生物
2007年03月29日
身近な野菜のなるほど観察記
著者:稲垣栄洋、出版社:草思社
洋食に欠かせないキャベツ。この取り合わせは、実は日本独特のもの。欧米には生のキャベツを食べる習慣がない。生のキャベツはウサギが食べるものと決まっている。
キャベツには消化酵素のジアスターゼや胃腸の潰瘍を治すビタミンUなど、胃腸障害に効く成分がたくさん含まれているから、腹一杯たべても安心していい。
キャベツは江戸時代に日本へ入ってきたときには、食用ではなく観賞用だった。キャベツを庭で育てたことがあります。毎朝の青虫とりが大変でした。とってもとっても、翌朝みるとたくさんの青虫がついているので、さすがにゲンナリしました。
キャベツはアブラナ科。レタスはキク科。レタスを包丁で切ってはいけない。変色してしまうから。
タマネギを切ると涙が出るのは、虫に食べられて細胞が破壊されたときに、刺激物質を瞬時につくって虫を撃退しようとしているのだ。涙が出ないようにするためにはタマネギを冷たくするか、縦切りにしたらよい。
エンドウを漢字で書くと豌豆。だから、エンドウマメというと、豌豆豆となってしまう。エンドウを日本にもってきたのは遣唐使。
アスパラガスはユリ科。アスパラガスは茎のみで光合成をしている。アスパラガスの代表的な有効成分はアスパラギン酸。疲れをとり、スタミナをつけてくれる。アスパラガスは3年目から次々に芽を出す。土のなかに細い芋のような貯蔵根があり、そこにエネルギーを蓄えている。アスパラガスには雄株と雌株があり、雄株のほうがよい。雄株は実をつけないのでエネルギーの消耗が少なく、太い芽をたくさん出すことができる。
春分の日。春うららかな一日でした。庭に顔を出した2本目のアスパラガスを採って食べました。1本目は細すぎたので遠慮しました。泥をのけて電子レンジに入れてチンして食べてみたところ、春の香りが口いっぱいに広がりました。
タケノコは一日に1〜2メートル伸びることができる。生長点をいくつも持っているので、そんなことが可能なのだ。タケノコは体内にジベレリンという生長促進ホルモンを多く含んでいる。
ゴボウの根を食べるのは日本人だけ。ゴボウはキク科の植物。海外では、ゴボウは、花のほうが知られている。中国人でさえ、ゴボウの根を薬用とはしたが、食べることはしなかった。ふーん、そうなんですか・・・。ゴボウ天うどんって、おいしいですよね。あのシャキシャキした歯ごたえが何ともいえません。
カボチャは、もともと熱帯原産。カボチャは保存がきくので、冬に食べることができる。
ビールにエダマメはあっている。エダマメはアルコールの分解を助けるビタミンB1やビタミンC、肝臓の負担を減らすメチオニンなどを含んでいるから。
今や、日本の大豆の自給率は10%にならない。
トウモロコシは、収穫後もさかんに呼吸を続けるので、糖分を消耗してしまう。トウモロコシの糖度は、収穫したあと、急激に低下し、わずか一日で半減してしまう。
トウモロコシは、イネ、ムギと並んで世界の三大作物。世界で栽培されているトウモロコシの多くは家畜の餌として利用されている。
トマトの葉は有毒。トマトの赤い色素リコピンには発ガン抑制の効果もある。
ピーマンは未熟な果実であり、それだからこそ苦み物質をもっている。ピーマンはトウガラシの一種である。
トウガラシは日本は唐の国の唐辛子だが、韓国では倭の国から来たので、倭辛子と呼ばれている。トウガラシは種子を運んでもらうパートナーとして動物ではなく鳥を選んだ。鳥には辛さを感じる味覚がないので、トウガラシを平気で食べる。
メロンは果物ではなく、野菜。甘やかして水をやりすぎると果実が水っぽくなる。そこで、水を制限して厳しい環境に追いこむと、懸命に果実に栄養分を集めだす。その結果、メロンは甘くなる。
スイカは中心ほど甘くなっている。中心部が一番甘いのは、動物や鳥に残さずに食べてもらうための工夫なのだ。
ニンニクは強い殺菌作用をもつので、弱い毒として人間の体に刺激剤となる。ニンニクの毒を排除しようと人間の体内の免疫力は高まり、防御態勢に入る。そして、人間のさまざまな生理作用が活性化されるのだ。
なーるほど、身近な野菜についても知らないことだらけでしたね。
2007年04月20日
杉野押花美術館コレクション〜パステルの風〜
著者:杉野俊幸、出版社:杉野押花美術館
炭都・大牟田にも美術館があったんですね。炭都といっても、三池炭鉱はとっくに消えてなくなりました。早いもので閉山から10年たっています。三井は中央資本だけに、すべてが東京志向であり、地元には美術館も博物館も何も残しませんでした。
そんな大牟田に美術館が出来ていることを知っても、あまり訪れる気はありませんでした。ましてや押花というと、なんだか、しおれた花の地味でくすんだ色あいしか連想できなかったからです。でも、まあ、ものはためし、だまされたと思って入ってみました。
なんと入場無料なんです。しかも、小ぢんまりした木造りの美術館にかかっている押花が、どれもこれも生き生きしています。しおれて、くすんだ押花なんかじゃありません。うれしいことに、一つ一つの作品に手書きで作者の思いを語る文章がついてます。読んでいると、なんだか心のあたたまるほのぼのとした気分になります。
私は群馬にある星野富弘美術館にも行ったことがあります。とても素晴らしい美術館でした。そこでも、一つ一つの絵に作者の思いが手書きされていて、絵を見て文章を読んで、生きる元気をもらったみたいにいい気分に浸ることができました。それと、まるで同じ気分です。
タダで全部みてまわり、申し訳ない思いから、この本を購入しました。「美しい桃の花」というタイトルの押花があります。そのコメントを紹介します。
「私の気に入った作品です。ピンクの花と黒い枝とバックの青色が協奏している。協奏は音楽での言葉であるが、絵画では響き合いと言うのであろうか」
淡いブルーのパステルがを背景にピンクピンクした桃の花が春らしいあでやかさを競うように一面に咲いた作品です。まったくくすんだところはありません。
いったいどうやってこんな作品をつくるのだろうと不思議な気持ちになります。そして巻末にその解答編があるのです。
バックはパステルを塗るのです。パステルの持ち方、塗り方まで写真つきで解説されています。色と色を混ぜて、新しい色をつくり出します。そして、その上に押し花を置いてみて、花や葉が美しく見える色を発見し、その色で描くのです。
押し花教室もあるといいます。
私は、美術館で押花作品を見終わって、隣の喫茶コーナーに入りました。1階で手づくりパンやベーコンのくん製などを買い、2階に上がりました。ちいさいけれど見晴らしのいい部屋があります。カウンターに腰をおろし、ロイヤルミルクティーをゆっくり味わいました。なかなかうまい味です。
よく晴れあがった春うららかな日曜日の昼下がり、至福のひとときでした。水曜日は休館です。
2007年04月27日
似せてだます擬態の不思議な世界
著者:藤原晴彦、出版社:化学同人
捕食されるための擬態が存在する。ええーっ、何のこと・・・?擬態って、捕食されないか、逆に捕食するためのものでは。ところが、もう一つ、別の擬態があったんです。取りの消化管に寄生する吸虫です。
鳥が排泄すると、その卵は外に出る。岸辺に住む巻き貝がその卵を摂取する。巻き貝の中で吸虫の卵はかえり、巻貝の中で発生し、最終的には巻貝の触覚の中に入りこむ。そして巻貝の触角の中で吸虫は周期的に動きまわり、巻貝の触角はまるで昆虫の幼虫のように脈動する。鳥たちは、それを見て、思わず巻貝の触角を、昆虫の幼虫と思って食べたいという欲求にかられる。吸虫は、鳥に自分を食べさせるために昆虫の幼虫に擬態して鳥をおびき寄せているのだ。鳥に首尾よく食べられた吸虫は、再び鳥の消化管に寄生する。
この本のユニークなところは、この擬態について、そのメカニズムを分子生物学からアプローチしたところです。擬態を制御している遺伝子の究明をすすめているのです。
ハナカマキリが、なぜあれほど精巧にランの花に似せられるのか?
無毒のチョウがまったく異なる種の有毒のチョウに、なぜ似せることができるのか?
これを分子生物学レベルで追究しようとするのです。でも、今のところ、何の手がかりもありません。それにしても、ホントに不思議ですよね。
広葉樹の葉に似せたコノハムシの写真などを見ているうちに、自然の偉大な神秘の前には人間社会の小さな秘密なんて、まさしくどうでもよくなります。
「それで、どうして、ここまで似せることができるのでしょう?」
「ええ、それはやはり大自然の神秘としか言いようがありません」
特定の標的遺伝子の変異というよりは、遺伝子ネットワークの組合せの変化が適応進化の本質ではないか。擬態のメカニズムを解明しようとすると、まさに自然の不思議の迷路のなかにさまようことになります。でも、そんな迷路でまようのも楽しいひとときです。
実に不思議な世界がたっぷりあることが分かります。
2007年05月28日
動物たちのゆたかな心
著者:藤田和生、出版社:京都大学学術出版会
3歳児は他者をだませない。子どもが大人をだませるようになるのは、4歳になってから。保育園でも、ウソをつくのは年中さんからだ。次のような実験が紹介されています。
幼児に人形劇を見せる。まもる君がケーキを食べている。半分食べたところで、まもる君は残りは後で食べようと、食器棚に片付けて遊びに出ていった。次に、お母さんがやって来る。お母さんは食器棚にあるケーキを冷蔵庫の中にしまう。そのあと、まもる君が帰ってきて、残りのケーキを食べようとする。
ケーキは、今、どこにあるかな、と幼児に尋ねる。幼児は冷蔵庫の中にあると答える。これでストーリーが出来たことを確認できる。次に、まもる君はどこを探すかな、と尋ねる。すると、ほとんどの3歳児は「冷蔵庫の中」と答える。
まもる君は、お母さんがケーキを冷蔵庫に移したことは知らないのだから、正解は食器棚。つまり、3歳児は、自分が目撃して知っていることと、他者の知っていることが一致しないことがあるということを理解していない。
相手をだますということは、自分の見えるものと他者から見えるもの、あるいは自分の知識と他者の知識などが異なる状態をつくり出し、それを利用して利益を図ることである。自他の知覚的状態や知識状態が異なることを理解できなければ、だますことは難しい。3歳児が人をだませないのは、こうした理解が十分成熟していないことも理由になっている。
なーるほど、ですね。動物もウソをつく。
メルというチャクマヒヒの若メスが球茎を掘り出そうとしていた。もう少しで掘り出し終えるというちょうどそのとき、ポールという、子どものヒヒが通りかかった。ポールは、あたりを見回してから、大声で悲鳴をあげた。すると、近くで採食していたポールの母親がやってきて、メルを威嚇して追い払ったあと、母親はもとの採食場所に戻った。ポールは首尾よく球茎を手に入れた。ポールは、メルからいじめられたふりをして、まんまと食物をせしめた。ふむふむ、そんなことができるんですか・・・。
チンパンジーの離乳期の子どもは、母親から授乳を拒否されると、ときおり藪の中をのぞきこみ、わけもなく悲鳴をあげる。そうすると母親がやって来て、子どもを胸に抱きかかえてくれる。いやあ、すごいですね。
イヌは飼い主の声を聞くと、飼い主の映像を思い浮かべることが分かった。
イヌに、隣の部屋に並べた物体を取ってこさせる実験もあります。一つだけイヌが名前を知らない物体が混ざっている。飼い主がイヌに対して「○○を取ってきて」と命令すると、初めて聞いた名前の物体を持ってくる能力がある。これは、他の物体の名前は知っているから、残ったこれに違いないという推理を働かせているのだ。
なーるほど、すごく根気のいる実験でしょうね。
さまざまな研究の成果によって、意識とか内省的過程は、ヒト特有のものではないことが分かってきた。おそらく類人を初めとする動物の心は、これまで思われてきた以上にヒトに近いように思う。恐らく、我々が自分たちについてはよく知っていて、他の動物のことをよく知らないからだ。まさに、井の中の蛙、大海を知らず・・・。
こうした恥ずかしい態度が、万物の霊長を自認する我々にふさわしいものか。もっと謙虚に、動物たちの素晴らしい生きざま、素晴らしい心の世界をたたえようではないか。
ヒトも動物も同じように気分・感情をもち、気配りできるし、ウソをついて相手を倒すことまで出来るのです。まさに、ヒト以外の動物たちにも感情や気持ちがあるわけです。
ヒトと動物との差異はそれほど簡単に説明することが出来ないのです。イヌを見てれば、なんとなく分かりますよね、これって。
2007年07月27日
粘菌、驚くべき生命力の謎
著者:伊沢正名、出版社:誠文堂新光社
ああっ、これはすごーい。こんな不思議な色と形の生命体がこの世にいたなんて・・・。ホント、世の中は広大無辺だと実感します。
粘菌の見事な写真のオンパレードです。ぜひ一度、この写真集をどこかで手にとって見てみてください。きっと、世界観が変わることと思います。
日本の粘菌分類学研究で有名なのは、昭和天皇と南方熊楠(みなかたくまぐす)である。昭和天皇は磯辺にすむ海洋動物の研究をしていたと思っていましたが、違うんですね。
粘菌は単細胞生物。彼らの住みかは朽ち木の中や枯葉の下の湿った土の中であり、そこでミクロなサイズで生きている。肉眼で見るのはむずかしい。ただ、ときに数センチほどに成長した変形体や1ミリほどの大きさをもつ子実体を見かけることもある。
朽ち木を壊した拍子に、血管網のようにびっしりと朽ち木に入り込んだ糸状の変形体が現れてびっくりすることもある。変形体は、このような網目構造をつくって活発に這いまわる。その網目構造は、環境や外部の刺激により劇的につくり変えられる。これは体形の変化であり、変形体の行動の一様式である。
粘菌の登場する映画がある。えっ、何?なんと『風の谷のナウシカ』なんです。宮崎駿監督による映画です。私は子どもたちと一緒に何回も見ました。すごく圧倒されるような映像です。そこに粘菌が登場します。
粘菌は、土鬼の科学者がトルメキアを倒すために種菌を特殊培養した植物兵器として描かれている。空中戦艦の中で爆発的に成長した粘菌は、艦を覆い尽くし、地に降りて土鬼の領地を浸食し、猛毒の瘴気をまき散らし、あっという間に直径数キロもの姿に変貌する。王蟲と粘菌を菌床に広大な領土は腐海に没し、土鬼帝国は崩壊する。
いやあ、すごーい写真集ですよ。この世の中に、こんな色と形の生き物がいたなんて、驚きです。みなさんも、ぜひ一度、手にとって眺めてみてください。
2007年08月01日
生物と無生物のあいだ
著者:福岡伸一、出版社:講談社現代新書
ニューヨークにあるロックフェラー大学の図書館に野口英世のブロンズ像があるそうです。千円札の肖像画にもなっている立志伝中の人物です。ところが、アメリカでは野口英世はまったく評価されていないというのです。驚きました。
野口英世の業績としてあげられる梅毒、ポリオ、狂犬病そして黄熱病については、当時こそ賞賛を受けたが、今では間違ったものとして、まったく顧みられていない。野口英世は、むしろ、ヘビイ・ドリンカーそしてプレイボーイとして評判だった。権威あるパトロンが野口の背後にいたため、批判されなかっただけのこと。
うひゃー、そうだったんですかー・・・。ちっとも知りませんでした。道理で、最近の千円札が軽くフワフワと飛んでいって、すぐなくなってしまうんですね。
ウィルスは、栄養を摂取することがない。呼吸もしない。もちろん、二酸化炭素を出すことも老廃物を排泄することもない。つまり、一切の代謝を行っていない。ウィルスは結晶化することもできる。鉱物に似た、まぎれもない物質である。
しかし、ウィルスを単なる物質と一線を画しているのは、ウィルスが自らを増やせるということ。ウィルスは自己複製能力をもっている。ウィルスのこの能力は、タンパク質の甲殻の内部に鎮座する単一の分子に担保されている、核酸=DNAもしくはRNAによる。
ウィルスは、生物と無生物とのあいだをたゆたう何者かである。もし、生命を「自己を複製するもの」と定義するなら、ウィルスはまぎれもなく生命体である。
細胞からDNAを取り出すのは簡単なこと。細胞を包んでいる膜をアルカリ溶液で溶かし、上澄み液を中和して塩とアルコールを加えると、試験管内に白い糸状の物質が現れる。これがDNAだ。
しかし、DNAが運んでいるのは、あくまで情報であって、実際に作用をもたらすのはタンパク質。抗生物質を分解するのは酵素と呼ばれるタンパク質であり、病原性をもたらす毒素や感染に必要な分子も、みなタンパク質である。耐性菌から非耐性菌へ、あるいはS型菌からR型菌へ手渡されているDNAの上には、分解酵素や毒素タンパク質をつくり出すための設計図が書きこまれている。
DNAが相補的に対構造をとっていると、一方の文字列が決まれば、他方が一義的に決まる。あるいは、2本のDNA鎖のうちどちらかが部分的に失われても、他方をもとに修復することが可能となる。
DNAラセン構造を明らかにしたとされるワトソンとクリックについて、著者は重大な研究上のルール違反をしたと指摘しています。未発表データをふくむ報告書が実験を通じて重大な発見をしたロザリンド・フランクリン(女性)の知らないうちにライバル研究者の手にわたって、それが世紀の大発見につながったというのです。なるほど、それは問題でしょうね。ただし、フランクリンは、ノーベル賞授与のときには、既に亡くなっていました。
半年あるいは1年もたてば、分子のレベルでは、人間の身体はすっかり変わってしまっている。かつて身体の一部であった原子や分子は、すでに身体内部には存在しない。
私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から支えないと、出ていく分子との収支があわなくなる。
人間の身体は一体何から出来あがっているのか、ふと考えることがあります。電波なんか身体をすっと通り抜けていくのですからね。何の支障もなく、障害を与えることもなしに。これも、考えてみたら、不思議なことですよね。知的関心にこたえる本です。
2007年08月10日
ヤモリの指
著者:ピーター・フォーブズ、出版社:早川書房
自然界の生物が実はトンデモナイ能力をもっていて、それを人間が少しずつ模倣し、技術として生かそうとしていることが紹介されています。生き物って、ホント、超能力者の集まりなんですね。
クモの糸の強度は、軟鋼の半分。だが、鋼鉄の密度はクモの糸の8倍なので、単位重量あたりの負荷で考えると、クモの糸は、鋼鉄の6倍の強度をもっていることになる。それにクモの糸は、伸延性の点でも鋼鉄よりも優れていて、切れることなく30〜40%も伸びる。伸延性はナイロンに比べて2倍、ケブラーの8倍ある。そして、クモの糸の特殊性は、伸延性があると同時に強靱でもあるという点にある。輪ゴムはクモの糸よりもよく伸びるが、引張強度はとても低い。クモの糸は、並外れた伸延性と、高い引張強度をあわせもつ唯一の物質である。
一匹のクモは、最高7種類までの糸をつくることができる。
クモは、恐竜の登場する前から、4億年以上にわたって、この世に存在している。
ヤモリは、片方の手のひら一面にヤモリテープを付けるだけで、人間ひとりが天井からぶら下がることが可能になる。
ステルス攻撃機は、なぜ、敵から見つかりにくいのか?
ステルス攻撃機は、マイクロ波を反射しないようにしなければならない。そのため、ステルス攻撃機の形状には、曲線部分が一切ない。レーダーからのマイクロ波を反射してしまうような角度は、一時には、ごくわずかしか存在しない。レーダーに映ってしまうのは金属部分であるが、F117の反射性の機体表面は、たいがいの角度からレーダーにとらえられないようになっているうえに、ステルスの表面加工のおかげで、レーダーの発信信号のほとんどは金属部分に届かないようになっている。
なーるほど、そういうことだったのですか・・・。それなりに厚味のある機体がなぜレーダーに映らないのか、前から不思議に思っていましたが、ようやく謎が少し解けた思いです。
2007年09月07日
コウモリのふしぎ
著者:船越公威、出版社:技術評論社
ワルガキのころ、夕闇のなかでコウモリが飛びはじめると、物干竿をふりまわしてコウモリをたたき落として遊んだ覚えがあります。そのころは、家の近くにそれほどたくさんのコウモリが飛んでいました。いま、山の麓に近いわが家には夕方になってもコウモリの姿を見かけることはまずありません。いったいコウモリはどこへ消えてなくなったのでしょうか・・・。
この本には、たくさんの種類のコウモリの写真が紹介されています。コウモリの顔は見れば見るほど不細工で、グロテスクです。まさに魔界から地上へ派遣された使者という雰囲気です。そんなコウモリを真剣に研究する学者がいるなんて・・・。
でも、実は、コウモリが空中を飛ぶ秘訣を究明すると、人類にとっても大いに役立つことなのです。
コウモリは、哺乳類のなかで、唯ひとつ、飛翔に適応した。コウモリの種は1100種をこえる。哺乳類が5400種なので、その2割を占めている。ネズミ類の次に多い。
飛べない鳥がいるが、コウモリはすべての種に翼があり、飛翔できる。コウモリは南極と北極を除く世界中に広い分布している。
コウモリの70%は食虫性だが、植物を食べるもの、動物や魚を食べるものもいる。血液を食物とするチスイコウモリもいる。コウモリの顔は鼻と耳に特徴がある。
コウモリはメスの方がオスよりわずかに大きい。コウモリは自分の体重の10〜40%という重たい赤ん坊を出産する。
母親コウモリは、幼獣を母乳で育てる。コウモリは年に2回以上の出産が可能。
コウモリの寿命は、体サイズから推測されるよりも3倍も長生きする。その寿命は5〜15年ほど。30年以上も生きたコウモリ、41歳のコウモリもいる。
コウモリは、生物の老化の謎を解き明かすための鍵となる生物として注目されている。
コウモリの発声は110デシベル以上であり、電車のガード下の騒音よりも大きい。
コウモリは、一夫一婦、一妻多夫、一夫多妻、多夫多妻もある。
コウモリは、なぜ逆さまにぶら下がるのか。ぶら下がっていたら、すぐに飛びたつことができる。捕食者にも気づかれにくい。そして威嚇の効果もある。コウモリの祖先は、樹上生活のなかで、まず逆さにぶら下がることによって、前肢を四足移動から開放し、翼の機能を獲得した可能性がある。なーるほど、そうでしたか・・・。
ジャワに棲む世界最大のコウモリは、翼を広げると2メートル近い。コウモリは逆さまでも排泄することは可能。コウモリは糞尿の頻度が高い。
コウモリのことが初心者にもかなり詳しく分かりました。
(2007年7月刊。1580円+税)
キノコを育てるアリ
著者:高家博成、出版社:新日本出版社
葉を丸く切り、それを日傘のようにかかげて巣に運ぶアリの行列。この葉は、キノコを育てるための肥料として使われる。アリの巣のなかにはキノコを育てるための農園(菌園)がつくられている。
アリが育てている菌はアリタケというキノコ。アリタケはハキリアリの巣の中以外からは見つかっていない。アリはアリタケの胞子から大切な栄養分である糖分をもらっている。
このハキリアリは、中南米に200種ほど分布している。中南米で、ハキリアリは農作物に害を与えるということで、大変嫌われている。だから、日本にハキリアリを輸入するのには特別な許可がいる。多摩動物園は、しっかり管理できる部屋をつくって2002年10月に、ハキリアリを迎え入れ、展示している。
ハキリアリの働いている様子がたくさんの写真によって刻明に紹介されています。自分たちが生きるために農園を経営するアリがいるって、ホント、不思議ですよね。
ハキリアリが好む植物をテストしたところ、ソメイヨシノ、バラなどがありました。これは困りますね。
導入して3年たつと、数万匹にもふえた推測されています。これは本当に大変なことです。すごい、すごーいと、手放しで感心しているわけにはいかなくなります。
自然の不思議を写真で実感しました。
(2007年2月刊。1400円+税)
2007年10月05日
川の光
著者:松浦寿輝、出版社:中央公論新社
この本を読んでいるうちに、昔、子どもたちが小さかったころに読んだ覚えのある『冒険者たち。ガンバと十五ひきの仲間』(斎藤惇夫、岩波書店)を思い出しました。その本にはドブネズミのガンバを主人公とした勇気あふれる物語が描かれています。奥付を見ると、1982年11月の発刊ですから、今から25年も前の本でした。子どもたちと一緒になって夢中で読んだように記憶しているのですが、実は、読んだらサインをしたはずのサインがありませんでした。もう一度(?)、読んでみることにします。
この本も、幼い子どものころにかえったような気分でワクワクドキドキしながら読みすすめました。たまに児童文学を読むのも気分がリフレッシュし、気分が若返って、いいものですよ。昔々、司法試験の受験生だったころ、『天使で大地はいっぱいだ』という児童文学の本を読んで頭をスッキリさせたことを再び思い出しました。
この本は、なんと、読売新聞の夕刊に1年近く連載されたものを本として刊行したことを知って驚きました。私も高校生のころに、新聞の連載小説をよく読んでいました。源氏鶏太や獅子文六のサラリーマン向け小説を読んだ記憶があります。ちょっぴり大人向けの内容でしたので、少し背伸びした気分で読んでいました。
この本の主人公は、ドブネズミではなく、川辺の土手に穴を掘って生活するクマネズミです。ひとまわり体の大きいドブネズミも登場しますが、ドブネズミのほうは帝国をつくっていてクマネズミの侵入を決して許しません。町のなかを貫いて流れる川が暗渠化される工事が始まって、主人公のクマネズミ一家は出ていかなければなりません。ところが、クマネズミの敵は至るところにたくさんいます。地上にはイタチやネコ、そしてドブネズミがいます。空からはカラスやノスリなどにも狙われます。
窮地に立ったクマネズミ一家ですが、ゴールデンリトリバーの心優しい飼犬や古い洋館に老婆と住む猫に助けられます。そこらあたりが小説です。ほかにも、スズメの子どもを助けてやったため、それに恩義を感じた親スズメに何回も助けられたり、まさにクマネズミ一家の脱出行は波乱万丈です。
いやあ、いいですね。こんな話をたまに読むのもいいですよ。
本のオビに「空前の反響を呼んだ新聞連載」とあります。かなり誇張されているとは思いますが、なるほど読み手の心をうつ連載だったろうと思います。
日経新聞で連載していた渡辺淳一のセックス満載の小説(『愛の流刑地』。私は読んでいません)よりは、よほど健全だし、明日に生きる元気を与えてくれる本であることは間違いありません。
(2007年7月刊。1700円+税)
2007年10月26日
パンダ
著者:岩合光昭、出版社:新潮社
ウワー、パンダって、ホント、可愛い。世界の不思議のひとつですよね。
パンダは実によくヒトを見ている。誰もいないところでは、クマのような鋭い顔をしているのにヒトを見るなり、可愛いパンダに変身してしまう。パンダには、ヒトを惹きつける魔力がある。
現在、パンダは野生で生息しているのは、1000頭から1500頭。いつ絶滅してもおかしくない。いやあ、パンダを絶滅させてはいけません。
パンダの幼稚園の写真があります。10頭以上もの子どもパンダがブランコ周辺で固まって遊んでいる写真です。ぬいぐるみパンダより、もっともっと可愛いパンダたちです。
生まれてすぐのパンダの赤ちゃんは体重100グラムほど。丸裸で、ピンクの肌が見えています。
四川省にあるパンダ保護研究センターでは、パンダの繁殖に成功している。パンダの母と子の会話。子がクッワン、ミューミューと鳴くと、母はクゥーと一声鳴く。
パンダはヒトの声を鋭く聞き分ける。飼育係の声で全員集合。集合したら、食事の時間。たちまち30本のタケノコをたいらげる。大昔、タケを主に食べるようになって、パンダは生き残れた。
パンダの今後の生存は、人類の生存にもつながっていると考えるべきだと思います。日本も中国へ自動車を売りこむことばかり考えずに、生物保護のためにどうすべきか、両国は手をとりあって取り組むべきだと思いました。
(2007年7月刊。2200円+税)
2008年02月04日
したたかな生命
著者:北野宏明・竹内 薫、出版社:ダイヤモンド社
いやあ世の中には知らないことって、ホント、多いんですよね。知れば知るほど、世の中のことが少し分かってきたみたいで、胸がワクワクし、うれしくなってきます。この本も、なるほどなるほど、そうだったのかと、ついついたくさん赤エンピツでアンダーラインを引いて読みすすめました。おおいに知的刺激を受ける良質の本です。
はじめの書き出しは何やら難しいので、例によって飛ばし読みをしました。ロバストネスが出てくるあたりから、素人の私にもよく分かる話になって、俄然、面白くなります。
ロバストネス。耳慣れない言葉。頑健性と訳されることが多いが、あまり本質を表してはいない。いろいろな攪乱に対して、その機能を維持するシステムのこと。頑健という言葉から来る堅いイメージとは違い、よりしなやかで、ダイナミックなもの。逆に、ロバストネスがないと、簡単な攪乱で、すぐにシステムが機能不全に陥ってしまう。つまり、そのようなシステムは脆弱性をもつ。システムのノイズとか故障は、システム内部からくる内乱で、乱気流のようなものは外乱です。内乱と外乱をあわせて攪乱と呼ぶ。
ボーイング777(B777)の設計思想は、徹底した冗長性の導入にある。B777は、すべて電子制御で飛行機を制御するので、二重三重の冗長性という概念を導入している。たとえば、3台あるコンピューターは、別々の設計になっているし、CPUはモトローラ、インテル、デハイスと別々のメーカーのものをつかっている。2台のコンピューターは電子機器関係のスペースに設置されているが、3台目は貨物室の前方に設置されていて、火災や物理的な損害から全部がダメージを受けないようになっている。
このように同じような要素がたくさんあって、それがお互いにバックアップするというときには、「冗長性」という言葉が使われる。
ロバストネスとパフォーマンスは、トレードオフの関係にある。それを説明する一つの例が牛丼の吉野家。吉野家は、単品経営をしていた。吉野家はアメリカ産のショートプレートという種類の牛肉だけを輸入していた。だから、価格と味というパフォーマンスの点で、他の店は吉野家にかなわなかった。営業利益は15%だった。単品経営のリスクをとったからこそ可能だった。多角経営とか仕入れルートを分散していたら、価格や味は、吉野家のレベルには達しなかったはずだ。吉野家が他品目メニューでは、望むレベルの収益率には達せない。だから、いま吉野家は、他品目メニューを扱うMM店舗と、牛丼専門店の2系統の店舗展開をしている。ハイリスクでハイリターンの牛丼専門店とローリスクでミドルリターンのMM店舗である。
うむむ、なるほど、なーるほど、世の中って、そうなっているんですね・・・。よーく分かりました。それにしても、アメリカ産牛肉(ショートプレート)とオーストラリア産牛肉(オージービーフ)とで、同じ牛なのに何が違うんでしょうか。よく分かりません。
糖尿病のしくみやがんの仕組みについての解説も大変興味深いものがありますが、ここでは割愛します。関心のある方は、ぜひ本を読んでみてください。
人間の腸内細菌は、体の細胞の10倍あり、その重さは1.5キロもある。脳とほぼ同じ重さ。このバクテリア、フローラが存在しないと、腸管免疫は成立しない。バクテリア・フローラは、それ自体が人間の臓器だとも言われている。人間は、多くのバクテリアと相利共生しているため、多様な食物や病原体に対応できる能力を得ている。
バクテリア・フローラは、自己なのか自己じゃないのかと問うと、広い意味では自己と考えざるをえない。なぜなら、バクテリア・フローラのまったくいないときには、人間は消化活動がほとんどできないから。
いくつかのアミノ酸は、人間の体ではつくられないけれど、バクテリア・フローラがつくってくれるものを吸収している。免疫系も、バクテリア・フローラがないと形成されない。
世の中をまた違った視点で考え、みることができました。著者に対して心よりお礼を申し上げます。ありがとうございます。
(2007年11月刊。600円+税)
2008年05月12日
いつか僕もアリの巣に
著者:大河原恭祐、出版社:ポプラ社
アリは真社会性昆虫と呼ばれている。真社会性というのは、働きアリのように自分で子どもを生まないで仲間を助ける存在がいることが特徴。この働きアリのような存在を学術用語で「不妊カースト」と呼ぶ。女王アリのように集団の中で子どもを産む存在を学術的には「繁殖カースト」と呼ぶ。つまり、真社会性昆虫は、不妊カーストと繁殖カーストから成り立っている。
世界中にアリは1万種以上いる。日本には275種。ヨーロッパにはアリの種類が少ない。公園などによく見かけるクロヤマアリは、働きアリは8000〜1万6000匹。大きなコロニーでは、働きアリは100万匹単位となる。
世界でもっとも巨大なアリのコロニーは、意外にも日本にある。北海道石狩海岸にあるエゾアカヤマアリのコロニーは、巣が4万5000個、10キロにわたって延々と続いている。すべて一つのコロニーで、働きアリの数は少なく見積もっても数千万匹に及ぶ。
ひえーっ、驚きました。どうして、北海道の海岸に世界最大のアリのコロニーがあるのでしょうか・・・。
アリは、人間社会と違って年功序列ではない。人間では年齢とともに管理職などの優遇された役職になることが多いけれど、アリではまったく反対。羽化してまもない若い働きアリは巣内の内勤の仕事に従事し、年を取ったアリの方が危険な仕事をさせられるのは、コロニーを維持するため。
ふむふむ、なるほど、そういうことなんですか・・・。
アリは不眠不休で働いているように見えるが、実は、しっかり睡眠をとっている。アリのなかにも「怠け者」がいる。しかし、コロニーの働きアリを減らして、労働力不足の環境をつくると、怠け者だったアリも急に働き始める。
もっとも小さいアリは体長が1.5ミリ。もっとも大きいアリは、体長が3センチにもなる。
シロアリはゴキブリに近い。シロアリには女王アリと王アリがいて、おしどり夫婦だ。シロアリには、オスとメスの両方が混ざっている。アリの働きアリはメスだけ。
アリの体の表面には、多くの外分泌腺があり、さまざまな機能をもつ化学物質を分泌する。胸にある分泌腺からは抗菌物質を出し、巣の中に雑菌が沸かないように消毒している。アゴには、おおあご腺という分泌腺があり、ここから仲間に危険を知らせる警戒フェロモンを発する。
アリは、かなりの頻度で、巣を移動する。むしろ、固定的な立派な巣をつくるアリは全体からすると少数派だ。そもそもアリはハチから進化してきた。アリの多くはハチと同じで腹部に毒針をもっている。
うむむ、なーるほど、だからよくにているのですね。
アリは意外に食料として利用されている。オーストラリアのアボリジニは、ツムギアリを食料とする。
メスアリが女王になるか働きアリになるかは、実は成長する過程、つまり育ちで決まる。生まれながらの女王というのはいない。エサを多くもらってよく発育したメスの幼虫が女王に成長する。
アリたちが女王を決めるときにはルールにのっとった決闘をする。負けた側は、敗北の証として触角をうしろに曲げて頭を下げたり、地面に押さえつけられたりもして、ひれ伏して、じっとしている。
いやあ、なんだか、カッコよすぎるくらいにいさぎよい、ですね。
女王アリは、働きアリのために姉妹を産ませる存在で、コロニーの主人は、実は働きアリだ。コロニーの活動は、女王の命令によって行われるているのではなく、働きアリたちによるものである。アリの社会は、君主制よりもむしろ社会主義に近いようだ。
女王アリは昆虫のなかでもトップクラスの長寿で、平均でも10年で、20年以上も生きていた記録がある。女王アリが死ぬと、働きアリはオス卵を生産しはじめる。養育の限界が来るまでオスを生産し続け、交尾飛行に飛び立たせて、少しでも繁殖の成功を試みる。
アリの多様な生態が分かる楽しい本でした。
土曜日、小雨の降るなか日比谷公園を歩きました。園内の小さなレストランが2つとも貸し切りになって結婚披露パーティーがあっていました。みずみずしい新緑の息吹は心地よいものがあります。ミニ花壇に可愛いキンギョソウが並んで咲いていました。
(2008年2月刊。1400円+税)
2008年05月23日
ミクロにひそむ不思議
著者:牛木辰男、甲賀大輔、出版社:岩波ジュニア新書
いやあ、この世界は知れば知るほど、不思議と神秘にみちみちていますね。ミクロの世界が、これでもかこれでもかと次々に紹介されます。息を呑むような精巧かつ奇妙な構造にあふれているのです。ジュニア新書というのですから、一般には子ども向けのやさしい解説書のはずですが、おっとどっこい、大人の私たちにも大いに勉強になる写真集であり、これで800円、180頁ほどの新書版ですからたまりません。世の中の不思議を知りたい人に、一見、一読をおすすめします。
顕微鏡をつかった解剖学を顕微解剖学という。顕微鏡というのも、光学顕微鏡、透過型顕微鏡、走査型電子顕微鏡、走査型プローブ顕微鏡などいろいろある。
ミクロの世界なんて、さぞかし単純に出来ていると思われるだろうが、実はまったく逆で、そこには想像もできないような奇妙な構造があふれていて、しかも、そのどれもが精密きわまる構造をしている。
たとえば、花粉です。実にさまざまな大きさや形をしています。花粉症の原因ともなるわけですが、それは人間の身体が粘膜に接触した花粉を洗い流そうとするための反応。過敏で過剰な反応を引き起こすのが花粉症である。
実は、私も花粉症に悩まされている一人なのですが、塩水による鼻うがいを始めてから、すっかり症状が軽くなりました。薬を一切つかわずに、鼻うがいだけで対応しています。みなさんも一度試してみてください。
アリ、ハチ、ハエ、カの頭部が紹介されています。なんだか、みんなよく似ています。こんな小さな生き物たちが、本当に精巧な造形物であることを知って、やっぱり神様なんていないな、と無神論者である私は思いました。ミクロの世界でこんなに精巧な造形物をつくる必然性が、全能の神様にあるとはとても思えない、という意味です。宗教を信じる人は逆に思うのかもしれません。すみません。
さらに極めつきは、人体のミクロの世界です。人間の身体って、本当にかくも精巧な物体から成り立っているのかと感動を覚えます。よくも、こんな精密・精巧な仕掛けを、脳が間違わずに制御できるものだと不思議でなりません。
(2008年2月刊。780円+税)
2008年08月18日
クモの糸の秘密
著者:大?茂芳、出版社:岩波ジュニア新書
クモは4億年もの進化の歴史をもっている。うひょーっ、す、すごいですね。そのクモの糸の秘密が少し解き明かされています。
クモの糸を取り出す仕掛けが紹介されていますが、私には、出来そうにありません。
クモの糸をクモから取り出すには、訓練はもちろん、クモの習性を理解することが大切であるとともに、取り出す人の精神的な安定性が必要である。採糸者の心が落ち着いていないと、クモから糸はうまく取れない。うむむ、すごく難しいですよね、これって・・・。
著者はクモの糸を集めました。長さ100センチで、重さは0.9グラム。平均的なクモの糸は1本あたり直径が6ミクロン、密度が1平方センチあたり1.27グラム。だから、2万5000本のクモの糸を集めたことになる。すごーい。
クモを飼うにしても、毎日、霧吹きをして水分を与えてクモを弱らせないようにし、糸を取るときにも疲れさせない工夫が必要だ。クモを地面に落として衝撃を与えてはいけない。クモから連続的に糸を取ると、クモは当然に疲れてくる。扱い方がまずくてクモに嫌気を起こさせると、クモは糸を出すのに協力的でなくなる。
クモの糸は非常に細い。ジョロウグモの牽引糸では、3〜4ミクロンの直径。ノートの紙の厚さは50ミクロンなので、その10分の1以下である。
クモは落ちてもすぐには死なないが、落ちた衝撃でかなり弱ってしまう。クモに糸を出させるためには、クモを安心させる必要がある。人間は外敵ではないとクモに思わせる必要があるのだ。
クモの嫌いな採糸者には、クモに牽引糸を引き出させることは出来ない。時間に追われている人もダメ。心を落ち着けて、クモの心を知るように心がける必要がある。クモとの相性は大切だ。家庭の問題は引きずっているようなときもうまくいかない。
一日中がんばって採糸しても、1人あたり50ミリグラムも糸が取れたら最高だ。
クモから実際に糸を採ろうとすると、クモはしばしば糸を切るため、得られるのは、 30センチから50センチの長さの糸の集合体でしかない。このため、現実には、理論強度の何倍もの強度になるように糸を集めないと、糸は簡単に切れてしまう。糸束を少しねじるのも、そのための工夫の一つだ。
クモは世界中に4万種いる。日本には1200種。すべてのクモは糸を出す点で共通している。そして、クモの腹の中には、7個の絹糸腺がある。7種類の絹糸腺からは、それぞれアミノ酸組成の異なるたんぱく質が分泌され、それぞれの目的にあった機能を果たしている。
クモは昆虫ではない。昆虫の脚は6本なのに、クモの脚は8本だから。クモ類の祖先は水中で生活していた。クモは共食いするので、大量飼育はできない。
クモの糸は軽くて柔軟性があり、防水性もあって強いことから、繊維としてさまざまな用途が考えられる。たとえば、医学分野での手術用の縫合糸。防弾チョッキやパラシュート用のひも、など、
自分で集めたクモの糸をよって束にして、自分の体重を与えたという話には感動します。この本は決して子ども向きというものではありません。大人にとっても感動の本です。
(2008年5月刊。780円+税)
2008年10月18日
細胞の意思
著者:団 まりな、 発行:NHKブックス
生命の神秘に迫る本です。私は神様の存在を信じていませんが、いったい何も考えているはずのない(?)細胞がどうして自主的に合理的な行動をするのか、不思議でなりません。それは神様が導いているのだと○○教信者なら言うのでしょうが、「神様の意思」がどうやってこのミクロの世界で細部にわたって反映されているのというのか、そこでまた謎が生まれます。
細胞は直径10ミクロン(1ミリの100分の1)ほどしかないので、顕微鏡を使わないと見えない。だが、肉眼で見える細胞もある。たとえば、鶏の卵の黄身、イクラやスジコ、数の子やウニ。これらはすべて卵(ラン)である。
今は細胞内にあるミトコンドリアは、昔、独立のバクテリアだった。バクテリアのなかのあるものが大昔に、太陽の光からエネルギーを取り出すという特殊な能力を持つタンパク質を持った。そして、このエネルギーを利用して空気中にふんだんにある炭酸ガスから有機物を作るようになった。これが光合成細菌(シアノバクテリア)の出現である。
いま、人間にとって必須不可欠の酸素は、この頃のバクテリアにとっては猛毒でしかなかった。この猛毒から身を守るため、あるバクテリアは地中深くに潜り込み、別のバクテリアは何匹か融合して身体を大きくし、DNAを細胞膜に付着させたまま体内に取り込んだ。これがミトコンドリアの祖先である。ミトコンドリアの祖先は、酸素を利用してブドウ糖から効率よくエネルギーを取り出す代謝経路を作り出すことに成功した。毒を薬に変えてしまったのである。ミトコンドリアを包む二重の膜が二枚とも完全に閉じているのは、ミトコンドリアがもともと「よそもの」だったからである。
たとえば、自分が当面目指していることが成し遂げられないと悟った細胞は、しかるべき方法で自分の身体を退縮させ、「私を食べてください」という掃除屋細胞にあてた信号を細胞表面に出し、迷い込んだその場から潔く身を引いていく。
受精卵が透明帯をかぶっているのは、一個の細胞としては身体が大き過ぎて、こうでもしておかないと、ちょっとした衝撃で破裂してしまう危険性が高いから。ちなみに受精卵は、普通の細胞に比べて2000倍もの体重を持っている。
そして、1日に1回の分裂を繰り返し、3日目には8細胞となる。
このように、細胞は単なる入れ物ではなく、原始のように小さく規則的なものでもなく、フツーの人間と同じように様々な状況を把握し、あの手この手で切り抜けていく生活者である。
うむむ、細胞とは、生きた生活者というわけなんですか……!?
庭の片隅にハゼの木があります。私が植えたのではなく、いつのまにか育って大きくなりました。細かった幹も、今ではずいぶんと太くなり、その時期になると毎年、見事に紅葉します。今がちょうどそのときです。
実は、何の木か分からなかったのですが、近所の人にハゼの木だと教えてもらいました。
私は小学生の頃、ハゼの木を手に持ってチャンバラごっこをして、その汁にかぶれて顔一面が腫れあがり、お岩さんのようなかさぶたができて一週間学校を休んだことがあります。大きくなりすぎて屋根の雨樋かかるので、切らなくてはいけないのですが、またかぶれてしまわないか心配しています。
(2008年7月刊。970円+税)

