アジア(アフガニスタン)
2008年03月19日
君のためなら千回でも(上)
著者:カーレド・ホッセイニ、出版社:早川書房
残念なことに映画はまだ見ていません。テレビは見ない私ですが、映画のほうは、できたら月に1本は見たいと思っています。でも、なかなかそうもいきません。見たい映画を見逃してしまい、残念な思いをすることもしばしばです。先日は、朴大統領暗殺を描いた『有故』を見にいこうとしたら、タッチの差で終了していました。そんなときにはDVDででも見たいのですが、1回しか見ないのに5千円もするのはもったいない気がして、ついに見ないままということも少なくありません。かといって、500円で見れるDVD映画というのは著作権切れの古いものですから、困ってしまいます。
アフガニスタンを舞台とした切ない小説です。パシュトン人とハザラ人との民族差別がからんでいて、泣かせます。
私も本を書いて出版したことがあるのですが、私の本を読んだ東京の女性弁護士から、文章を書けることはよく判ったけれど、もっと読者を魅きつけてやまない小説を書いてほしいという課題を突きつけられてしまいました。私も、なるほどと思いました。と言うのも、私の読者に対して訴えたいことは山ほどあるのですが、それをうまく読者の心の奥底深くに届ける努力に乏しいというか、配慮に欠けていることを自覚せざるをえません。その点、この本は、恐らく著者の体験をベースにしつつ、読み物として昇華しているからこそ、多くの人々を魅きつけたのだろうと思います。
前置きが長くなりました。少し、この本についても紹介します。ことは、アフガニスタンがまだ平和な独裁国家だったころから始まります。著者は1963年生まれ。「友だち」のハッサンは1964年冬に生まれた。
ハッサンはハザラ人の召使いの子どもで、学校に通わず、字も読めない。著者はハッサンと一緒に仲良く遊びながらも、ハッサンを馬鹿にしている金持ちのボンボン。しかし、父親はそんな著者をたしなめる。
凧合戦はアフガニスタンにおける子どもの遊びのなかでも最大のお祭りだ。1975年冬の凧合戦で著者は優勝できた。しかし、凧を回収するときに、著者は人間として許されない過ちを犯した・・・。
このあとは書きません。
本のオビに書かれている言葉を紹介します。「君のためなら千回でも!」召使いの息子ハッサンは私にこう叫び、落ちてゆく凧を追った。同じ乳母の乳を飲み、一緒に育ったハッサン。知恵と勇気にあふれ、頼りになる最良の友。しかし、12歳の冬の凧合戦の日、臆病者の私はハッサンを裏切り、友の人生を破壊した。取り返しのつかない仕打ちだった・・・。
なぜ、こんなひどい仕打ちを主人公がしたのか、私には理解できません。
ハッサンをいじめた少年がこう言っています。アミールというのは主人公のことです。
アミールのために自分を犠牲にする前に、よく考えろ。アミールのところに客が来たとき、おまえがゲームの仲間に入れてもらえないのか不思議に思ったことはないか。アミールは、なぜ、ほかに遊び仲間がいないときしかおまえと遊ばないのか。なぜなら、アミールにとっておまえはただの醜いペットにすぎないからだ。退屈なときにからかう相手、腹が立ったときに八つあたりする対象なんだ。自分をごまかして、それ以上の存在だなんて、うぬぼれるんじゃない。
これを聞いて著者は思わず声をあげそうになった。このとき言葉を発していたら、残りの人生はまったく違ったものになっていただろう。だが、結局、なにも言えなかった。麻痺したように身体が動かず、目だけがじっと釘づけになっていた。
いやあ、すごく重たい小説です。子ども心というのも、なるほど、馬鹿にしてはいけません。私は弁護士として離婚騒動のとき、子どもの親権者をどちらがとるか争われているときには、せめて子どもの真意を大切にするようアドバイスするようにしています。
(2007年12月刊。660円+税)
2008年07月18日
ダラエ・ヌールへの道
著者:中村 哲、出版社:石風社
15年以上前に発刊された本ですから、少し古くはなりましたが、アフガニスタンのことを少しでも知るためには決して古すぎることはありません。福岡出身の中村哲医師がアフガニスタンで、どんな活動をしているのか、それにどんな意義があるのかを知るうえで今も貴重な本です。なにしろ、日本の一般マスコミの報道があまりにも少な過ぎます。
アフガニスタンに住むほとんどの人々にとって、西欧的な国民国家や民主主義など、想像もつかないしろものだ。それは、あたかも日本の源平時代や戦国時代の日本人に「近代国家」を強制しようとするに等しい夢物語でしかない。アフガニスタンの多くの人々には、もともと「国家」など頭の中にない。
これは、イスラム原理主義者についても同じことが言える。アメリカは、後になって手を焼くことになる「イスラム原理主義」に対し、軍事的に肥大させるよう援助した。アメリカは、「生かさず、殺さず」式の戦争を継続させ、ソ連の国力を消耗させる戦略をとった。
ダラエ・ヌール渓谷一帯は、いわゆるパシャイー族というヌーリスタン族の一部族が占め、戦争中もほぼ完全な自治体制をとって政治的利害から自由な地域だった。
ここの山人は、ほとんど自給自足なので、絶対的な必需品はマッチと岩塩くらいである。石油ランプをもつ家庭が多いので、灯油も取引品として大切であった。緑の畑が広がっている。よく見ると、ケシ畑だった。
中村医師は次のように断言します。
現地では、非武装がもっとも安価で強力な武器である。だから、診療所内での武器携行を一切禁止した。自分自身が丸腰であることを示したうえ、敵を恐れて武器を携える者を説得し、門衛に預けさせてから中に入る許可を与える。無用な過剰防衛は、さらに敵の過剰防衛を生み、果てしなく敵意・対立がエスカレートしていく。
私心のない医療活動は、地元民の警戒心を解き、彼らが著者たちを防衛してくれるようになった。渓谷のあらゆる住民が我々を必要として、その方針に協力するようになったのだ。アフガニスタンの膨大な水面下の人々にアピールしようとするなら、何も特別の宣伝はいらない。ひたすら黙々と誠実に仕事をしていたらいい。
日本国憲法9条2項がアフガニスタンで生きていることを実感させられます。
日本人の特性は、そのチームワークと勤勉さ、緻密さにある。だが、ペシャワールのようなところでは、これが裏目に出る。日本人は、一人で衝突をくり返しながら、現地の人々とのつきあいを切り開いていくたくましさに乏しい。
うむむ、なるほど、なーるほど、そうなんでしょうね。
アフガニスタンで今も医療活動を地道に続けている中村医師をはじめとするペシャワール会の活動に対して、日本人はもっともっと注目し、大きな声援を送るべきなのではないでしょうか。大喰いタレントやおバカキャラを笑いながらもてはやす前に、もっと真剣に考えるべき世界の現実があると私は思いました。
(1993年11月刊。2000円+税)

