では、イギリスで生まれる子どものうち、少なくとも両親の一人が外国人である子どもの割合は全体の31%で、2001年より10%も増加している。両親とも外国人だという子どもも18%いる。
アフリカや中東そしてアジアから来た移民の親たちは、決まって、イギリスのアンダークラス民、「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれる人々が大嫌いだ。子どもを厳しくしつけず、やりたい放題にさせているから、この国、イギリスはダメになったと高言する。移民の多くは、勤勉で上昇志向の強い人々だ。イギリスの食べ物はおいしくなったが、それは、これらの人々のおかげだ。 
イギリスは、もともとワーキングクラスという階級が誇りをもって生きてきた国である。終戦直後に、労働党政権は、無料の国家医療制度を実現し、公営住宅の大規模建設、大学授業の無料化など、底上げの政策を徹底的にすすめた。その効果が一斉に花開いたのが、1960年代だった。
ところが、このエキサイティングな階級の流動性は、もう遠い過去の話になった。今では、間違っても、下層階級の人間がそこから飛び出す可能性は支えられていない。
現代のイギリスは階級が固定化しすぎている。格差の拡大はよくないが、どんなにがんばっても、自分たちが再びクールになる時代は来ないという閉塞感が下層にいる人々を絶望させる。
そんななかで保育園を運営し、一人ひとりの子どもたちを保育していくのですから、日々まさしく困難の連続です。移民をどんどん日本に受け入れたときには、保育園だけでなく、社会の隅々まで、貧困と身の安全を守るために考え、行動しなければならないことがたくさんあることを実感させてくれる本でもありました。
(2017年6月刊。2400円+税)

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2017年4月30日

小説・ライムライト

(霧山昴)
著者 チャールズ・チャップリン 、 出版  集英社

チャップリンって小説も書いていたのですね。まさしく天才って、何でも出来るという見本のようなものです。
この本は映画「ライムライト」の制作過程も丹念に明らかにしていて、興味深いものがあります。チャップリンが打合せのときに言った言葉もちゃんと記録され、ペーパーとして残っているようです。
チャップリンは、推敲に推敲を重ねていて、その手書きの校正の過程も紹介されます。
異常なほどのこだわりがあったようです。そのおかげで私たちは超一流の芸術作品を今日も楽しむことができるわけです。
映画「ライムライト」の先行試写会が催されたのは1952年8月2日。その翌月の9月17日、チャップリンはイギリスへの船旅に出た。ところが、アメリカ司法長官はチャップリンの再入国許可を取り消した。FBIのフーバー長官と共謀して、チャップリンを「アカ」と決めつけての措置だった。
当時、アメリカでは「アカ狩り」旋風が吹いていたのですね。今でも、アメリカではその偏見がひどいようです。なにしろ、国民皆保険を主張すると、そんな人には、みな「アカ」というレッテルを貼られるというのですから、狂っています。それだったら、ヨーロッパなんて、オール「アカ」になってしまいます。とんでもないことです。
チャップリンがアメリカに渡ったのは、20年後の1972年。このとき、アカデミー特別名誉賞が贈られ、チャップリンはようやくアメリカと「和解」した。
トランプ大統領に象徴されるような、アメリカの「影」の部分ですね。
1936年、チャップリンは、ジャン・コクトーに、映画は木のようなものだと語った。
揺さぶれば、しっかりと技についていないもの、不必要なものは落ち、本質的な形のみが残る。
チャップリンが家で新しいアイデアを考えているあいだ、撮影が中断されることはよくあった。それができたのは、プレッシャーがなかったからだ。スタジオはチャップリンの持ち物であり、スタッフは常駐していたし、未使用の映画フィルムは廉価だった。
『黄金狂時代』は撮影に170日、全体で405日かかった。『街の灯』は撮影に179日、全体で683日だった。そして、『殺人狂時代』は80日、『ライムライト』は59日で撮影された。
チャップリンが延々と書きものを続ける形でアイデアを発展させ、磨きあげ、記録していく。実際には、秘書に対して長時間口述するという作業があり、そのあと出来あがったタイプ原稿に対して、チャップリンが改訂を加え、それがまた新しいタイプ原稿とさらなる改訂につながる。このプロセスが問題なく続いていく。チャップリンは、なかなか満足しない性質だった。
チャップリンのこだわりぶりは際だっていた。
チャップリンは気の利いたフレーズを手放しで喜んだし、それがとりわけ自分の創作したものであったときには、なおさらだった。
チャップリンは映画に自分の子どもたちや、妻、兄などの家族も登場させていたのですね。知りませんでした。スイスにチャップリンの邸宅だったところが博物館になっているそうですね。ぜひぜひ一度みてみたいと思います。
映画「ライムライト」は忘れていますので、DVDを借りてみてみたいと思いました。
(2017年1月刊。3500円+税)

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2017年4月22日

わたしは、こうして執事になった


(霧山昴)
著者 ロジー・ハリソン 、 出版  白水社

『おだまり、ローズ』というイギリスの貴族にメイドとして仕えていた女性の回想記を前に紹介したと思いますが、同じ著者が同業の執事たちの話をまとめた本です。イギリスの貴族たちの日常生活を垣間見ることができる点という点で面白い内容です。
貴族は、朝は使用人が運んでくる紅茶をベッドの中で飲み、着替えやヒゲソリさえも使用人の助けを借りる。
華やかなディナー・パーティーでは、すべての参加者は会話を絶やしてはいけない。右側に座っている人とひととおり会話をしたら、ころあいを見はからって左の人とも会話をしなくてはいけないのだが、そのタイミングはなかなか難しい。
これって、貴族じゃなくても日本の食事会でも共通する課題ですよね・・・。
食事が終わると、女主人は食卓を囲んでいる女性たちに視線を送り、女性は全員すっと立って食堂から応接間に移る。言葉を使わず、目線だけで退場のメッセージを送り、女性の客も、「そろそろだな」と思うと、女主人を注目しなければいけない。残った男性たちは、ポートの瓶を回し、政治や「淑女には聞かせられない」話をひとしきりしてから、応接間に向かう。こうしたしきたりを知らない客は恥をかくことになる。
夜食つきのパーティーが開かれるときには、使用人は午前2時前にベッドに入れる見込みはまったくなく、朝は遅くとも7時には起きなくてはならない。
イギリスのご婦人は、旦那様はしょっちゅう替えるけれど、執事は絶対に替えない。
金持ちや貴族のモラルを批判する世の人々は、彼らが常に誘惑にさらされていることを忘れている。ストレスを受けて心が乱れた雇い主は、ときに立場を忘れ、身近に仕える使用人の意見や助言を求めることがある。しかし、従僕にとって、見ざる、聞かざる、言わざるが一番よいこと。
秘密を守れない人物とみなされた従僕は、どこでも雇ってもらえない。
上の人も、下の人も、それぞれ苦労は尽きないということのようです。
(2016年12月刊。2600円+税)

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2017年3月20日

アウトサイダー

(霧山昴)
著者 フレデリック・フォーサイス 、 出版  角川書店

実に面白い本です。『ジャッカルの日』や『オデッサ・ファイル』など、ワクワクドキドキする本の著者が自分の人生を振り返っています。
まさしく波乱万丈。なるほど、これなら陰謀うず巻くなかを生きてきた状況が、そのまま本になると感じ入りました。ですから、著者がイギリスのスパイ機関の元締めであるMI6に協力していたことを知っても、私は驚きませんでした。
その一環として、南アフリカに核爆弾があること、それをマンデラ政権に移行するときにどうするか、著者が頼まれて探ろうとしたというのにも違和感がありませんでした。むしろ、南アフリカが核兵器を持っていたことのほうが驚きでした。
著者は、アフリカのビアフラにおける大量餓死事件の真相に迫り、イギリス政府の責任を厳しく追及しています。
イギリス政府(ウィルソン政権)のナイジェリア連邦に対する密かな全面的支援がなかったなら、ビアフラの悲劇は起こりえなかった。イギリスの国益を守るために支援する必要はあったのか。100万人の子どもを死なせてまで守らなければならない国益とは何なのだろうか・・・。イギリスは、その大きな影響力を行使して、ナイジェリア連邦に停戦を迫り、和平会議を開かせて、政治的に解決することができた。その機会はいくらでもあったのに、やろうとはしなかった。
うぬぼれた官僚たちと、臆病な政治家たちが、わが祖国イギリスの名誉にいつまでも消えない汚点を残した。彼らを許す気は絶対にない。
戦争は高貴なものではない。戦争は、残酷で非人間的なものだ。そこでは、人の心を荒廃させること。記憶に傷を残すようなことが起きる。なかでも、いちばん残忍な戦争は内戦だ。
スパイというのは、本来、公的機関や企業に雇われていながら、その公的機関や企業の秘密情報を盗み出して、誰かに渡す人間を指す。
この行為を仲介する人間は、資産(アセット)、資産を運用する情報部員は、工作管理官(ハンドラー)と呼ばれる。
秘密情報部門部の人間は、自分たちの組織を「オフィス」と呼ぶが、外部の人間は「ファーム」と呼ぶ。「ファーム」の部員は「フレンズ」だ。アメリカのCIAでは、組織のことをエージエンシーまたはカンパニーと呼び、局員はカズンズという。
フォーサイスは、イギリスの上流階級の出身ではなく、中流階級の出身。父親は、裕福な一商店主だった。
フォーサイス少年は、名門ケンブリッジ大学に進学できるのに、そうではなくて、17歳で空軍に入り、パイロットにあこがれる。そこから転身してジャーナリストになり、BBCの特派員としてナイジェリアに派遣される。
フォーサイスの自伝は、その小説に匹敵するほど波乱万丈で痛快だ。
なんだ、これは。人生、楽しすぎだろ。
人生は冒険だ。何でも見て聞いて、そして考えよ・・・。
ところが、並はずれた幸福を引き寄せつつも、厳しい現実に悩まされる。いつもおカネに困っている。マネージャーにだまされて、全財産を失ったどころが、巨額の借金を背負わされた。小説を書く衝動は一つしかない。それはマネーだ・・・。
ちょうど私の10年だけ年長ですから、やがて80歳になろうとする著者は、今の政治のあり方にもズバリ苦言を呈したのです。一読に値する本です。
(2016年12月刊。2000円+税)

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2016年12月31日

シェイクスピア

(霧山昴)
著者 河合 祥一郎 、 出版  中公新書

ヒトゴロシの芝居をイロイロ書いた。シェイクスピアが生まれたのは、1564年4月23日ころ、亡くなったのは1616年4月23日。52歳で死んだことになる。1616年は、徳川家康が死んだ年でもある。
シェイクスピアは、生涯にわたって王族のカリスマ性に圧倒され、それを舞台でも表現しようとした。
シェイクスピアは、20歳の若さで三児の父親だった。当時のイギリスでは、劇の作者が誰なのかは、あまり問題にされなかった。それは江戸時代初期の歌舞伎の狂言作者と同じだった。そして、当時の台本は、何人かの書き手が共同で一冊の台本を書き上げることが日常茶飯事だった。
世の中の大きな流れにくみせず、少数派の見方も否定しないのがシェイクスピアの書き方。『ヴェニスの商人』には、当時蔑視されていたユダヤ人の視点も取り入れ、キリスト教徒たちの偽善性が暴かれている。
シェイクスピアは1604年、薬屋を35シリング10ペンスの不払いと10シリングの賠償金を求めて裁判に訴えた。シェイクスピアは、金銭に細かい人物だった。そして、当時のイギリスは、こんなことでも裁判沙汰にするほど訴訟が日常茶飯事だった。
シェイクスピアは1616年4月23日に亡くなったが、死の3ヶ月前に遺書を書いている。したがって、病死したと考えるのが自然だ。
シェイクスピアの演劇に幕は必要なかった。大掛かりな舞台装置は使われず、いわゆる場面転換もなかったからである。
張り出し舞台で、平土間には客席がない。つまり、客は立って観劇していた。
シェイクスピアの舞台は狂言と同じで、幕のない張り出し舞台で、女優も登場しない。女役は少年俳優が演じた。
シェイクスピアの劇をはじめ、エリザベス朝の演劇では、変装が頻繁に用いられた。76%もの劇で変装が用いられている。ただし、変装は基本的に喜劇的な手法であるため、悲劇では、あまり用いられない。
日常生活ではロゴス(理性)に支配されることが多いが、演劇は理性と対立する感性の世界においてその力を発揮する、そして、そこでもっとも重要となるのは想像力だろう。それは、ときに新たな現実そのものをも生み出す力さえ持っている。
さまざまな人々の生きざまを描いてきたシェイクスピアが最後に到達したのは、「信じる力」の大切さだった。いかに生きるか、それが問題だ。
久しぶりにシェイクスピアを読んでみたくなりました。
(2016年6月刊。820円+税)

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2016年7月28日

エンゲルス

(霧山昴)
著者  トリストラム・ハント 、 出版  筑摩書房

 大学生のころ、マルクスやエンゲルスの本をむさぼるように読みました。そして、ぐいぐいと目を開かせてもらったものです。
この本は、生身のエンゲルスをたっぷり紹介しています。理想像ではなく、等身大の人間として、紹介されています。エンゲルスだって、生身の人間ですから、いろいろ問題はあったのです。それでも、彼がなしとげた理論的功績が、そのことによって帳消しになるわけでは決してありません。
エンゲルスは、自らはイギリス産業革命の揺籃地であるマンチェスターで家業の綿工場を経営していた。そのお金で、40年にわたって友人のカール・マルクスとその家族の生活を支えた。マルクスが亡くなったあと、その生前に刊行できなかった『資本論』の2巻と3巻を完成し、刊行した。
エンゲルスはヴィクトリア朝中期にマンチェスターで綿企業を経営し、南アメリカの大農園からランカシャー州の工場やイギリス支配下のインドにまでおよぶ世界貿易の経済連鎖に日々たずさわっていたため、グローバル資本主義の仕組みに関する経験をもった。それが、マルクスの『資本論』に盛り込まれた。
エンゲルスは、マンチェスターではチャーチスト運動に関与し、1848年から49年にかけてドイツでバリケードによる市街戦に加わり、1871年にはパリ・コミューン支持者たちを鼓舞し、1890年のロンドンではイギリスの労働運動の難度を目の当たりにした。
人生の盛りの20年という長い年月にわたって、エンゲルスはマンチェスターの工場経営者としての自己嫌悪に陥る立場に耐え、マルクスが『資本論』を書きあげるための資金と自由を保障した。
エンゲルスは、プロイセン(ドイツ)の裕福なカルヴァン派貿易高の御曹司として生まれ育った。軍人であると同時に、知識人でもあったエンゲルスは、まさに将軍だった。
資本主義の最大の罪は、それが人間の楽しみを否定することによって、人の魂を傷つけたことだった。より具体的にいうと、快楽が金持ちだけのものとなった。
エンゲルスが24歳のときに書いた『イギリスにおける労働者階級の状態』は、20世紀になって都市化するイギリスの恐怖、搾取、それに階級闘争を簡潔に記した読み物となっている。この本は、共産主義理論の草分けとなる文献だった。
マルクスとエンゲルスは、プロイセン(ドイツ)のライン地方出身という同じ背景をもち、ひどく異なる点はあるものの、二人は相互に補いあう性格として認めあった。エンゲルスのほうが明るく、歪みの少ない、協調性のある気質であり、身体的にも知的にも、エンゲルスのほうが利いて回復力に富んでいた。
1848年2月の『共産党宣言』は、発刊された当時は、なんの衝撃ももたらさなかった。
エンゲルスが最後にいちばん期待をかけていたのは1861年のアメリカ南北戦争だった。
マルクスとエンゲルスは手紙をやりとりしていた。その手紙から、マルクスが『資本論』に関する考えを、エンゲルスと相談しながら発展させていったことが分かる。『資本論』の初期の推進力の多くは、エンゲルス自身によるものだった。
久しぶりにマルクス・エンゲルスの本を読み直してみようと思ったことでした。
(2016年3月刊。3900円+税)

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2016年2月 5日

ヴィクトリア女王の王室

(霧山昴)
著者  ケイト・ハバード 、 出版  原書房

19世紀イギリスのヴィクトリア女王の宮廷の実情が女王付きの女官の生活を通じて明らかにされている本です。
宮廷というのは、とんでもなく退屈な空間だったことがよく分かります。私なんか、とても耐えられそうにありません。
空想以外には何の退屈しのぎもなく、何時間もただひたすらじっと待機しているだけの状態が続く。「命令」を待つだけの終わりのない待機。頭ごなしの命令を受け入れるしかなく、義務にがんじがらめにされるだけ。宮廷は、毎日が同じことの繰り返しで、それが毎年続いていく。ウィンザー城の生活は、おだやかな退屈とともに進んでいった。
ヴィクトリア女王は、誰がどの部屋に泊まるのか、誰が馬に乗って、誰が馬車に乗るのか、さらには食堂に入るときにつくる列の順番まで決めていた。つまり、訪れる者たちのあらゆる行動を管理していた。
王室というのは息苦しい閉鎖空間だ。少人数で、互いを思いやる必要がそれほどなく、暇をもてあまし気味で、しかも家族や友人といった外の世界とは切り離されている。そこでは、ほんのわずかなゴシップの種にも飛びつき、むさぼる者が大多数だった。
ヴィクトリア女王は独立心の権化とも言える存在だった。女王が下す判断は本能的かつ断定的で、自分が愛する人々に対しては熱狂的に、ときには盲信的なまでに忠実だった。他方、自分が気に入らなかったり、それ以下の感情を抱いた相手に対しては、徹頭徹尾、冷ややかに接した。
女王に近づいたり離れたりする際の決まりがあった。ドレスの裾をどうやって持ちあげるかについても規則があった。離婚した女性は夕食には同席できなかった。
ヴィクトリア女王にとって、子どもたちは、人生にとってもっとも大きな喜びである夫・アルバートとの人生における障害物だという意識を捨てることができなかった。
エリザベス一世の時代、女官たちは、上から寝室付きの女官、私室付きの女官、女官、未婚の女官と、4つの階級に分かれていた。ヴィクトリア女王の女官は大部分が下流貴族の妻や未亡人や娘たちだった。
宮廷では、自由な意思と自主性は捨てる必要があった。そこでは、辛抱と自制心、そして寛容の精神が求められた。
イギリスの女王の宮廷生活の一端を知り、その恐ろしい退屈さを知って、身が震えてしまいました。可哀想な人生としか私には思えません。創意や工夫が許されない生活だなんて・・・。人間らしさが感じられません。

(2014年11月刊。2800円+税)


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2015年12月15日

FIFA、腐敗の全内幕


(霧山昴)
著者  アンドリュー・ジェニングス 、 出版  文芸春秋

  71歳の調査報道記者が世界サッカーを統括する国際サッカー連盟(FIFA)を食い物にする、汚いヤミ取引の内幕を暴露しています。
  スイス警察がFIFAの最高幹部7人を逮捕した。その容疑は、1億5000万ドルの横領。
  著者のジェニングスは、1980年代には汚職警察、タイの麻薬取引そして、イタリアのマフィアを調べ上げた。そして、ここ15年は、国際サッカー連盟(FIFA)に焦点を絞っていた。
  FIFAをマフィアと呼ぶのは冗談ではない。FIFAを牛耳るブラッター会長のグループは、組織犯罪シンジケートを共通する要素をすべてそなえている。強くて冷酷なリーダー、序列、メンバーに対する厳しい掟、権力と金という目標、入り組んだ違法で不道徳な活動内容。
ブラッター会長は6つのサッカー連盟を支配している。
ブラッター会長は、ワールドカップが稼ぎ出す何十億ドルもの大金を背景に、巨大な権力を握っている。その権力をつかって209の国と地域を買収する。そして、相手は彼が権力の座を確保できるように喜んで投票する。潤滑油となっているのは、ほとんど無審査の「開発育成交付金」であり、現金で売られる莫大な数のワールドカップ・チケットだ。
  チケットは闇マーケットに流れ、表に出ない無税の利益になる。ブラッターが見返りに求めるのは、投票場での忠誠と会議での沈黙だけ。
  連盟や協会の多くの代表にとって、ブラッター会長は自分たちのお金で買うことのできる最高の会長だ。そんなブラッターを交代させる手はない。ブラッターよ。永遠なれ!
  こんな巨大な国際組織の中で反対意見はめったに聞こえてこない。FIFAは本質的に反民主主義の組織なのである。
  FIFAは2010年に2018年と2022年の開催地を同時投票で決定した。大会の開催地を一度に2回分決めたことは、かつてないこと。10年先のスポンサー権やテレビ放送権の価値を正確に予測することは誰もできないのに・・・。
  ブラッター会長の世界では、「沈黙の掟」を破ることこそ、組織犯罪で最大の罪である。
  この「掟」を破った理事は永久追放される。
ブラッター会長は、役員会の内容をすべて規則によって「極秘」とした。それによって、FIFAのお金を自由に使える。最高級のホテルで贅沢三昧をし、チャーター機で王様のような旅をした。給料、ボーナス、必要経費、車、住宅手当など、あらゆる項目で、自分と家族そして愛人のためにFIFAからお金を絞りとった。
  ブラッター会長は、ほかの役員の同意を要せず、自由に小切手を切ることができた。
  そして、FIFAのお金を、どんな相手にも渡せた。FIFAの規約では、ブラッター会長は、世界のいかなる国の法律の制約も受けないと定められている。
  この本を読むと、サッカー試合って、まるで汚物まみれにしか見えなくなります。スポーツによって健全な精神が養われ、育つどころではありません。早くなんとかしてほしいものです。

(2015年10月刊。1600円+税)

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