生き物
2006年12月28日
マーリー
著者:ジョン・グローガン、出版社:早川書房
アメリカで200万部をこえる大ベストセラーになった本だそうです。世界一おバカな犬が教えてくれたこと、というサブタイトルがついていますが、愛犬は人生の伴侶だということがしみじみ実によく分かる面白い本です。
マーリーはラブラドール・レトリバーです。ところが、実は2系統あるのだそうです。イングリッシュ系は体が小さくてずんぐりしていて、角張った頭とおとなしく落ち着いた性格ドッグショーに向いている。もう一つのアメリカン系は、見るからに大きく、たくましく、流線型の体型をしている。エネルギーにあふれて疲れ知らず、気性が悪く、ハンティングや競技向けの犬。野山で真価を発揮するアメリカン系ラブラドール・レトリバーを家庭でペットとして飼うと、大変なことになる。そうです、マーリーは、まさにアメリカン系の犬だったのです。その破天荒なやんちゃぶりが、これでもか、これでもかと紹介されています。それでも、老衰するまで著者はつきあいました。
著者の妻が死産して悲しんでいるとき、マーリーは静かに寄り添い、全身で妻を慰めた。待望の赤ん坊が生まれたとき、マーリーは大切に扱い、決して赤ん坊を危ない目にあわせることはなかった。そんなエピソードがいくつも紹介されています。犬は人の心が分かるのですよね。
老犬は人間にいろいろのことを教えてくれる。いつしか時が流れて、身体のあちこちが傷んでくるにつれ、生命には限りがあって、それはどうしようもないことだと。
マーリーは次第に老いて、耳が遠くなり、身体にがたがきた。老いは生きとし生けるものすべてに忍び寄ってくるけれど、犬の場合には、その足取りが驚くほど急だ。12年間というあいだに、元気な仔犬だったマーリーは、手に負えない若者になり、そして筋骨たくましい成犬から、足腰が弱った老犬へと変化した。
マーリーは、人生において本当に大切なのは何なのかを、身をもって人間に示してくれた。忠誠心、勇気、献身的愛情、純粋さ、喜び。
そして、マーリーは、大切でないものも示してくれた。犬は高級車も大邸宅もブランド服も必要としない。ステータスシンボルなど、無用だ。びしょぬれの棒切れ一本あれば、それで幸福だ。犬は、肌の色や宗教や階級ではなく、中身で相手を判断する。金持ちか貧乏か、学歴があるかないか、賢いか愚かか、そんなことはちっとも気にしない。こちらが心を開けば、向こうも心を開いてくれる。それは簡単なことなのに、にもかかわらず、人間は犬よりもはるかに賢く高等な生き物のはずでありながら、本当に大切なものとそうでないものとをうまく区別できないでいる。
人間は、ときとして、息が臭くて素行は不良だが、心は純粋な犬の助けが必要なのだ。
著者がマーリーの死を悼むコラムを新聞に書いたところ、読者からなんと800通ものメールが来たそうです。心の優しい動物好きはアメリカにも多いのですよね。
わが家でも、子どもたちが小さい頃に犬を飼っていました。小型の芝犬です。メス犬でしたが、息子がマックスと名付けました。子どもたちと犬を連れて散歩するのが、私の大いなる楽しみでした。世界一のバカ犬とは決して言いませんが、飼主に似たのか、間抜けな犬でした。庭にクサリでつないでいると、同じところをぐるぐるまわっているうちにクサリがからまって身動きとれなくなるのです。それでもバカな犬ほど可愛いというように大切にしたつもりでしたが、ジステンバーにやられて早死にさせてしまいました。マックスが死んでもう何年もたちますが、動物霊園に遺骨をおさめていますので、年に一回は今もお参りしています。
犬は人間の古き良き伴侶なんだとつくづく思います。
2007年01月19日
葉の上の昆虫記
著者:中谷憲一、出版社:トンボ出版
葉っぱの上に昆虫がとまっています。蜜を吸っているのでしょうか・・・。
モンシロチョウのメスが交尾を拒否する姿勢を見せています。チョウチョもオスを選ぶのです。オスも、さっとあきらめたり、なかなかあきらめきれずに、その辺をウロウロしたりします。まるで人間のオスと同じです。
アリとアブラムシ。アブラムシは植物の篩管を流れる糖分の多い栄養液を吸っている。ところが、アブラムシはその栄養液の一部しか吸収せず、たっぷり糖分を含んだ甘い液を、お尻から出してしまう。この甘露をなめようと、たくさんの昆虫が集まる。チョウやハナアブ、アシナガバチなどがやってくる。
ほかの昆虫とちがって、アリとアブラムシは特別な関係にある。アリはアブラムシのお尻から、直接、この甘露をもらう。アリが触角でアブラムシのおなかを叩くと、アブラムシは甘い液を出す。アブラムシがアリを特別扱いするかわりに、アリはアブラムシを保護する。テントウムシなどがアブラムシを食べようと近づいてくると、アリはテントウムシを攻撃して追い払ってくれる。いってみれば、アブラムシが出す甘い液は、警備員として働いてくれるアリへの報酬なのだ。
アリはハチの一種。翅がないだけで、からだつきはハチそのもの。その生態もハチそのもの。アリとシロアリは、昆虫という大きなグループの一員ではあるが、昆虫のなかのグループ分けでは、なかり違う。
擬態。毒ともつ生き物のまねをして、毒があるように見せかける。簡単に毒をもつことができるのなら、毒をもって身を守ればいい。しかし、毒をもつのは実際には大変なこと。だから、見かけだけ毒のある生き物に見せかけるほうが簡単で、てっとりばやい。
昆虫のいろんな生態がよくも微細に写真で紹介されています。昆虫好きの人には、絶対おすすめの写真集です。
2007年04月06日
パンダの育児日記
著者:中国パンダ保護研究センター、出版社:二見書房
子どもパンダが、あっちゴロゴロこっちゴロゴロ。ウヒャー、可愛い。パンダって、こんなに愛らしかったんだー・・・。パンダ好きのあなたに必見の写真集です。安い値段(1400円)で、至福のひとときをあなたは手にすることができます。まさに、パンダは地球自然の至宝の一つです。
パンダの初乳は緑色。免疫力があって、栄養もたっぷり。初日から4日間は黄緑色で、5〜9日間は薄い緑色。10〜11日にクリーム色となり、12日から乳白色となる。それでも笹を食べるから緑色になるということでもない。これもパンダの神秘の一つ。
一時期、中国のパンダは1000頭にまで減ってしまったけど、今は1600頭に回復した。それでも絶滅の危機にある。
パンダの飼育は試行錯誤を経て、今では、なんと100%の成功率。しかも2005年には16匹のパンダの赤ちゃんが誕生して、全部、無事に育っている。ワー、良かったー・・・。2007年には、さらに17匹の赤ちゃんが誕生。飼育員にだっこされて勢ぞろいしている姿の可愛らしいことったら、ありません。パンダ幼稚園があり、盛大な入園式まであるんです。すごいですね。現地に行って本物を見てみたいですね。
ところで、日本書紀には、唐の女帝・則天武后が685年に生きた雌雄の白熊(ペアのパンダ)を日本の天武天皇に贈呈したと書いてあるそうです。ちっとも知りませんでした。本当でしょうか。
ちなみに、今、日本では、和歌山のアドベンチャーワールドにパンダが8頭もいるそうです。ぜひ見に行かなくっちゃ。あと、上野動物園に1頭、神戸の王子動物園に2頭。合計11頭のパンダが日本にいる。
パンダの妊娠期間は平均5ヶ月。出産は夏の7月から9月にかけて。生まれた赤ちゃんは100〜200グラム。肌は全身ピンク色で、白い体毛におおわれている。口を開けて鳴き声は大きいが、臭覚もなく、目も見えない。
1ヶ月たつと白黒の模様がはっきりしてくる。2ヶ月たって、やっと目が見えるようになる。前足で上半身を支えることができるようになり、遊びはじめる。
パンダは人間の子と同じように、とても繊細な感情をもっている。人によくなついてじゃれるし、すきを狙って報復したりする。
細やかな感情を表すように、パンダの鳴き声は11種類もある。羊の声、鳥の声、犬の声、牛の声、泣き声、叫び声、呻き声、舌打ち、呼吸の音、鼻を鳴らす音そして吠え声。
パンダは大人になるまで木登りが大好き。幹に抱きついて、枝を上手にお尻にはさんで、じっとしている。お昼寝タイム・・・。
ひゃー、えかった、えかった。かわゆーい、パンダのオンパレード。たんのう、たんのう。
2007年04月13日
擬態、だましあいの進化論(2)
著者:上田恵介、出版社:築地書館
魚類に限らず一般に、体の大きな雄は小さな雄よりも競争に強く、より繁殖場所を占有したり、多くの雌を独占したりして高い繁殖成功を得ることができる。では、小さな雄は繁殖から締め出されているのかというと、必ずしもそうではない。小さな雄は小さいなりに、さまざまな手段を駆使して繁殖成功を上げようとしている。その手段のひとつが雌への擬態である。なわばりをつくらずに雌に擬態している雄は、なわばり雄よりも小さく、年齢も若い。このような雄は体色などが雌にとても似ているので、なわばり雄からさかんに求愛を受ける。ときには誘われるまま巣の中に入って、なわばり雄と産卵行動にいたってしまう。そのとき、雌擬態している雄は、もちろん卵を産むわけはなく、あくまで産卵しているふりをしているだけ。そして、本物の雌が巣にやってきて産卵しはじめると、そこへ割り込んで精子を放出し、本物の雌が生んだ卵に授精する。産卵後、雌擬態している雄は雌とともになわばりから去っていき、残された卵は、なわばり雄が面倒をみる。つまり、雌擬態している雄は、なわばり雄に対して、巣の維持や雌の勧誘などの面で寄生しているだけでなく、子の保護まで寄生している。
小さなオスの魚がメスのふりして、大きなオスの魚をだましてちゃっかり自分の子孫を増やすのに成功してるなんて、面白いですよね。
ランの花、オフリスは、ハチをだまして誘いこみ、受粉の手伝いをさせている。
オフリスの賢いところは、まだ本物の雌バチが発生する前に花をつけて雄バチを誘うこと、偽交尾はさせるものの、本当の交尾(射精)まではさせないこと。 したがって、ハチは性的興奮状態を保ちながら、次なる花を求め、次々に他花受粉させていく。
うーん、植物の花がハチをだますなんて・・・。
チャバラニワシドリの鳴き声を聞いてみよう。建築現場からの実況中継だ。ベルトコンベアーか何かの機械がまわり、ガラゴロと建材が運びこまれ、何かが組みたてられているような音や、現場で働く大工たちの話し声や合図のような音まで聞こえてくる。まるでトランジスターラジオが勝手に鳴りだしたかのようだ。
カッコウのヒナも同じようなだましの音をたてている。
カッコウのヒナは、ヨシキリのヒナと同じ「シッ」というねだり声を出すが、鳴き方はまばらに繰り返すのではなく、「シシシシシ・・・」と詰めて、まるでたくさんのヒナがいるかのように鳴く。つまり、カッコウのヒナは、たった一羽でも十分に食べて成長できるように、そのねだり声をヨシキリ一巣分のねだり声に擬態させる仕組みを生み出し、宿主の行動を操っている。これは前提として、カッコウのヒナが、ヨシキリのヒナを巣から全部け落としてしまい、巣の中は自分一人だけで占有しているということがあります。あつかましくも、ヨシキリの親をだまし続けるわけです。
残念なことに、私はまだこれらの小鳥の鳴き声を聞いたことがありません。ぜひ一度聞いてみたいものです。それにしても、これって、大自然の神秘そのものですよね。
2007年05月11日
野生のカメラ
著者:吉野 信、出版社:光人社
オビに動物写真家の世界冒険撮影記と書かれていますが、まさに納得のキャッチ・コピーです。すごい迫力の動物写真のオンパレードです。これで1900円とは、実に安い。
クマが出没する地域でキャンプするときには、食料は車の中か、特別にもうけられた食料貯蔵庫に入れておかねばならない。そんな規則は分かっていたはずなのに、友との久しぶりの再会を祝って、夜遅くまで語りあってマグカップを机の上に置いたままテントに入りこんで寝てしまった。そこへ夜中、グリズリーが登場した。危機一髪。その友というのは、1996年にシベリアでヒグマに襲われて亡くなった星野道夫氏のこと。いやあ、いつも危険と隣りあわせだったんですね。
トラの写真をとりに行ったとき、一番近づいたのはわずか3メートル。このとき、著者はゾウに乗っていました。オープンのサファリカーに乗ったときには5〜6メートル。いずれも襲われる心配はしなかったということです。トラがジープのすぐ横を通り過ぎながら、軽く口を開けて、「やあ」といわんばかりの顔で著者に挨拶していったこともあるそうです。えーっ、そうなんですかー・・・。でも、やっぱりトラって怖いですよね。
この本には、ジープの屋根の上にチーターが乗っかっていて、著者がその脇に頭を出している写真までもあります。こうなると、何メートルどころではありません。何センチという近接した距離です。チーターがひょいと爪を立てたら一生の終わりです。
ネコ科の動物は基本的に水を嫌う性質があるが、トラは例外で、暑い夏の日などには好んで水に入る。なるほど、それででしょう。インドでベンガルタイガーが水浴びしている瞬間をとらえた迫力満点の写真もあります。
アフリカでもっとも恐ろしい動物は、なんとアフリカスイギュウだというのです。驚きました。ライオンやトラ、そしてワニではないんです。ホントなのかなあ、思わずつぶやいてしまいました。
好きなことをやっていて本人はとても幸せだと思うのですが、臆病な私なんかにはとても真似できない話のオンパレードです。でも、このような冒険写真家がいてくれるおかげで、野生動物の生態が茶の間で居ながらにして楽しめるのですから、感謝、感謝。大いに感謝しています。
2007年05月18日
タヌキのひとり
著者:竹田津 実、出版社:新潮社
面白く、やがて悲しき物語です。森の獣医さんの診療所便りというサブ・タイトルがついています。すさまじいまでの苦労話を読むと、野生動物とつきあうのがいかに大変なことか、ノミに喰われたかゆみ・痛さとともに伝わってきます。でも、写真だけを眺めていると、カッワユーイと、つい叫んでしまいそうです。
森に帰らなかった一人っ子タヌキの「ひとり」。子どもを連れて里帰りしたキタキツネの娘、集団入院したモモンガ、溺れたカモ・・・。いろんな森の動物たちが登場します。
今日も森の診療所は大忙し!
これはオビの文句です。しかも、まだまだ登場するんです。ノネズミは愛娘の布団のなかで圧死してしまいました。キツツキは朝5時なると診療所の窓ガラスを叩きます。エサくれ、とねだっているのです。野ネコ(野良猫とは違います)は、キタキツネとナワバリをめぐって熾烈な戦いをくり広げます。
獣医師は、助けた患者から感謝されることのない職業。それどころか、助けた患者からありがたいお礼参りで、何度も痛い目にあわされる。ひゃあーっ、損な役回りなんですね。でも、それを承知でこの仕事を続けているのですから、ホント、偉いものです。森の中にリハビリセンター小屋まで建てたというわけで、すごいすごい。
モモンガは空を飛ぶ。でもその前に、人間はモモンガのノミにやられてしまう。痒さとしつこさはたまらない。読むだけで背筋がゾクゾクしてきました。お風呂に入ると、身体のビミョーな部分ほどたまらなくかきむしってしまうというのですから、おっとっと、近寄りたくありません。それでも、飛べないモモンガをリンゴでつって飛行訓練させているところの写真なんか、つい痒みを忘れて私もしてみたくなります。
カモのヒナが水に溺れて、本当に死んでしまった。実はカモは水に浮かない。浮くには条件がある。カモのヒナが水に浮くのは、ひとつは体を覆う綿毛といわれる羽毛が静電気を帯びていること、もうひとつは羽毛に油脂がぬられていて、それが水をはじき、結果として水面に浮く。さらに、カモのヒナは親鳥の翼の中に出入りをくり返す。このふれあい、こすりあいの摩擦によって静電気が生じる。では、親鳥がいなかったらどうするか。絹製の風呂敷のなかにカモのヒナを入れて、上下・左右にふりまわす。油脂を体中にぬりこむ作業のほうは、お手本もなく大変だった。それでも、ちゃんと空を飛べるようになって仲間と一緒に渡り鳥になっていくのです。
うーん、素晴らしい写真ばかりで、たんのうしました。
2007年09月03日
有機化学美術館へようこそ
著者:佐藤健太郎、出版社:技術評論社
直径わずか100億分の7メートルのフラーレンのなかに物を詰めるというのです。まったく想像を絶する世界です。
もっとも辛い化合物カプサイシンは、1600万分の1の濃度で辛味を感じる。もっとも甘い化合物ラグドゥネームは、砂糖の22〜30万倍も甘い。もっとも苦い化合物である安息香酸デナトニウムは1億分の1の濃度で苦味を感じる。もっとも生産量の多いアスピリン(消炎鎮痛剤)は年間に1000億錠もつくられる。世界で売上げの一番多い薬であるリピトール(高脂血症治療薬)は、年間に1兆3000億円の売上げがある。
私は高校3年生まで理科系の進学クラスにいました。結局は、数学が自分にできないことを悟って、文化系に転向したのですが、物理も化学も好きで、得意な科目ではありました。でも、今では、理科系にすすまなくて、本当に良かったと思います。物理や化学が好きだといっても、とてもそちらの方面で研究を続けられたはずはないと確信するからです。それでも、この本が紹介するような化学の話には依然として興味・関心があります。十分に理解できなくても、見ているだけで楽しいのです。
この本には多面体分子の美しい姿がたくさん紹介されています。まさしく自然の不思議とも言うべき美しい姿をしています。
亀の甲、つまり六角形のベンゼン環が基本になっています。
有機化学の研究室は、実際にはかなりの修羅場である。きつい、汚い、危険、厳しい、苦しい、臭い、悲しい、体に悪い、給料がない、教授が恐い、彼女ができない。8Kも 10Kもありうるところ。
エステルやアルコールをふくむこのは、一般的に比較的よい香りがする。カルボン酸やアミン(窒素化合物)、硫黄化合物などは、たいてい耐え難い悪臭がする。
カルボン酸のにおいは、動物的なにおがする。ヨーロッパのチーズに臭いものがあるが、それはカルボン酸や酪酸による。銀杏のにおいも、ヘキサン酸やヘプタン酸が主成分。
精液のにおいは、アミンの分解物のにおである。
鋼鉄の数十倍の強さをもち、いくら曲げても折れないほどしなやかで、薬品や高熱にも耐え、銀よりも電気を、ダイヤモンドよりも熱をよく伝える。コンピューターを今より数百倍も高性能にし、エネルギー問題を解決する可能性を秘めている。それが、カーボンナノチューブである。
ナノチューブの太さは、その名のとおりナノメートル(10億分の1メートル)のオーダーで、長さは、その数千倍にもなる。半導体のナノチューブは、コンピューターの素子として大きな可能性が考えられる。たとえば、一般的な銅線では、1平方メートルあたり 100万アンペアの電流を流すと焼き切れるが、安定かつ丈夫なナノチューブは10億アンペアを流すことができる。
また、ナノチューブは、とてつもなく丈夫な素材なので、これを編みこめたら、素晴らしく頑丈な繊維ができあがるはず。欠陥のないナノチューブだけでロープをつくることができたとしたら、直径1センチのロープが1200トンを吊り上げることができる計算になる。
化学のことがよく理解できなくても(私のことです)、分子の世界の造形の美しさだけは、よく伝わってくる本でした。
わが家の近くの田圃の稲に、やがて米粒となる稲穂がつきはじめました。稲の花は白くて地味ですので、緑々した稲に見とれていると、ついうっかり見過ごしてしまいます。稲刈りまで、あと1ヶ月あまりとなりました。早いものです。今年も秋となり、4ヶ月しかないのです。暑い暑いと言っているうちに、やがて師走を迎えるようになるのですからね・・・。還暦を迎える年が近づいてくると、一日一日がとても大切に思えてきます。
(2007年6月刊。1580円+税)
2007年11月19日
森の「いろいろ事情がありまして」
著者:ピッキオ・石塚徹、出版社:信濃毎日新聞社
カラー写真を眺めているだけでも楽しい本です。長野の森に生きる大小さまざまな動植物が生き生きと紹介されています。
軽井沢に野鳥の森があり、クマが町中にも出没していることを知りました。小鳥たちのたくさん棲む森なのですが、かつては、今の何十倍もの小鳥たちがいたというのです。人間の乱開発は小鳥たちの棲み家を奪っているわけです。
春夏秋冬の四季に分けて、長野の森とそこに躍動する生き物の姿が描かれています。早春に咲くアズマイチゲの白い花は、地上に芽を出してから花が咲くまで、わずか3日、その後10日間咲いて、実をつけた半月後には葉も枯れはじめ、芽を出して1ヶ月半後には地上から姿を消す。1年間も姿をあらわさず、その間に葉はあわただしく光合成して、その養分を地下にたくわえる。これを毎年くり返し、10年目にしてようやく花をつけるという。つまり多年草なのです。
スミレは、種をたくさん詰めこんだ袋をはじけさせて遠くへ子どもたちを飛ばす。このほか、アリに食べてもらって、遠くへ運んでもらう。こうやって、遠くへ遠くへ子孫を残していく。
軽井沢の町周辺に出没するツキノワグマの生態も明らかにされています。電波発信器をつけて探ったのです。それによると、オスとメスとでは、断然、行動範囲が違います。メスは東西5キロ、南北4キロとか、東西2キロ、南北2キロという狭い範囲でしか行動していない。オスは、東西15キロ、南北10キロ、また東西15キロ、南北8キロという広さで行動していた。
軽井沢の町はクマの行動圏内なのですね。
ニホンザルも軽井沢の町周辺に2群いるそうです。同じようにサルにも電波発信器をつけて調べました。
ミソサザイという小鳥の調査も面白いですよ。大きな鏡を彼のナワバリのなかにすえつけ、テープレコーダーで仲間の声を流したのです。すると、すぐに飛んできてさえずりして応戦します。鏡にうつった自分の姿を見て、反応しました。くるっ、くるっとその場で一周ずつ回転しては、翼をぱっぱっと半開きしたり閉じたり、鏡の中のライバルに自分の姿を見せつけ、回転ダンスの儀式で決着をつけようとした。ミソサザイは尾を立てて歌い、それを回す動作は模様のコントラストを誇示し、それで相手をひるませたり、メスに選ばれたりする効果があるのだ。その写真を見ると、なるほどね、と思います。鏡にうつった自分の姿に真剣に対抗しようとする姿には笑ってしまいます。
秋になってヒタキの声がします。ジョウビタキと思うのですが、残念なことに、まだ姿を見ていません。いつも秋から冬にやって来る、お腹ぷっくりの可愛らしい姿を早く拝みたいものです。
(2007年7月刊。1600円プラス税)
2007年12月07日
昆虫がヒトと救う
著者:赤池 学、出版社:宝島社新書
ひゃあ、そうだったのか、知らなかったー・・・。つい、そんな叫びをあげてしまいました。
ウジ虫が劣悪な衛生環境の中で生きていけるのはなぜなのか?
こんな発想をもったことがありませんでした。ウジ虫は自分のもっている自然免疫を活性化させているから、ひどい環境のなかでも成長できる。その抗菌力はザルコトキシンによる。これは小型タンパク質の一種、ペプチドである。
その殺菌力は協力で、1ミリリットルの体液中、1ミリグラムの1万分の1というわずかな量さえあれば、細菌類を殺すことができる。それでいて、動物の培養細胞には何の悪影響も及ぼさない。つまり、悪い菌だけ殺して必要な細胞は殺さない。
そして、このザルコトキシンは、一度つくられて永久に体内に存在するわけではなく、体が傷つくたびに生成される。この物質から、人間のある種のガンにピンポイントで効果をあらわすものが発見された。うむむ、なんと、なんと、すごい発見です。
次はシルク。シルクはタンパク質で、糸はタンパク質同士が水素結合でくっついてできた集合体。シルクは昆虫の体内にあるときには液体なのに、外に吐き出されたとき一気に美しい糸になる。糸は直径10ミクロンで、長さは1500メートルもつながっている。
このシルクには、カビにくいし、質感を変えておいしくする作用がある。カビの発生を遅くし、味が滑らかになる。ふーん、シルクって光沢があるだけではないのですか・・・。
スズメバチに刺されて死ぬ人が毎年25人ほどいる。それほど猛毒をもつ昆虫である。このスズメバチは巣がないと2〜3日しか生きられない。なぜか?スズメバチは虫などを食べる肉食昆虫なのに、自分で捕ったエサ(肉ダンゴ)を食べることができない。というのは、スズメバチの胸と腹をつなぐ胴がものすごくくびれているため、液体しか通らない。これは、どの方向、どの位置にいる敵に対しても毒針を刺せるよう、自由自在に腹を動かせるためのもの。ところが、その結果、スズメバチは液体流動食しかとれない身体になってしまった。では、そのエサはどうやってとるのか。なんと、幼虫からもらうのです。幼虫は親のスズメバチからもらった肉団子を食べて、大量のアミノ酸ドリンクをつくり、それを親に与える。だから、幼虫がいないと、親は栄養をとることができない。スズメバチの親子は、栄養の交換を通じて、固い絆で結ばれている。
うむむ、これはすごーい。そして、このアミノ酸ドリンクが、スズメバチの高い運動能力をもたらしていたのです。そこに気がつき、着目した学者は偉いですよね。このアミノ酸ドリンクは、ふだん燃えにくい脂肪を燃やして、エネルギーにして運動しているのです。そして、これは運動しなくても脂肪が燃えるということから、運動なしでやせられる夢のダイエット飲料として着目されました。これが有森裕子と高橋尚子が宣伝するVAAMなのです。
いやあ、驚きました。ちっぽけな昆虫たちが、たまに人間を殺してしまったり、嫌われもののウジ虫が実は人間のためにすごく役立つ存在でもあったなんて・・・。ホント、世の中は不思議なことだらけです。
(2007年10月刊。700円+税)
2008年01月25日
進化で読み解くふしぎな生き物
著者:北海道大学サイエンスライターズ、出版社:技術評論社
地球上には、さまざまな変な色と形をした生き物がうごめいています。この本は、写真と絵で、それを具体的に紹介してくれます。でもでも、もっとも不思議な生き物って、やっぱりヒト、そう人間ですよね。必要もないのに殺しあったりして、多くの人を無意味に殺した人間が英雄になったりして、ですね。まったく合理的な存在ではありません。どうして、ヒトはこうなったんでしょうね。それはともかく、変な生き物のいくつかを紹介することにしましょう。
コウモリは、かつて自分が困っていたときに食物である血を分けてくれた個体に、自分が吸ってきた血を与える傾向がある。コウモリは飢え死にしそうな個体のうち、どのコウモリに血をあげて、どのコウモリを見殺しにするか、きちんと考えている。
アデリーペンギンは、巣づくりの石が足りなくなると、メスは、他のつがいのオスか独身のオスの巣に行き、交尾をするのと交換条件で石をもらう。石を手に入れたメスは自分の巣に戻り、その石をつかって巣をつくり、つがいのオスと仲良く子育てする。
アリはハチの仲間であり、シロアリはゴキブリの仲間である。つまり、アリとシロアリは、全く分類上は異なっている。
ジュウシマツは江戸時代初期にインドから輸入されたスズメの仲間コシジロキンパラを祖先とする。オスのジュウシマツはカゴの中に好みのメスを見つけると、自慢の鳴き声をきかせる。その歌は文法をもっていて、それが複雑であるほどメスは強く反応する。オスは頭をつかって、なるべく良い歌をうたってメスの注意をひいて、口説き落とそうと努力するのである。ペット化されてわずか200年のあいだに、この技を身につけた。
タマシギは一妻多夫で、メスがオスに求愛し、オスが抱卵、子育てする。メスは一腹分の産卵を終えると、オスに卵を残して移動していき、新しいオスと次々につがって産卵する。オスが子育てをする鳥では、オスがメスを選ぶ傾向にあるため、メスがきれいな羽色を発達させ、一妻多夫となる。
寄生虫のサナダムシは、卵を2年間、休みなしに毎日うみ続ける。1日に20万個〜 100万個にものぼる。2年間の一生のうちに1億4600万個もうむ。ところが、1億個以上うんでも、終宿主にたどり着けるのは1匹程度。それでも、ヒトの小腸に入ると、1日に5〜20センチの割合で成長し、2週間で成虫になる。このとき、5〜10メートルになる。1ヶ月後から卵をうみはじめる。
ホヤは、体液中に硫酸をもっている。ペーハー2以下というので、たいしたもの。それで捕食者から身を守っている。ところが、人間はそのホヤを美味しい珍味として食べるのですね。私も仙台に行ったとき何度か食べてみました。それほど美味しいとは思えませんでした。たしかに珍味ではありましたが・・・。
(2007年5月刊。1580円+税)
2008年04月25日
先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます
著者:小林朋道、出版社:築地書館
鳥取環境大学は5年前につくられた。学生数1200人。人と社会と自然の共生をめざす人材の育成が目標だ。そんな大学で学生を教えている著者による、大学周辺の環境と身近な動物たちとの楽しい格闘記です。豊かな自然に囲まれて、人間が自然の体系と調和しながら生きていくことの大切さを実感させてくれる素敵な大学だと思いました。
タイトルは、大学の廊下をオヒキコウモリという珍しいコウモリが飛んでいるのを学生が発見したことによります。その事件で目覚めた著者は、近くの洞穴でキクガシラコウモリにも出会うことができました。
自然界で、ある出来事が起こると、その出来事に関連した事象に対する脳の反応性が増大する。
近くの森でヘビに出会い、ヘビの写真もとっています。子ヘビでした。その口の中に白い穴が見える。何か? 肺に通じる気管の入り口である。人間もふくめて他の動物では、ノドの奥に開いている気管入口が、ヘビでは口の中ほどに位置している。なぜか? それは、大きな獲物をゆっくり飲みこむとき、気管が塞がれて窒息することを避けるためだ。うむむ、なーるほど、そういうことだったのですか。それにしても奇妙な穴です。
タヌキは、地面の餌を探しながら、いつも下ばかり向いて歩くので、前方の対象物に気づかないことが多い。そのときも、著者のすぐ近くに来るまで気がつかなかった。すぐ前で気がつき、著者と目が合うと、驚いて逃げていった。
著者は小さな無人島に雌ジカが一人ぼっちで暮らしているのを発見します。愛着がわくと個別の名前をつけたくなる。それは、外部世界、とくに社会的な関係をしっかりと把握するための、人間万人に備わった脳の戦略だ。
岡山県の山中でニホンザルの生態を調べていたとき、夕暮れどき山奥に帰っていくニホンザルを追いかけていた著者は、ホーッと出来るだけニホンザルの声に似せて鳴いてみた。すると、群れの前方を行く数匹のサルが声に答えて、ホーッと鳴いた。半信半疑でもう一回、鳴いてみた。同じように、また、鳴き返してくれた。サルも交信できるのですね。
ドバトは、他の個体と一緒に群れをつくる特性を備えている。そこで、一人になるのは不安を感じる。著者に飼われていたドバトは、著者が見えないと不安そうにきょろきょろあたりを見まわし、見つけると急いで歩いてやってくる。ふむふむ、そうなんですか。
ヤギは、社会的な順位を強く認識する動物である。なじみのない人に対しては、競争的、威圧的にふるまう。ところが、小さいころから親のように優しく厳しく接してきた著者に対しては、従順だった。ヤギの社会では、移動の際には、順位の高い個体から前を歩く。
うひょう、そうなんですか、ちっとも知りませんでした。
この本を読むと、動物を飼うことの大変さと素晴らしさを実感させてくれます。
庭先のフェンスにからみついているクレマチスが花を咲かせてくれました。赤紫色の花です。ほかにも真紅の花や純白の花などが、これから咲いてくれるはずです。アスパラガスがやっと食べられそうなほどの太さになりました。早速、春の味をいただきました。このところ毎日タケノコを美味しくいただいています。きのう、誰かがコラムに子どものころ毎日毎日タケノコを食べていて、竹になってしまいそうと悲鳴をあげていたと書いていました。味噌煮のタケノコは鶏肉なんかとよく合いますよね。春らしい味です。
(2007年3月刊。1600円+税)
2008年05月02日
カカトアルキのなぞ
著者:東城幸治、出版社:新日本出版社
2002年4月、昆虫類に新たな目(もく)が追加されました。
昆虫類は、地球上の全生物種の半数を占めるほど種類が多いのですが、新目(もく)の発見となると、88年ぶりなので注目を集めました。
昆虫類は、名前がつけられているものだけでも100万種ある。昆虫が誕生したのは4億年以上も昔のこと。
新しい目であるカカトアルキを発見したのはドイツの大学院生ゾンプロ。4500万年前のバルト琥珀に閉じこめられている1体の昆虫化石を見て、知っているナナフシと違うことに気がついたのです。その次の問題は、生きた虫がいるのかどうか、です。
アフリカに似たような昆虫がいるのを思い出し、探索の旅に出ます。そして、ついに南アフリカで発見しました。昆虫は、一般に足先の爪を地面につけて歩くのが基本だが、この昆虫は歩くときに全6脚とも、その足先をもち上げて歩く。つまり、人間でいうと、つま先をもちあげて、カカトだけで歩くようなもの。そこからカカトアルキと命名された。カカトアルキは肉食性の昆虫。たいへんな大食漢の昆虫だ。その姿・形は、バッタとカマキリに似ている。写真と図解で説明されています。
カカトアルキの交尾時間は平均で3昼夜も続く。ペア状態を維持することで、メスにほかのオスと交尾させないというオス側の戦略と考えられている。ところが、長い時間の交尾が終わったあと、お腹をすかせたメスがカマキリのように一回り小さな体のオスを食べてしまうこともある。ひゃあ、まるでカマキリと同じです。オスって、哀れな存在なんですよね、トホホ・・・。
カカトアルキは、獲物を素早く確実に捕らえるための俊敏な動きを保障するもの。足先は、キャッチャー・ミットのように大きくなっている。
大自然の不思議です。種の多様性を保持することの必要性を実感させる本です。
(2007年11月刊。1400円+税)
2008年06月06日
アゲハ蝶の白地図
著者:五十嵐 邁、出版社:世界文化社
前に同じ著者の『蝶と鉄骨と』(東海大学出版会)を読みました。著者は私より20年も年長の虫屋(正確には、蝶屋)です。世界中、どこまでも蝶を追い求めていく勇気と元気には、ほとほと感心します。なにしろ、乗っていた飛行機が墜落しても、多くの乗客が亡くなるなかで無事だったり、砂漠の中やトラのすむ密林の中をさまよったりするのです。うひゃー、そこまでやるか、という感じです。
蝶の生態を明らかにするには、オスとメスの違いを一目で見分け、食草を求め、卵を産ませて育てなければいけません。根気づよい作業が求められます。虫屋って、そこまでするんですね。感動すら覚えます。
日本の蝶愛好家はプロ・アマふくめて2万人。間違いなく世界一。たしか、今をときめく高名な保守政治家もそうでしたよね。
日本の土着の蝶は233種。ところが、中国の蝶は1300種もいる。日本の土着種すべてを採集した人はわずか1人だけ。中国となると、1300種を採集するのは、容易なことではない。
日本に産する蝶のほとんどが中国に産する。というより、日本に産する蝶は、中国の蝶のほんの一部に過ぎず、日本は中国の出店でしかない。
蝶は、見たら欲しくなる。コレクションとは所有欲の究極のもの。けっして癒えることのできない煩悩である。なーるほど、そういうことなんですね。実は、私もよその家にある見事な花や木を見ると、すぐに欲しくなります。かといって、ドロボーするつもりはありませんので、何とかして買い求めたいと思うのです。ところが、これが案に相違して、なかなか容易なことではありません。近くの花屋で売っているとは限りませんし、通販でも容易に手に入りません。
著者は、1969年7月、イラクへ出張を命じられます。その2年間の出張中、ひまを見つけて蝶の採集にいそしむのですから、並の神経の持ち主ではありません。砂漠の国イラクにも蝶はいるのですね。もちろん、砂漠に蝶がすんでいるわけではありません。
アゲハチョウは、特有のしっかりした方向性のある飛び方をする。モンシロチョウのような、チラチラと左右にゆれる飛び方はしない。
蝶を探すときには、食草となるウマノスズクサ科の草を探せばいい。
一般に、蝶は雌が羽化するころには雄が待っていて、すぐに交尾するもの。だから、自然の中を飛んでいる雌に未交尾雌はいない。ところが、現実には飛んできた雌が未交尾のことがあった。ふむふむ、そうなんですか・・・。
普通のアゲハチョウは、飼育していると、1週間に1度くらいの割合で脱皮し、孵化後30〜40日で蛹になる。いやはや、じっくり飼育までして観察するのですね。
すごい本です。世界のアゲハ蝶のいくつかがカラー写真つきで紹介されています。なるほど、なるほど、大のおとなを虜にしてしまう魅力があることがよく分かります。
(2008年2月刊。2800円+税)
2008年08月22日
I lovu you,MOM
著者:シルミニ・ステファンデス、出版社:ぶんか社
心あたたまる写真オンパレードの小さな写真集です。動物親子(母と子)の愛らしい写真と、それにぴったりの優しい詩句から成る本です。
どこまでも白い大雪原に、母なる白クマと2頭の子ども白クマが寄りそっています。
わが子のためなら、何だってできてしまう、それがお母さんの愛。
これにかなう愛はない。
強い心と優しい心で、子どもが自立できるように育てていく。それが本当の親の姿。
母ザルの腕のなかで、安心しきって甘えている子ザルがいます。
母親とは、頼るための人ではなく、他人に頼らなくてもいい子どもを育てる人。
いやあ、実に、これが難しいのですよね。自分が親になってみると、よくよく分かります。
夕方、お互いの鼻をからませながら帰っていく母ゾウと子ゾウのシルエット写真もあります。切り絵のような感動的写真です。
すごい人はたくさんいるけれど、ほんとにすごいのはお母さん。お母さんがいなければ、どんなすごい人だって、そうはなれなかったかもしれない。
お母さんって、ほんとうにすごい。
最近、ちょっぴり疲れてしまったな。そんな気がしたときに読むと(いえ、手にとって眺めると)、きっと元気を取り戻してくれると思います。
フランスに行ってきました。今年12月に還暦を迎えますので、その前祝いと称してのバカンスです。南フランスをまわってきたのですが、思った以上に涼しくて、むしろ朝などは肌寒さを感じるほどでした。ニースからバスで30分ほどのところにあるエズ村に滞在しました。鷲の巣村と呼ばれるところですが、地中海に面した絶壁にそそりたった小さな村があるのです。天気は毎日晴れ。直射日光こそ酷いものの、木陰に入ると暑さは感じません。夜9時までは真昼の明るさで、大勢の観光客がやってきます。日本人も何組もいました。人々は、ここで景色を眺め、たっぷり時間をかけて食事を楽しみます。立派なレストランもあるのです。
(2008年6月刊。925円+税)
2008年08月29日
クマのすむ山
著者:宮崎 学、出版社:偕成社
表紙の写真が圧巻です。ええーっ、クマが写真家になったの・・・?ついそう思わせます。クマが3脚のついたカメラをかかえて立っているのです。でも、よく見ると変です。写真をうつすのなら、カメラのファインダーをのぞかないといけません。ところが、このクマは、なんとカメラを口にくわえているようなのです・・・。
動物写真家の著者は、長野県の中央アルプス、標高750メートルの村のなかの遊歩道に、無人で撮影できるロボットカメラを設置しました。無人カメラですから、クマたちは人間を気にすることもなく、実に伸び伸びとしています。
この定点カメラが、たくさんのクマ、そしてキツネやイノシシ、テンをとらえました。それにしても、たくさんのクマが登場します。親子グマも少なくありません。定点カメラがいたずらされるので、近くに別のカメラをセットしました。そのとき撮れたのが表紙にもなっているクマの写真です。大きなクマが、まるで写真屋になって記念撮影でもしているかのような姿で写っているというより、好奇心まるだしで、夢中になっていじっているうちに、力が強いので、カメラをキズつけたり倒したりしてしまったのです。
クマが木登りが上手なことは写真で証明されています。あの重たい身体をものともせずに、するすると木登りしていくのです。その身軽さは不思議なほどです。ツキノワグマは、木のぼりがとても上手なのです。そして、木の上にのぼると、枝を折ってお尻の下に敷きつめ、クマ棚をつくって、その上で食事するのです。よく見ると、山のあちこちに、このクマ棚があります。うへーっ、驚きます。
結局、ツキノワグマは本州各地に確実に増えているようです。クマは、えさ不足でやせているどころか、みんなまるまると太っているのです。
クマにも、積極的に人里に出て人を恐れない新世代タイプと、里には近寄らず、昔ながらの生活を好む旧世代タイプがいるようです。そうなんですか、ちっとも知りませんでした。ツキノワグマに少しでも関心のある人には絶好の写真集です。
トールーズから電車に乗って1時間かけてカオールという町へ行きました。ここは黒っぽいこくのある赤ワインで有名です。私は実は大好きなのです。最近は好みが変わって、ボージョレーのような軽いものより、少し重味を感じる赤ワインがいいと思うようになりました。
カオールは小さな町でした。川に歴史を感じさせる古い橋がかかっています。町の中心部の広場に面したカフェーで昼食をとり、カオール(赤ワイン)を少々のんでいい気分になりました。
(2008年5月刊。2000円+税)
2009年01月07日
ネコはどうしてわがままか
著者:日高 敏隆、 発行:新潮文庫
ウグイスが、なぜ、あんなによくさえずるのか?それはウグイスが、なわばり制の鳥だから。ホーホケキョという声は、オスのなわばり宣言なのだ。オスは、こうして守っている自分のなわばりの中に入ってきたメスとつがうのだ。
ドジョウはひげで水底に触りながら、あちらこちらと探ってまわる。食べものは水底で半ば腐った、分化した有機物を食べる。もともと溶けたようなものだから、効率よく腸に吸収され、かすなど残らない。だから、ドジョウの糞は、一緒に吸い込まれた土砂の粒だけ。つまり、ドジョウは糞を出さない。うへーっ、そ、そうなんですか。知りませんでした。
水上のミズスマシは、空中からの敵と水中からの敵と、両方に備える必要がある。だから、もともと左右一つずつある目が、それぞれ上下2つに分かれた。だからミズスマシには目が4つある。うひょーっ、目が4つもあるんですか・・・。
では、ミズスマシは前方をどうやって見るのか?それは波で見る。つまり、水面の波を触角でとらえ、前方の様子を知る。ミズスマシは水面の波にひかれ、その波の源へ近寄っていこうとする。これを走波性という。近寄ってみて異性と分かったら、すぐさま生殖行為に移る。同性だったら、離れようとしてはまた戻るのを何回か繰り返して、ようやく離れていく。
アメンボは、6本ある肢のうち4本の肢の先が油気があるので、水の表面張力で浮かんでいられる。残る2本の肢は油気がないので水にぬれる。この2本の肢を水につっこみ、オールのようにして水をこぐ。だからアメンボは、右にも左にも自由自在に水上をすいすい走ることができる。アメンボは異性に対しては、前肢で水をたたいて波の信号を送る。お互いに前肢で波の信号を送りかわして思いを遂げる。モグラは土の中にトンネルをはりめぐらす。ミミズがそのトンネルに落ちて驚きばたばた音を立てると、その音を聞きつけてモグラが走ってきてミミズを食べる。モグラは目が見えないから、明るくした金鋼パイプの中を走り回る。
カラスは直径10メートルもあるという大目玉の気球を怖がる。
カタツムリのセックスは大変だ。ともかく、お互いが男であり、女であるわけだから、一匹の中の男と女が両方とも、その気にならなければならない。出会った2匹は角でなであい、体を触れてくねらし、頭のこぶをふくらませてこすり合って、何時間もかけて口説きあう。ときには半日も一日もかけてやっと機が熟するとお互いに長いペニスを伸ばし、それを互いのメスの部分に挿入する。そして、また長い時間をかけて精子を出す。
タイトルは忘れましたが、このカタツムリのセックスを映像にしたフランスのドキュメント映画があります。いやあ、まるでポルノ映画を見ているような錯覚に陥り、体中ぞくぞくするほど、なまめかしい映像でした。
トンボは、4枚の「はね」を全部別々に動かすことができる。トンボは、独立して羽ばたく4枚の「はね」で「はね」の角度を変えたりできるので、翼が回転するだけのヘリコプターである一般の昆虫より、もっとデリケートな飛行を楽しんでいる。
夕方になると、スズメたちは街路樹に集まって、大変な騒ぎをかき立てる。だけど、なぜ、こんなに騒ぐのか、人間は解明できていない。
ツバメが家の出入り口に巣をかけるのはスズメのため。ツバメはスズメを嫌っている。スズメからヒナがいじめられたりするからだ。それでスズメがやってこないところに巣を作ろうとする。スズメは人間を大変に警戒している。人が絶えず出入りする家の入り口には絶対に巣を作らない。だから、ツバメは、この性質の裏をかいて、できるだけ人の出入りの多い家の軒先に巣を作る。
一匹でじっと獲物を待ち伏せるネコと違い、イヌは歩き回って獲物を探し、見つけたら、追いかけていって狩りとる動物だ。イヌは歩き回ることは、全く苦にならない。それどころか、それが楽しみだ。
イヌをあまり大事にしすぎると、イヌは勘違いする。自分こそがリーダーだと思って、飼い主の言うことを聞かず、勝手気ままに振る舞う。そこで、訓練所では、トレーナーがイヌに鎖をつけて引きまわす。イヌに、リーダーは、自分ではないことを思い知らせるのだ。なーるほど、ですね。
本来は単独生活しているネコたちで親密なのは、親子関係だけ。親子といっても、父親との関係は全くない。子どもは自分の父親を知らない。子どもが知っているのは、授乳して世話をし、育ててくれる母親だけ。子猫が鳴けば、母ネコは飛んでくる。しかし、母ネコが鳴いて子ネコを呼んだからといって、子猫は母ネコのところに飛んでくるわけではない。
ネコたちの「わがまま」は、これで理解できる。
生き物について、さらに理解することができました。とても面白い本です。
あけましておめでとうございます。今年もぜひご愛読ください。
お正月は、朝起きて雨戸をあけると薄暗く、雨でも降りそうな気配でした。お節料理をいただいていると、やがて音もなく雪が降ってきました。綿をちぎったようなボタン雪です。地表に落ちた雪は積もる感じではありません。やがて雪は一段と激しく降り、多難な幕開けを予感させました。ところが、ひとしきり降ったかと思うと、そのうちに雪は止み、薄日が差し始めました。午後からはすっかり晴れ上がり、今年の景気も、これほど早く回復してくれたらいいなと思わせます。年賀状を読み終え、ポカポカ容器に誘われて庭に出て、クワをふるって畑仕事を始めました。これが何よりのストレス解消です。畳一枚分の土地を掘り起こすと、ふーっ、と、ため息をもらし、腰に手を当ててしまいます。球根を植えかえてやるのです。球根はどんどん分球していきますので、それをうまく分けて植え付けます。娘から、「それは何という花なの?」と訊かれますが、悲しいことに球根を見て分かるのは、チューリップのほかはダリヤくらいです。花が咲いたら、もう少し花の名前を言うこともできるのですが・・・。
庭を掘り起こしていると、いつもの愛嬌いいジョービタキがやってきます。やあ、がんばっているね。そんな感じで、声をかけてくれます。これは本当のことです。スズメより一回り大きい名を知らない灰茶色の小鳥もやってきました。掘り起こしたあとの虫を狙っているようです。黄色いロウバイの花が盛りです。においロウバイと言って、通りかかった近所の人がロウバイの匂いですねと声をかけるのですが、残念なことに鼻の悪い私はロウバイの匂いはかすか過ぎて、よく分かりません。
正月を過ぎて、少しだけ陽の落ちるのが遅くなった気がします。1月3日は、夕方5時10分に日が沈みました。それから30分間、5時40分ころまでは夕方の明るさです。春が待ち遠しいです。
(2008年6月刊。400円+税)
2009年01月11日
先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!
著者:小林 明道、 発行:築地書館
『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます』に次ぐ第二弾です。面白いです。
自然に恵まれた鳥取環境大学とその周辺で起こる、動物や学生を巻き込んだ事件がいくつも紹介され、なるほど、人間動物行動学というのはこういうものをいうのかと、悟らされます。
タヌキは哺乳類の中では大変珍しい「一夫一妻制」の動物である。父親が母親と同じくらい子どもに密着して世話をするのも珍しい。出産直後から、父タヌキは母タヌキと交代で生まれた赤ん坊を抱いて体で温める。うひょお、こんなことって、ちっとも知りませんでした。我が家のすぐ近くにある草ぼうぼうの荒れ地にタヌキ一家が昔から住んでいるのは間違いないようですが、まだお目にかかったことはありません。
シマリスがヘビに出会うと、自分の方からヘビに近づいていき、毛を立てて膨張した尾を大きく揺らしたり、人が地団駄を踏むように足で地面を踏み鳴らしたり、ときどきヘビの方を向いてピチッと鳴いたりする。うむむ、怖がって逃げ出すばかりではないようです。
ヘビを麻酔注射して動かないようにしておくと、シマリスはヘビの頭をかじり始めた。そして、かじりとった皮膚の一片を口のなかでかみほぐしたあと、自分の体に塗りつけはじめた。別の機会にはシマリスがヘビの尿(ヘビの尿は練り歯磨きのような白い半固体状になっている)をかじって、身にぬりつけていた。シマリスは自分の体にヘビのニオイをつけることによって、ヘビの補食から逃れやすくなるのだ。な、なーるほどです。そういうことなんですか・・・。
身近な動物たちの意外な生態が解明されていくのを知るのは楽しいものです。いやあ、世の中って、知らないことばかりですよね。
(2008年10月刊。1600円+税)
2009年01月16日
働きアリの2割はサボっている
著者:稲垣 栄洋、 発行:家の光協会
春になると、我が家の庭にも丸っこい可愛らしいマルハナバチがやってきます。ところが、大きな体をちっぽけな羽で飛びながら支えられるはずがない、という航空力学の難問とされていた。しかし、そのマルハナバチの飛翔能力は空気の粘り気をも計算に入れた高度で複雑な飛行原理によるものであって、その解明がいま進められている。
コウモリは日本では昔から良いイメージの生き物だった。コウモリは発した超音波が反射して戻ってくるエコーをキャッチして物の位置を判断している。
ガの体が毛でおおわれているのは、コウモリの音波を吸収してエコーを出さないようにするため。ガの体のフワフワに、そんな意味があったのですね。
カタツムリはブロック塀を食べる。殻の材料になるカルシウムをブロック塀から摂取している。カタツムリは海の中に住んでいた巻貝の仲間が地上生活に適応して進化した貝。海の中の貝は海水に含まれるカルシウムを摂取できるが、陸上にすむカタツムリは石灰岩などから摂取するしかない。カタツムリは水中にすむ貝と違って肺呼吸をし、生まれたときに殻を背負って、大人と同じ形をしている。
ナメクジは、さらに乾燥から身を守る殻をなくした地上生活の最新進化モデルだ。
ウンカはセミの仲間。イネの汁を吸う。ウンカははるか中国大陸からジェット気流に乗って飛んでくる。
秋の野山に目立つのは、大型のジョロウグモの巣。黄色と黒色のカラフルなジョロウグモは、秋の女王とも呼ばれる美しいクモだ。その規模は、おなか側から見ると怒った人の顔のように見える。ハハーン、そうなんですか、今度、よーく見てみましょう。といっても、寒くなったら姿を消してしまいました。いずれまた姿を現すでしょう。
ジョロウグモの巣をよく見ると、ごく小さなクモが数匹、居候している。実は、この小さなクモはジョロウグモのオス。巣の真ん中でよく目立つクモは、すべてジョロウグモのメス。成体になったオスは、メスの巣にやってきて、メスのクモが成体になるのを待つ。メスが成体になるとすぐに交尾をする。
えっ、まさか、交尾をしたあと、オスはメスに食べられてしまうのではないでしょうね……?
身近な生き物たちにまつわる知らない話が満載の面白い本です。
(2008年11月刊。1300円+税)
2009年01月28日
骨から見る生物の進化
著者:ジャン・バティスト・ド・パナフィユー、 発行:河出書房新社
フランス国立自然史博物館にある骨格標本を見事な写真で紹介した大判の写真集です。生物の身体のあまりに精巧な出来栄えをしっかり堪能することが出来ます。いやあ、これの全部を神様がつくったのだとしたら、全知全能という以上のものです。なにしろ、時代とともに少しずつ形を変え、性能を変えていくというわけなのですからね。なんで、神様がそんな面倒なことをしたのでしょうか・・・。
ダーウィンの進化論を、現代アメリカでは、今も学校できちんと教えない州があるそうです。信じられませんよね。
種が変化するという考えそのものが、動物と人間はすべて神が創造したとする創世記の記述に反するからだ。アメリカのキリスト教原理主義者たちは、宇宙の年齢を6000年とし、すべての動物と人間は創造されたときのままの姿であり、化石はノアの洪水でおぼれた動物の名残であるとする。うへーっ、たまりませんね。ありえませんよ、そんなことって……。
魚とは、ひれと内骨格をもち、水中で生きる動物である。陸生の魚はいない。魚の種類は2万5000種以上いる。
シーラカンスは、本物の脊柱ではなく、軟骨のチューブである脊索をもつ。このチューブの中は液体で満たされていて、かなりの柔軟性がある。シーラカンスの泳ぐときの動きは、魚より四肢動物の歩き方に近い。生態学的に見て、シーラカンスとサメはまぎれもなく魚であるが、動物学的に見ると魚類ではない。
生物の世界は、昔からずっと今のように多様だったわけではない。8億年ほど前に登場してきたときは、ほとんど違いがなかった。ところが、5億4000万年前ころに、突然、種類が増加した。
鳥では、スズメのグループ(スズメ目)が5300種もいて、世界の鳥類全体の半数以上を占める。スズメ類は、ひとつの祖先から多数の種が生まれる「進化的放散」の実例を示している。
人の骨格を見て男女の性を決めるのに役立つのは、頭骨と骨盤である。頭骨については、男の下顎骨(かがくこつ)はより頑丈で、より突き出ていて、角張ったあごになる。骨盤については、出産のため女の骨盤腔は男より広い。
7500万年前、鳥は恐竜と共存していた。現代の鳥の祖先は、強力な武器を備えた顎を持つ、肉食の小型恐竜だった。初期の鳥は歯をもっていた。しかし、歯は密度が高くて重いため、飛行するには邪魔だった。歯をなくすことによって、体重をかなり節約できた。
哺乳類が現れたのは2億2000万年前。このころ、まだ恐竜がいた。恐竜がいなくなるまで1億5000万年以上も待たなければならなかった。哺乳類は、体の小さい地味な動物であり、夜行性であって、昼は地下のトンネルに潜み、夜になると植物の種や昆虫を探しに外へ出た。
鳥とコウモリと人間は、実際に空の世界を征服した唯一の脊椎動物である。
ヘビは全世界のあらゆる大陸の、あらゆる環境に2500種もいて、その形態は進化の成功の例なのである。ヘビの祖先は、小さい肢を持つ地中生の爬虫類であった。人間がヘビを見て感じるのは恐怖心だけではない。四肢を完全に失ってしまうことは想像するのも難しいことだ。
アリやシロアリを食べるアリクイやアルマジロなどは、尽きることのない食糧資源をターゲットに出来る。というのも、地球上には1億の1000万倍ものアリがいる。一つのアリのコロニーに2000万匹のアリがいるのだ。
こんにち、5000種の脊椎動物が絶滅の危機にさらされている。両生類の3分の1、カメ類の半数、哺乳類の4分の1、鳥類の8分の1。うひゃあ、これは大変なことです。
人間が自分だけが地球上の絶対至高の存在とうそぶいているとき、足下の土台が揺らいでいるわけです。人間が自分だけで生きのびることが出来ると考えてはいけません。すべての生物は相互に連関し、関係し、依存しあっているのですから・・・。
名実ともに、ずっしり重たい大判の写真集です。一見の価値があります。
我が家の近くの電柱にカササギの巣が作られています。せっせと小枝を口にくわえて運んでいます。少し離れた電柱に2個の巣が同時に建設中なのです。うまいこと組み合わせて巣が出来上がっていくのを見るのは楽しいものです。でも、九電が邪魔だといっていずれ取り払ってしまうと思います。
(2008年2月刊。8800円+税)
2009年01月31日
魔法のどうぶつえん
著者:岩合 光昭、 発行:阪急コミュニケーションズ
高名な動物写真家による旭山動物園のどうぶつたちの傑作写真集です。どうぶつが実に生き生きしていて、目の前で挨拶してくれているかのようです。私も一度だけ噂に名高い旭山動物園を見ておこうと思い、北海道に出張したとき、札幌からJRに乗って出かけました。札幌駅でJRの切符とのセット券を売っていました。
旭川駅からはバスに乗ります。市内から20分以上も離れた高い丘に動物園はあります。行った日はよく晴れていましたが、観光バスから続々とお客さんが降りてきました。
どうぶつの生態を間近でよく観察できる仕掛けがあちこちにあり、さすがに工夫が行き届いていると感心したことでした。
ホッキョクグマの巨体が水中を軽やかに泳ぐ姿には圧倒されました。最近、新しくオオカミの森が出来たそうですが、私が行った時にはありませんでした。オオカミのいかにも野性的な目つきに、目が合うとたじたじとなりそうです。また、オランウータンの空中散歩も残念ながら見ることはできませんでした。これも運不運があるようです。
それでも、アザラシが円筒形の水槽を上から下から通過していくのは幸いにも見ることができました。アザラシの方でも見物している人間を意識しているとのことです。
もちろんペンギンたちにもお目にかかりました。でも、冬ではありませんでしたので、あの有名なペンギンのお散歩というのは、見ることができずに残念でした。
今や日本一有名な動物園です。今度は映画にもなりましたよね。また行ってみたい動物園です。この写真集は、行く前に見ておいたら良いと思いますよ。
(2008年12月刊。1500円+税)
2009年02月02日
昆虫、4億年の旅
著者:今森 光彦、 発行:新潮社
うひゃあ、すごい、すごーい。昆虫って、こんなにきれいだったのか、えーっ、こんな不気味な色と形をしていたの・・・。身近な昆虫たちを間近で見ると、まったく驚きと発見にみちみちています。くっきり鮮明なカラー写真が200点もあって3600円とは、なんと安いこと。写真を撮る苦労を考えたら、本当に申し訳ない気持ちになります。
虫にとりつかれた子どもたちのことを、昆虫少年という。昆虫少年という言葉があるのは、おそらく世界中探しても日本だけではないだろうか。かけ事ではない、カブトムシを喧嘩させて遊ぶ純粋な子どもたち。こんな国は、世界広しと言え、いちども見たことがない。「ファーブル昆虫記」のファンの数も日本が世界一だというのも十分納得できる。日本の子どもたちは、美意識と科学心にあふれる好奇な目で、昆虫たちを見ている
頁をめくって一番始めに登場するのが南米(ブラジル)に棲むヨツコブツノゼミの顔です。頭の上のほう(オプションには胸部とあります)に、たしかに4つのコブがついているのです。その奇妙さといったら、思わず噴き出してしまいそうです。そして、このヨツコブツノゼミから、「おまえ、今、なんか笑ったか?」と重々しい声で問いを投げかけられたら、あわてて口に手をあてて、「いえ、別に・・・」と返事して、ごまかすことでしょう。世にも珍妙なるセミです。ぜひ、実物を写真でご覧ください。
インドネシアに、ホタルのとまる木があるというのは聞いていました。幾万とも知れないホタルが高さ20メートルの木に集まり、集団発光するのです。いやあ、一度ぜひ見てみたいですね。こればっかりは、写真では実感できません。我が家から歩いて5分のところにも初夏(梅雨前)になるとホタルが飛びかう小川があります。最近、そのすぐ近くで道路工事をしていますので、今年もホタルがちゃんと見れるのか、今から心配しています。
著者は、プロの写真家になる夢を捨てず、大学を卒業してコマーシャルスタジオに2年間勤め、ファッションや料理など、あらゆるコマーシャル撮影の技術を習得した。そして、著者は29歳のときから、毎年3ヶ月間、のべ2年4ヶ月の歳月をエジプトでのスカラベ撮影に費やした。2年目から昆虫学者(佐藤宏明)がアシスタントとして同行し、著者が写真をとり、助手は生態に関する論文を執筆した。いやあ、すごい執念です。大したものです。
取材ノートが公開されていますが、手書きの絵もまた実に精妙です。細かいところまでよく観察していることが実感できます。
虫の卵というのが、こんなに個性的なものであって、虫によって色も形もまるで異なるものだということも知りました。まるでケーキ屋さんの店頭にたくさんの新作ケーキが並べられている感じです。いかにも美味しそうな色をして輝いています。これって、きっとケーキ職人の新作づくりの参考になるんじゃないかと思います。
昆虫ではありませんが、オーストリアにいるメリディオナリスシロアリのつくった塚が大平原に立ち並んでいる写真は不気味です。西洋の墓地、今でいうと、イラクで戦死したアメリカ兵の墓地を連想させます。
よくぞ、これだけの写真を撮って公開していただきました。感謝感激です。ありがとうございました。これからも身の危険には十分用心して、頑張っていい写真を撮って公表してくださいね。
久しぶりに湯布院の温泉につかってきました。初日は小雨模様のなか、夕方、金鱗湖あたりを歩いたのですが、観光客の中にハングルや中国語を話している人の多さに驚きました。
2日目は雨も上がって、青空の見えるなかを歩きました。小さな美術館がいくつもあるのは湯布院の良さですね。依然として変に俗化していないので、とてもいい雰囲気です。お昼を金鱗湖に面したレストランで、湖の先の山々を見ながら、美味しくいただきました。由布岳の頂上は、白く霧氷で覆われていて、浩然の気を大いに養うことができました。
(2008年7月刊。3600円+税)
2009年02月11日
ハダカデバネズミ
著者 吉田 重人・岡ノ谷一夫、 発行 岩波科学ライブラリー
世の中には、まさしく珍妙としか言いようのない生き物がいるものです。女王とか兵隊というのは、アリとハチで知っていますからよく分かりますよね。ところが肉ぶとん係というのがいるっていうんです。いったい何のことかと不思議に思いますよね。
ハダカデバネズミとは、文字通り体毛がなく、前歯が出っ張っていて、そしてネズミである。彼らは、東アフリカのケニアあたりの大草原の地下にトンネルを掘って集団で暮らしている。ネズミなのに、ハチやアリと同じように女王がいて、働きデバや兵隊デバがいる。女王はトンネルを定期的に巡回し、さぼっている個体を見つけると、どやしてまわる。どやされた個体は、服従のポーズをとり、反省の意を示す。
ハダカデバネズミは、17種類もの鳴き声を持ち、状況に応じてこれらを使い分けている。 女王は王様に交尾を要求する鳴き声をもっている。これを聞いた王様は、女王にマウントして交尾しなければならない。ところが、王さまは交尾すればするほど、やせ衰えていく。
なぜ体毛がないのか?地下トンネル内の、1年中30度前後に安定した環境のなかで暮らし、しかも、ノミやダニの温床となりうる毛皮を自ら捨てたのだ。
哺乳類であるけれど、自分で体温調節が出来ない。いや、する必要がない。
いま飼っている女王の推定年齢は37歳。その身体サイズから予測される寿命の10倍以上は長生きだ。
デバたちは、80~300匹の群れで暮らす。繁殖に関わるのはメス一匹と、1~3匹のオスのみ。そして、役割分担のある社会で生活する。
デバの女王は、生れながらの女王ではない。厳しい戦いを勝ち抜き、ようやく女王の座を得る。女王は、常に巣穴をパトロールして、ライバルたちを威嚇してまわる。そやって自分以外の繁殖能力を抑制している。
女王の在任期間は20年以上に及ぶ。女王は群れの中で一番体が大きく、強くて、偉い。狭いトンネルですれ違うとき、他のデバは女王のために道を譲らないといけない。
女王への反逆を決意した第二位メスは、最初に女王を襲うのではなく、まずは王様を歯にかける。
兵隊デバは、トンネルにヘビが侵入してきたとき、闘うというより、まっさきにヘビに食べられてしまうのが仕事。
ハダカデバネズミの役割は、成長にともなって変化する。生まれつき固定されたものではない。働きデバの一部は、女王に子が生まれると、床に寝そべって、ひたすら子どもたちのふとん係に徹する。もぞもぞ動きながら、子どもたちを保温する役目を果たす。肉ぶとん階級である。ただし、一生この仕事をしているのではない。
ハダカデバネズミの巣穴の全長は、最大3キロメートルにも及ぶ。食べるのは植物の根。ただし、飼育するときは、リンゴが一番の好物。うむむ、なんだか変ですね、これって……。
大変飼育の難しいハダカデバネズミだということですが、上野動物園のほか、埼玉県こども動物自然公園そして千葉大学サイエンスプロムナードで見れるそうです。私も、この珍妙な生き物を実物で見たいと思いました。やっぱり学者って、すごいですよ。感心・感嘆・感謝です。
(2008年1月刊。1500円+税)
2009年02月16日
昆虫の知恵
著者 普後 一、 出版 東京農工大学出版会
いやはや、昆虫って、すごいですね。昆虫に学べ、とは、よく言ったものです。そのとおりですね。
ヒトの皮膚にとまった蚊は、皮膚の下にある毛細血管を探り当てるために、足の裏にある感覚器官から超音波を発信し、その反響を利用して血管の位置を感知する。
うへーっ、まるで腹部エコー検査みたいですね。
蚊が吸血するとき、体重の2倍ほどのヒトの血液を一気に吸って消火器に流し込む。一度に腹いっぱい吸血するため、異なったヒトの血液型が混じり合うことはない。そして消化酵素ですぐに消化吸収されるため、血液が凝固することはない。ふむふむ、なるほど。
蚊のもつ抗血液凝固物質は、酵素反応の最終段階をストップさせる。このプロリキシンSという物質は、血液を凝固させないほか、血管の平滑筋を弛緩させる作用を持っている。蚊は、吸血するとき、ヒトの皮膚感覚を麻痺させるために唾液を注入し、ヒトに気づかれないようにしている。蚊の唾液がアレルギー反応を引き起こし、かゆみの原因となる。ただし、本来、蚊の唾液は吸血終了とともに蚊の体内に戻る。そのため、かゆみも止まる。ところが、吸血が中断されると、蚊の唾液がヒトの体内に残されるので、ヒトはかゆみを感じる。
つまり、蚊の気が済むまで血を吸わせたら、かゆみはほとんど感じないわけである。
うひょう、な、なーんと、蚊を叩き潰すことによってかゆみを感じるというわけです。でも、蚊って見つけたらすぐに叩き潰してしまいたいですよね。
ちなみに、蚊は一般には花の蜜や果物の汁、樹液などを吸っているが、交尾したメスの蚊だけが卵のためにヒトの血を吸う。蚊のオスは人間の敵ではないということなんですね。
生ゴミを処理するのに、アメリカミズアブを使うといいそうです。初めて知りました。50センチ角の箱にアメリカミズアブを100頭入れて高温にしておくと、有機廃棄物が効率よく分解処理される。ふーん、そうなんですか……。いま、我が家はEMボカシで生ゴミを処理していますが、これより、もっと簡単で効率が良さそうです。
モンシロチョウからピエリシンという物質がとれ、抗がん作用に役立つという話も初めて知りました。昆虫って、偉大なる遺伝子資源なのですね。絶滅させたら、人類にとって巨大の損失です。ミズスマシやセミの抜け殻が糖尿病に良いなんて、本当でしょうか。
傷口にウジ(ハエの幼虫)を這わせておくと、早くよくなるという話にも驚きました。戦場での実際の体験的知見による発見だそうです。
ウジは、自分の持つタンパク質分解酵素を分泌して壊死状態の組織を溶かし、それを吸い上げることによって壊死組織を除去する。このタンパク質分解酵素は、健全な組織を融解することはないので、壊死組織だけが選択的に取り除かれる。そして、この物質はMRSAなどの薬剤耐性菌をふくむ病原菌に対する殺菌作用ももっている。ただし、ウジを使った治療法には健康保険が適用されない。見かけによらず、ウジも人間に役立つということなんですね。
将来の宇宙食として有望なのは、昆虫(カイコガ)である。カイコガの蛹は、栄養的に非常に優れ、絹は用途が広く、微粉末にして食材にもできる。カイコガをキャットフードに25%混ぜると、猫は喜んで食べるそうです。
バッタが幼虫時代に劣悪な環境で育つと、身体が褐色となり凶暴化して、大害虫と化す。これまた人間に似た話ですね。
うひゃあ、すごいすごい。昆虫ってバカにできませんね。人間は昆虫に大いに学ぶべきです。
先週末、春一番の突風が吹き荒れました。まともに傘をさして歩けず、電車も乱れていました。でも、風が温かいのです。ああ、春一番だとすぐに思いました。隣家の庭に今年も黄水仙が列をなして咲いています。輝くばかりの黄金色です。そして、近所にはしだれ紅梅も咲き誇り、春到来を感じさせます。
(2008年5月刊。1400円+税)
2009年04月01日
ハチはなぜ大量死したのか
著者 ローワン・ジェイコブセン、 出版 文芸春秋
2007年の春までに、北半球のミツバチの4分の1が失踪した。
花には非常に機能的な役割がある。その役割とは、ずばりセックスだ。花粉交配の仕事こそミツバチの仕事である。今日の養蜂業界は、アーモンドの花粉交配だけで年間2億ドルもの収益をあげている。それに対して、蜂蜜生産の売り上げは1億5000万ドルでしかない。ふむふむ、なるほどですね。
ミツバチは、個々のメンバーの風采はあがらないけれども、忠誠心に富み、マルハナバチがガリア人の村人だとすれば、ミツバチはローマ帝国の軍団だ。
ミツバチは15度以下の温度では飛ぼうとしない。雨の日も飛ばない。ミツバチにおいて、知性は個々のハチにではなく、コロニーに宿る。
巣箱に5万匹のミツバチがいるとして、そのうち4万9000匹ほどは子どもの産めない働き蜂である。女王蜂は、合計すると自分の体重と同じになるくらいの重さの卵(最大2000個)を毎日生み続ける。女王蜂が交尾をやめるのは、数回の飛行で10~36匹に及ぶ求婚者からの貢物を手に入れたあとのこと。
女王蜂は、ときどき未受精卵を生むことがあり、これが雄蜂になる。雄蜂は、要するに「飛ぶ精子」だ。だから、交尾シーズンが終わると、用なしになってしまう。秋になって気温が下がり、巣の資源が減ってくると、働き蜂は雄蜂を巣から追い出す。路頭に迷った雄蜂は、じきに凍えて死んでしまう。いやはや、オスはどこの世界でも哀れなものです。合掌。
コロニーにいる採餌蜂の4分の1が花粉の採集を専門に行う。採餌蜂は、蜂蜜以外はほとんど何も食べない。
女王蜂の寿命は2~3年もある。これに対して働き蜂の寿命はたったの6週間でしかない。女王蜂になるのは、ローヤルゼリーを浴びるように潤沢に与えられたもの。
巣が混雑していることと、花が咲き乱れていることが分蜂の前提条件だ。この分蜂を決めるのは女王蜂だと最近まで信じられていた。しかし、実は、老練な働き蜂たちが討議をしたあと、巣の残りの成員に合図を送っていることが観察によって判明した。つまり、巣分かれも集団で意思決定されているのだ。うひゃあ、そうだったんですか……。
ミツバチの大きな魅力のひとつは、幾何級数的に増えていくことだ。
1970年代、80年代は、アメリカの養蜂業の黄金時代だった。1980年代には、何年も続けて巣箱当たり90キロの蜂蜜が収穫できた。巣箱によっては130キロもの蜂蜜がとれるものがあった。ところが、今では4000箱の巣箱から、1本分のドラム缶しか取れない。
蜂蜜は私の大好物でもあります。午後のひととき、紅茶に蜂蜜を入れ、ブランデーを注いで味と香りをつけて楽しむのが、私の楽しみです。そんな蜂蜜が将来とれなくなったら、それは大変なことです。そして、それ以上に、花が受粉できなくなったら大変も大変、人類は絶滅の危機に立たされるのです。
ミツバチを一度買ってみようかなとまで思わせる楽しい本でもありました。
我が家の庭のチューリップが8割方は咲きました。400本ほどは咲いていると思います。といっても、庭のあちこちに植えていますので、例年よりはチューリップのオンパレードという感じでもありません。
ハナズオウの赤紫色の花も咲いています。春爛漫の候です。
ちなみに、私の法律事務所のホームページの私のブログに、チューリップの花の写真をアップしています。
(2009年1月刊。1905円+税)
2009年04月25日
カンブリア爆発の謎
著者 宇佐見 義之、 出版 技術評論社
5億4000万年前から始まるカンブリア紀に、生命は突如として爆発的な進化を起こした。うむむ、5億4000万年前と言われても、ちょっとピンときませんよね。宇宙の年齢が140億年と言われると、なんだか5億年前というのも少しは分かったような気にはなるのですが。
カンブリア紀の前の時代にも多くの生物がいたことが分かっている。9億年前に遺伝子が大きく進化したことが判明した。つまり、生物は少しずつ進化していたのであって、急に、突然進化したわけではない。
単細胞の生命が誕生したのは、今から30数億年前のこと。それから20億年以上、単細胞生物の時代が続いた。6億3000万年前から、5億4000万年前にわたるのがエディアカラ紀である。この紀に生物相は多様に進化していた。
そしてカンブリア紀の初期になると、2メートルもの大きさのアノマロカリスがいた。アノマロカリスにも、いろんな種類のものがいる。
アノマロカリスの化石の写真が紹介されていますが、実に珍妙な形をしています。頭部の下面にはリング状の口がついていて、尾部には垂直方向に尻尾状の構造があります。
そして、人類の祖先ではないかというふれこみのピカイアなるものも紹介されています。脊椎動物に近いというのですが、ピカイアは脊索動物です。脊索動物は脊椎動物に近いというわけです。
有名な三葉虫は、カンブリア紀にもっとも繁栄した生物です。デボン紀に絶滅しましたが、魚類に覇権を奪われたからではないかと、この本は見ています。
生物の形造りの基本は、繰り返しの構造にある。繰り返しの構造の一部を変形させて、特殊な機関を作り出せば出すほど、進化的に後に位置する生物といえる。
たくさんの図版があって、理解しやすいのですが、本当に奇妙きてれつな形の生物のオンパレードです。海岸に無数いて、もじょもじょしている、そんなフナムシ(船虫)が人類の祖先だなんて言われても、ちっとも実感がわきません。
それにしても、9億年前とか5億年前とか、聞くだけでも気が遠くなりそうな時代の生物の化石と対面するのも楽しいものですよ。
(2008年4月刊。1580円+税)
2009年04月27日
サルが木から落ちる
著者 スーザン・E・クインラン、 出版 さ・え・ら書房
サルが木から落ちるというのは、たとえ話だと思いながら読み始めたのですが、なんと本当にある話だというのです。驚きました。ジャングルの木の下で、じっとひそんでサルを観察し、その原因を地べたをはいつくばって、サルの糞まで拾い集めて調査・研究するのです。恐れ入ります。ホント、学者って、こんな地道な作業を延々と続けているのですね。頭が下がります。
それが現代に生きる私たち人間にどんな関係があるの? そんな疑問をもった方は、少し現代社会に毒されすぎていませんか。なんとなんと、それが大ありなんですよ。ジャングルの植物そしてあらゆる生き物の成分は、まだまだ人間に未解明のものがすごく多いわけです。ですから、サルにとって有害または有益な植物の成分を発見したら、人間にとってガンのような病気の特効薬になるかもしれないっていうわけです。そんなわけで、種の多様性を保全するのは、私たち現代人にとっても決して趣味的な世界だけの話ではないのです。
熱帯に生きる鳥は、温暖地方に住む鳥より、平均するとずっと小さい。それは、熱帯では毎年えさ不足に悩まされる現実にもとづいている。えさ不足の時期があるため、熱帯林では、大部分の野生動物は数も大きさも制限がある。そうなんですか、ちっとも知りませんでしたよ。
熱帯林の生きものの多くが夜行性で、夜しか活動しない。
熱帯林に全部で何種類の動物が住んでいるのか、まだ分かっていない。森をくまなく調べれば調べるほど、新しい種が発見される。
学者は、ホエザルを追跡した。ホエザルは、食べられるときは出来るだけ新しい葉を食べる。果実や花や成熟した葉は、たまにしか食べない。そして、葉柄の部分だけを食べる。サルたちは、好きな種類の木ならどの木の葉でも食べているのではなく、2,3本の木を選んで葉を食べていた。毒のない木を選びとっていた。つまり、ホエザルは、森の自分たちの領分で手に入る木の葉のうち、もっとも栄養があって消化がよく、しかも毒の少ない葉を選んでいた。ホエザルは毒がいっぱいの森で、用心深く、食べ物をより分けて食べているのだ。
ところが、木のほうも誰かに食べられたときには、それまでより多くの毒を作り出す。同じ植物でも、動物に食べられなければ、少ししか毒を作らない。毒の強さは常に変わり続けているので、サルたちは、どの木の葉の毒で、どの木の葉が食べられるのか、経験で学ぶことが出来ない。そこで、定期的に注意深く地域の中を試食してまわっている。
サルが木から落ちるのは、ひどい干ばつの年で、ホエザルが食べ物を選り好みできないときだった。すなわち、木から落ちるサルは、まちがった時期にまちがった木の葉を食べたので、毒にあたったのだ。熱帯林は、食べものと、毒の混合物がいっぱい詰まった食料貯蔵室のようなものだ。
サルたちの毒だらけの食料貯蔵室は、人間に希望をあたえてくれるものでもある。有毒な化学物質は、少量使うと薬になることが多い。たとえば、アスピリン、キニーネ、モルヒネ、ジキトキシン、そして抗がん剤など……。
この本を読むと、熱帯のジャングルを切り開いてハンバーガーを食べるための牛を飼う牧場につくり変えるなんて、そんなバカげたことはやめたいものだと、つくづく思います。第一、ハンバーガー自体も、健康にいいものとはとても思えません。赤坂交差点のハンバーガーショップがいつも客で満員なのを横目で眺めていますが、複雑な気持ちになります。
(2008年4月刊。1500円+税)
2009年04月29日
自然に学ぶ・粋なテクノロジー
著者 石田 秀輝、 出版 化学同人
土は私たちの生活には不可欠の材料である。西洋紙のなか30%、光沢のあるアート紙は40%以上の粘土鉱物が含まれている。軽い和紙に対して洋紙が重いのは、このため。6Hの鉛筆には55%、化粧品の口紅に15%、ファンデーションには40~70%も含まれている。
うへーっ、ちっとも知りませんでした。
カタツムリや卵は、表面に分泌液を出すこともなく、いつもピカピカ、きれいな表面をしている。なぜか?
カタツムリの表面を電子顕微鏡で見てみると、数十ナノメートルからミリメートルにいたる小さな凸凹がたくさん存在する。この凸凹が材料の表面エネルギーを変化させているから。なんだかよく理解できませんが、いろんな細かい仕掛けがあるのですね。
水のいらないお風呂が作られている。4リットルのお湯を泡にする。まったく水による圧力のかからない入浴感を楽しめる。うむむ、なるほど、そういうこともできるのですね。
シマウマの縞は風を起こす役割をもっている。縞の白い部分は熱を吸収しにくく、黒い部分は熱を吸収しやすくなっている。そのため、身体の表面で温度差が発生し、微妙な風の流れ(対流)が起こる。このおかげで、シマウマは常に身体を快適な温度に保つことができている。
むひょう。す、すごいですね。敵から見つけられにくくするためとばかり思っていましたよ。
アワビの貝殻は落としたくらいではびくともしない。ハンマーで叩いても、なかなか壊れないほど強靭だ。アワビの貝殻は、厚さ1マイクロメートル以下の薄い炭酸カルシウムの板を有機質の軟らかい接着剤で貼り合わせた「積層構造」になっていて、厚さ1ミリメートルの中に、その薄い板が1000枚以上重ねられている。貝殻にヒビが入っても、柔らかい接着層でヒビが止まり、薄板が一枚一枚、少しずつ壊れることで破壊エネルギーを吸収し、なかなか割れない。破壊するためには、炭酸カルシウム単体と比べて、3000倍の破壊エネルギーを与える必要がある。
ふむふむ、自然の驚異、そのすごさを改めて実感させられました。
(2009年1月刊。1700円+税)
2009年05月07日
風の中のマリア
著者 百田 尚樹、 出版 講談社
オオスズメバチの30日という短い一生をたどった物語です。知識としては知っていましたが、読み物仕立てになったストーリー展開は見事なものです。一気に読み上げ、オオスズメバチの雄々しくも(実のところ、戦士はメスたちばかりなのですが…)短い一生を知って、感慨深い余韻がありました。
オオスズメバチは、最大のスズメバチである。女王バチは50ミリほど、ハタラキバチは40ミリ以下、オスバチは40ミリ前後もある。非常に獰猛(どうもう)で、攻撃力も極めて高く、他の昆虫を襲って幼虫のエサにする。
大アゴの力は強力で、固い甲虫類の甲殻も噛み砕いてしまう。太い針から噴出する毒液は、大型の哺乳動物も殺傷する力がある。秋の繁殖期には、ミツバチや他のスズメバチの巣を集団で襲い、サナギと幼虫を奪い取る。
オオスズメバチは幼虫時代は肉食だが、成虫になると、逆に肉などの固形物は一切食べない。そのため、樹液や花密が食物の代わりとなる。最高の栄養源は、幼虫の出す唾液だ。そこには特殊なアミノ酸化化合物が含まれていて、そのおかげでオオスズメバチのワーカーは体内の脂肪を直接燃やしてエネルギーに変換できる。
脂肪を直接燃やすことのできるオオスズメバチは、体内に乳酸を発生させないので、どれほど運動しても、ほとんど筋肉疲労を起こさない。オオスズメバチが一日に100キロ以上も飛べる驚異的な運動量を誇る秘密は、そこにある。
ミツバチはエサ場を見つけると巣に戻って尻振りダンスで仲間にその場所を知らせる。オオスズメバチは、フェロモンで仲間をあつめる。フェロモンを察知して集まったワーカーは、3頭以上になると行動を一変させ、殺りくに終始する。飛来してくるワーカーの中には、仲間に栄養を補給するものもいる。戦場から巣にもどるときには、殺した敵の肉だけでなく、死んだ仲間の肉も持ち帰る。
攻撃は、たいてい一日で終わるが、ときに2~3日もかかる。集団攻撃を受けたスズメバチ類は、ほとんど全滅してしまう。
ニホンミツバチは、オオスズメバチの偵察ワーカーが分泌する「エサ場マークフェロモン」に反応して「蜂球」行動に移る。つまり、ニホンミツバチは、オオスズメバチがやってくると、大勢で取り囲んで、蜂球をつくる。そのなかは、摂氏46度まで上がる。オオスズメバチは、46度を超える高温にさらされると死んでしまうのだ。ニホンミツバチは46度までは耐えられる。その差が彼らの死生を分ける。
女王バチ、兵隊バチ、そしてオスバチなどがそれぞれ書き分けられていますし、隣接するハチなどが襲われていく状況などは憐れみも誘います。でも、そうしないとオオスズメバチは生き残れないのです。
自然界の過酷な生存競争について考えさせる面白い小説でした。
連休中、久しぶりに近くの小山へハイキングに出かけました。昼から雨はあがるという天気予報を信じて、小雨が少しぱらついていましたが、おにぎり弁当をもって小さなリュックを背負って出かけました。
土手には野アザミが一面に咲いていました。すっくと伸び立つ紫色のアザミの花は気品を感じさせます。山のふもとにあるミカン畑では、白いミカンの花が満艦飾でした。隣にビワ畑もあり、こちらは袋かけがおわっています。
ポツポツ降っている小雨が止みそうもありませんでしたので、頂上まで行くのは断念し、見晴らしのいい丘で腰をおろして弁当開きとしました。ウグイスやら名前のわからない小鳥がきれいな声でさえずってくれるなかで、おにぎりを美味しくいただきました。
なかなか晴れ上がってくれないなと思いながら帰路に着きました。家に戻って休んでいると、やがて雨は本格的に降り出し、天気予報もあてにはならないと思ったことでした。
(2009年3月刊。1500円+税)
2009年05月18日
蝶の道
著者 海野 和男、 出版 東京農工大学出版会
いのちあふれ、きらきらと輝く蝶の写真にただただ圧倒されます。魚眼レンズですから、蝶が目の前をヒラヒラ飛んでいるようです。
蝶は水たまりから水を飲む習性がある。土から溶け出したミネラル分を摂取するためだ。ただ、不思議なことに、集まるのは全部オスの蝶だ。
なんと、蝶が勢いよくオシッコしている写真まであるのです。すごい、ですよ。水をたくさん飲んでは、しょっちゅう排出するのです。
蝶にも飛んでいく蝶道がある。沢沿いに、開けた林道に沿って蝶道があり、そこでカメラを構えて待ち続ける。魚眼レンズを使っても、蝶までわずか1センチというところまで近づくため、逃げらることも多い。
蝶は、同じ種類同士で集まる習性がある。一匹が水を飲みに地面に降りると、まわりを飛んでいた同種の蝶も次々に舞い降りて、集団をつくる。繁盛しているレストランに、さらに人が集まるのに似ている。
蝶は、子孫を残すために交尾をする。オスの仕事はメスを探すこと。オスがとどまらずに草むらをとんでいたら、メスを探していると思っていい。それに対して、メスの仕事は卵を産むこと。メスが飛んでいるのは、産卵に適した植物を探しているのだ。
蝶は交尾しながら飛ぶこともある。たいていは、交尾直後に安全な場所に移動しようとするからだ。オスとメスのどちらが飛ぶかは、種によって決まっている。モンシロチョウの場合は、オスがメスをぶら下げて飛ぶ。
モンキチョウのメスは、オスに誘われると交尾する気がなくても後をついて飛ぶという面白い習性がある。
モンシロチョウは、農薬を使わない家庭菜園に多い。モンシロチョウが食べているキャベツなら、人間も安心して食べられる。
いやあ、そうなんですか。実際にキャベツを栽培してみたことがあります。そのとき、その大変さが身にしみて分かりました。毎日毎日、青虫取りに追われるのです。割りバシを使って青虫をつまんで踏みつぶす作業を続けましたが、とても追いつかず、まさしく虫食いだらけのキャベツとなり、人間はあえなくモンシロチョウに敗退してしまいました。2年ほどキャベツづくりに挑戦しましたが、ついに断念してしまいました。ということは、いま、店頭に並んでいる見事なキャベツには相当の農薬がふりかけてあるはずです。
表紙にある蝶の道の写真は、アマゾン(ペルー)の林道だということです。色とりどりのおびただしい蝶が舞う道です。こんな道が12キロも続いているというのですから、地球は広いですね。心の軽くなる、豪華絢爛たる蝶の写真集です。
(2009年2月刊。3600円+税)
2009年05月25日
凍った地球
著者 田近 英一、 出版 新潮新書
ええっ、地球が雪玉(スノーボール)のように凍りついていた時期があった……。とんでもない仮説です。地球って、火の玉地球から始まったはずなのに……。
かつて地球の表面は氷で完全に覆われていた。こんな衝撃的な事実が明らかとなったのは、この10年来のこと。火山活動による二酸化炭素の供給が現在の10分の1以下になると、地球は全球凍結を避けられないことが理論上の計算で導かれた。
でも、本当にそんなことが起きたのでしょうか……?
地球が誕生したのは、今から46億年前のこと。そして、その後の6億年間は、地質記録がほとんどない。
今から5000万年前のころ、地球は最温暖期だった。パリやバンクーバー(カナダ)のような緯度50度あたりまで、今のアマゾンにあるような熱帯雨林が分布していた。その原因は二酸化炭素濃度の増加にあった。
今から46億年前、誕生したばかりの太陽の明るさは、現在の70%程度だった。太陽は。時間とともに徐々に明るさを増しており、現在でも1億年に1%程度の割合で明るくなっている。うーん、そういうことってあるんですかね。地球も進化してるんですか……。
地球の大気組成は、時間とともに大きく変わっている。それは進化しているとも言える。原生代において、主要な生物のほとんどは海の中に生息していた。全球凍結が生じると、海は表層1000メートル程度が完全に凍結してしまうため、光合成生物が活動できる場は失われる。しかし、海洋は表層の1000メートルほどが凍結するだけで、深層領域は凍結しない。やがて、大気中の二酸化炭素分圧が0.12気圧にまで達すると、氷は赤道から一気にとけはじめる。
全球凍結現象というのは、全球平均気温の変動が100度にも及ぶような極端な気候変動である。
地球には、もともとオゾン層はなかった。生物が陸上に進出できたのは、大気中の酸素濃度が増加したことでオゾン層が形成され、それが太陽の紫外線を吸収してくれるようになったおかげだ。地球と生命は、お互いに影響を及ぼしあいながら、ともに進化してきたのではないか。これを、地球と生命の共進化という。
地球の全球凍結が生物進化のフィルターとしての役割を果たした。全球凍結によって生物の多様性が大幅に減少することでボトルネックが生じ、その直後に生物の多様化が促進された可能性がある。また、全球凍結の直後に大気中の酸素濃度が増加したことによって、生物の大進化が促進された可能性がある。
全球凍結イベントという破局的な地球環境変動が生じれば、生物進化に与える影響は計り知れない。全球凍結による生物多様性の大幅な低下と大気中の酸素濃度の増加が重なり、真核生物や多細胞動物の出現という、生物進化史上の大進化をもたらしたのだとしたら、全球凍結は生物の進化にとって決定的な役割を果たしたことになる。つまり、全球凍結がなかったら、地球上の生物は、いまだにバクテリアのままだったかもしれないのだ。うむむ、なんという逆説的な指摘でしょうか……。
地球は、いま、新生代後期氷河期のまっただなかにある。氷期と間氷期が10万年の周期で繰り返しており、ほんの1万年前までは寒冷な氷期だった。その後、地球は温暖な間氷期となり、人類は文明を発展させてきた。しかし、あと数千年から一万年のうちに、また再び氷期が訪れることは確実なのだ。
地球温暖化が叫ばれているなかで、いずれ地球に氷河期が来るという指摘がなされています。地球と私たち生物体との関わりを考えさせてくれる好著です。
(2009年1月刊。1100円+税)
2009年07月12日
タカの巣とり
著者 猪崎 隆、 出版 鉱脈社
楽しく読める童話のような話の本です。山里育ちではない私でも、なんだか身近なものとして想像できる少年時代のなつかしい話でした。
いまでは、宮崎でも、このような山里の体験をしている少年は少ないのではありませんか。実にうらやましい少年時代の思い出です。ですから、サブタイトルに「我が生涯の最良の日々」とあるのも、素直に、そうだろうなとうなずけます。
というのも、あのサシバをヒナを巣から獲って育てて、野に戻したという貴重な経験が淡々と語られているからです。すごいですよね。おかしなことに、タカと間違ってフクロウの子を巣から奪って育てようとした話も紹介されています。
そうはいっても、成鳥にまで育てる苦労は大変なものですね。毎朝、早くから田んぼなどに出て、カエルだけでなく、カナヘビまでとってきて、餌として与えるのです。
私も、子どものころはザリガニ釣りに夢中でした。ですから、カエルを捕まえると、片足を持って地面に思い切りたたきつけ、両手でカエルの両足を引き裂き、ザリガニ釣りのエサにすることに何の抵抗もありませんでした。今は、とてもそんなことはできません。子どもって、本当に残酷です。
タカ(サシバ)の子を巣から奪うにしても、あまりに早すぎると、人間の手で育てるのは難しい。卵の様子を見て、いつごろにヒナがかえるか判断する。これもすごいですね。
卵の汚れ具合で、だいたいの産卵時期を予想できる。産みたての卵は真っ白だ。日が経つにつれて茶色っぽくよごれていく。それで、ヒナがかえる日を想定する。なーるほど、ですね。そして、ヒナがかえっても、すぐには奪ってはいけないのです。
カラスは、人の目につく場所でも大木なら巣をつくる。しかし、サシバは木の大きさよりも、まず場所を選ぶ。人の近寄らない、見晴らしのよくきく山腹の急斜面を選ぶ。
サシバの喉には、子どもがいたずら書きでもしたような、一本の黒いタテの線があり、こっけいな感がする。この千から、サシバの名前がついた。
そして、サシバを育て上げ、ついに野に放すまでの日々が描かれています。
著者は、よき父と母をもったものだと感心しながら読みました。
我が家の庭にも小鳥たちはやってきますが、さすがにタカは来ません。私と同世代の著者の少年時代を描いた、いい本でした。
(2009年5月刊。1000円+税)
2009年07月13日
ダチョウ力
著者 塚本 康浩、 出版 朝日新聞出版
ええっ、ホントなの…!思わず、そう叫びたくなることばかり書かれた本です。これじゃあ、ダチョウって、まるで天才、人類の救世主じゃん…、と、つい思ってしまいました。
身長は2.5メートル超。巨体から振り下ろすキック力のすごさ。時速60キロを超える駿足。年間100個も卵を産む高い生殖能力。60年も生きる生命力。すごーい……。
鳥の中で世界一大きいのは、ダチョウだ。ところが、ダチョウの脳はネコなみに小さく、ネズミのように脳のしわがない。体重100キロを超す巨体でありながら、脳みそは300グラム。人間の脳の5分の1しかない。ええーっ。
ダチョウは集団行動をする。群れをなして行動する。軍隊行進のように足並みをそろえて走り出す。しかし、ダチョウの群れにリーダーはいない。一羽が動き出すのも、危険を知らせて仲間を守るというような高尚なものではない。何も考えていない一羽が何かのきまぐれで走りだし、それにつられて周囲のダチョウも走り出すというだけ。それぞれのダチョウが勝手に動いて、勝手に群れが振り回されて、右往左往しているだけ。いやはや……。
ダチョウのオスは、メスの前で求愛ダンスをする。くちばしが真っ赤になり、長い首をくねらせながら、羽を大きく広げて踊り出す。うむむ、ちょっと気味悪いかな……。
ダチョウには声がない。だから、群れがあっても物静かな集団だ。
ダチョウを飼うときには、主食はもやしを1日4キロ与える。オスはもやしとおからのみ。メスは卵を産むため、殻の原料になるかきがらを1.5キロ、おから、大豆のくず、ペレットを混ぜる。ダチョウの腸は直径10センチもあり、長さも2メートルと非常に長い。この腸管で消化吸収に40時間もかける。主食のもやしは水分と食物繊維がほとんど。ダチョウは食物繊維をムダなく消化している。ダチョウの糞に臭いが少ないのは、腸内環境がいいから。
食中毒に対応させたダチョウ抗体を口から摂取すると、悪玉といわれる大腸菌などの腸内細菌を減らし、腸内環境を整える働きがある。
ダチョウは、乾燥してホコリっぽいサバンナが原産だから、砂が目に入らないように、まつげがびっくりするほど長い。成鳥になると、警戒心が強く、何年付き合っても人になつかない。
ダチョウは脱走しても単独行動が苦手なので、放っておくと習性で必ず仲間の元に戻る。逆に、追い詰めれば追い詰めるほど、警戒して凶暴になり、かえって危険だ。
ダチョウの卵は、机の角にぶつけて割ることができない。殻は陶器のように硬くて分厚い。
2005年に日本全国に1万羽のダチョウがいた。それが3年で5000羽に減った。ダチョウは飼育に大変だし、お金にならないから。ダチョウは、ビジネスとしてはまったく成り立たなかった。ダチョウは人間の女性は襲わない。中肉中背の男性をライバルと見て襲う。
ダチョウは1個の卵から4グラムの抗体がとれる。ダチョウマスクに使うとしたら、卵1個から8万枚のマスクが作れるうえ、品質の均一性もある。
ダチョウ抗体マスクは、新型インフルエンザを食い止めることが出来る。ダチョウ抗体マスクの表面に塗っておくと、ウィルスが侵入しようとして攻撃をしかけてきたとき、ウィルスの増殖に関わる突起部分に抗体がカギとカギ穴のようにパカッとはまり、マスクの内側にまで侵入してこようとするウィルスの動きを止めてしまう。
ダチョウは簡単には死なない。ダチョウの傷の治り方は、並はずれて早い。ダチョウの傷の治りが早いのは、傷口の組織の細胞の歩き方が早く、傷口がふさがりやすいから。アトピー性皮膚炎、ひいてはガンの治療薬としても有望なようです。
うへーっ、こんなお馬鹿なダチョウがこれほど人間の役に立つ動物だなんて、信じられませんね。
それにしても命がけでダチョウ飼育に挑戦した学者と学生の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございます。
(2009年3月刊。1300円+税)
2009年08月03日
ニホンミツバチが日本の農業を救う
著者 久志 冨士男、出版 高文研
いやあ、日本にはニホンミツバチがいて、病気知らずで元気に飛びまわって日本の農業を支えてきたんですね。ちっとも知りませんでした。ミツバチと言えば、セイヨウミツバチとばかり思っていました。セイヨウミツバチは、人類と同じで、アフリカが発祥の地だそうです。
ニホンミツバチはトウヨウミツバチの亜称。アジアの多湿な環境に強いトウヨウミツバチの中でも、さらに寒冷地に適しており、強健なミツバチだ。ニホンミツバチは病気にかからない。
いまミツバチがいないと騒がれているのはセイヨウミツバチ。一群あたりの集蜜力が他の種に比べると抜群に高く、そのため世界中で飼われている。湿気に弱いため、病気にかかりやすい。人の手を離れたら、1年も生きていくのは難しい。だから野生化することはない。
ニホンミツバチは生活力が強い。冬は、セイヨウミツバチよりも低い温度で仕事を始めるし、夏は日没後まで働き、暗闇の中を巣箱に帰ってくる。ただ、ニホンミツバチは、セイヨウミツバチのように女王蜂を人工的に産出して群れを増殖させたり、花粉媒介用として利用する技術は、まだ確立していない。
古来、ニホンミツバチは日本の森林や農業を守ってきた。ニホンミツバチは野生種である。だけど、人間が優しく接すると、優しく対応してくれる。
ニホンミツバチがいないのは、北海道と沖縄のみ。あとは、日本中どこにでもいる。
ニホンミツバチを飼うのは容易である。ニホンミツバチは人に馴れるし、とてもおとなしい。面布や燻煙器も必要ない。
ニホンミツバチは黒っぽい色の縞模様の幅が均等であり、上を向いてとまる。セイヨウミツバチは、腹部の中央部がオレンジ色で先端が黒く、下を向いてとまる。
ニホンミツバチは、巣箱の中でお互いに寄りあって丸くなって過ごせるので、体温が逃げにくく、ミツも体温で柔らかくなるので、食べやすい。
ニホンミツバチは一つの巣に平均5000匹いる。その半数が花蜜や花粉を集めに飛びまわる外勤。半数が巣づくりや子育てをする内勤。この仕事分担は生まれつきに決まっているのではなく、年齢ならぬ日齢で決まっている。
初めは幼虫の世話をして、そのうち外から持ち込まれる花蜜の受け取りやら整理をし、やがて番兵となり、外勤になる。役割はフレキシブルで、必要に応じて変わる。
女王蜂は1匹だが、1年前に生まれた女王と、今年うまれた女王の2種類がある。
今年うまれの女王は護衛をともなって1週間ほど毎日、交尾飛行に出かける。このとき交尾をした雄蜂が多いほど産卵力が強い。女王蜂は2年間、毎日、数百個の卵をうみ続ける。そのための精子を1週間で貯めこむ。
ミツバチの巣分かれは働き蜂の総意で決まることで、女王蜂はそれに従っている。何の卵をうむのかも女王が決めるのではなく、働き蜂たちが決める。
働き蜂の寿命は忙しいときで2ヶ月、越冬ハチで4ヶ月。
女王蜂が老齢化し繁殖力がなくなるときは必ずやってくる。それは突然やってくる。女王が誕生して2年数ヶ月後のこと。女王に繁殖力がなくなると、働き蜂は少しずつ数を減らし、王国は消滅に向かう。女王が何らかの事故にあっていなくなると、働き蜂たちは絶望し、生きる意欲をなくし、何もしなくなる。ニホンミツバチは、人間と同じように、愛と生き甲斐をもって生きる動物である。
ニホンミツバチとは対話ができる。人に馴れ、仲直りすることもできる。最初の出会いが肝心で、これをパスしたら、敵ではないという認識が巣全体に共有され、その後は警戒されなくなり、少々のことをしても寛大に扱われる。
ニホンミツバチは人間は認識するが、個人の認識まではしない。ニホンミツバチは巣内では、お互いの身体を接触させているので、一匹のハチの感情は瞬時に全体のものになる。
うれしいときにはうれしそうな羽音を出し、いらだつときには苛立たしそうな羽音、怒ったときには甲高い羽音を出す。まるで人間と同じ心をもっているかのようだ。
セイヨウミツバチは、いちど手荒く扱うと、いつまでも忘れないくせに、優しく扱っても、なかなかそれに応えてくれるようにはならない。ニホンミツバチのもつ知的能力はオオスズメバチとの戦いを通じて培われてきた。
ニホンミツバチはオオスズメバチに集団で飛びつき、蜂球の中に取りこんで、体温を上げて5分で熱殺する。このとき44度にまで上がる。
ニホンミツバチ養蜂が生業として成り立っていないのは、一群あたりの生産量がセイヨウミツバチの8分の1でしかないから。
ニホンミツバチを長崎県五島で復活させた経験が紹介されています。ニホンミツバチをすっかり見直してしまいました。
(2009年7月刊。1600円+税)
2009年09月03日
羆撃ち
著者 久保 俊治、 出版 小学館
いやあ実にすばらしい本です。まさに読書する醍醐味をとことん味わわせてくれました。
男が野生の風になる瞬間を知った。その研ぎ澄まされた感性に羨望する。
これは、オビに書かれた言葉ですが、まさしく言い得て妙です。
森の中に一人分け入ってヒグマを追い続け、狙い定めて撃ち倒します。とても残酷です。ほめられたことではありません。でも、一対一の真剣勝負として、そこに生命を尊重しながらの戦いがえがかれているので、思わず拍手したくなるのです。そして、愛犬が登場してきます。一段と情愛細やかに狩猟場面が描かれます。その愛犬を日本に置いて、アメリカへ修行の旅に出ます。アメリカでの苦難の日々は、すごいものがあります。日本に帰国したとき、野も山も変わり果てていました。
今どき、こんな狩猟を生業とする人がいるのだろうかと、不思議な思いで読み進めて行きました。すると、なんと著者は私と同じ団塊世代だったのです。私が大学生のころ、著者は北海道の山奥深くに分け入って、感性を研ぎ澄ましていたのでした……。
ヒグマは本来、非常に警戒心が強く、常に人間とは距離を置こうとする。仔ヒグマを守らねばならないとき、自分のエサだと決めたものを守るとき以外、相手を威嚇する声は出さない。逃げるか、遠ざかろうとするのが、ほとんど。
藪を歩くときのように、どうしても音が出てしまう場合には、できるかぎりシカの歩調と間合いに似せた歩き方をするように努力する。上手にできたら、シカの警戒心をゆるめることが出来る。そして、気づかれるよりも先に見つける方法を心がける。それには、一つのことだけに心を奪われ過ぎず、あたり一帯に均一な緊張感で注意を払わなければならない。とくに目を見開いて探すより、半目にして見るほうが、かすかに動くものでも目の隅でとらえやすい。自分の肌で感じた天候、気温、風などを記憶し、寝跡、足跡、エサ場などの場所と採食時間帯を自分の記憶と照らし合わせてみることも大切だ。
シカを倒す。ナイフを取り出してシカの腹を裂く。その腹腔に凍えてかじかんだ両手を潜り込ませて温める。シカの最後のぬくもりが、痛いほどの熱さで両手にしみこんでくる。そのまま、しばしの間、じっとしている。最後のぬくもり、シカの生命のぬくもりの全部を両手にもらった。
焚火であぶっていたシカの心臓を、焼けたところから、小さなナイフで切り取っては口に入れる。うまい。新鮮な心臓特有の、チリっとした鉄臭い味が口いっぱいに広がる。そして、空っぽの胃に気持ちよく落ちていく。
うーん、なーるほどですね……。とても美味しそうですね。
シカを倒した時、心臓と肺を引き出す。心臓は割って血を出し、あらかじめ踏み固めておいた雪の上に置く。このとき、柔らかな雪の上に置いてはいけない。まだ体温が残っていて、それが雪を溶かし、雪の中に埋もれてしまう。そうすると、十分に血が流れる前に凍ってしまい、ベチャベチャした感じになって味が悪くなる。
雪の上に置いておいた肝臓の一片を少し切り、口に入れる。血の味といっしょに甘い味が口いっぱいに広がる。旨い。手負いで苦しんだり、興奮して死んだ獲物に比べて、苦痛や恐怖をほとんど感じることなく倒された動物の味は、いかにも旨い。
そうなんですか……。
寝袋にのって目を閉じると、手を凍りつかせたまま逃げたシカのことが思い出される。生きるということの凄さ、生きようと懸命に努力する姿を目の当たりにすること、それが猟の一番の魅力なのかもしれない。
ヒグマに出会ったとき、注視するとヒグマもなんとなくこちらを見るので、あわてて目をそらす。できるだけ楽な姿勢で見るともなく半目にしていると、ヒグマもこちらを見ない。
ヒグマを倒すと、仰向けにして山刀の峰で皮に筋目を入れてから、腹を裂き、内臓をとりだす。胆管を綿糸で縛ってから、胆のうを肝臓から切り離す。肺とすい臓はそばの木に掛け、他の動物に残す。胃と腸は、内容物を出して流れできれいに洗い、胆のう、肝臓とともにテントに持ち帰る。
ヒグマを倒したとき、最後に、胸腔にたまってプリンのようになった血に、腸間膜を細かく切って混ぜあわせ、裏返して雪で洗った腸に詰め込み、ブラッドソーセージをつくる。それを塩ゆでにして食べる。食べるもののすべてが、すぐに血となり、エネルギーになって、身体の隅にまで浸みこんでいく。
猟犬は、どんなに素質が良くても、主人の技量と心以上には育たない。猟犬を育てる側は、常に技と思考の向上を目指すことが必要となる。それを怠れば、素質のある犬ほど、自分の猟欲を満足させるために猟をするようになってしまう。
犬の持っている能力を十分に引き出すためには、気を抜いてはならない。ほめるにしても、叱るにしても、いついかなるタイミングで行うのかを常に考えながら、注意深く、丹念に丹念に訓練を重ねて行く。素質のある犬ほど基礎訓練の覚えも早く、猟のたびに新たなことを覚え理解していく。
猟犬にこれまで一人でやってきたヒグマ猟のことを話して聞かせる。猟犬に話して聞かせることは、大事な訓練の一つになる。
山暮らしするうちに感覚が鋭くなって、いつの間にか時計も使わなくなった。陽の高さと、自分の体内時計とで、何も不自由を感じない。とりわけ聴覚と嗅覚が敏感になった。
職業として狩猟を始めたころは、ヒグマに対する漠然とした恐怖と不安が、いつも頭の片隅にあった。攻撃することを決心したヒグマの恐ろしさは、半端なものではない。攻撃を決心するまでには時間がかかるが、一度決心を固めると、確実に攻撃に移り、焚火などがあっても、その攻撃を止めることはできない。
猟で生活するのは、あまりお金にはならないが、なんとか食うことは出来る。いつも十分で腹いっぱいとはいえないが、食うものは常にうまいと感じ、ありがたいと思って食うことが出来る。雨、風、雪、寒さ、暑さ、すべてが備わった自然の中で、生きること、生きていることが肌で感じられる。
すごい本です。思わず森の中にいる気分になって身構え、周囲を見回してしまいました。ありがとうございました。
(2009年8月刊。1700円+税)
2009年09月06日
フジツボ
著者 倉谷 うらら、 出版 岩波科学ライブラリー
海岸にいけば、どこにでもいるフジツボ。岩にしがみつき、へばりついている貝の仲間。そう思っていると、なんとエビ・カニの仲間の甲殻類だというのです。そして、エビのように脱皮しながら成長するというから、驚きです。
フジツボは、いったん付着面から取れると、貝と違ってくっつき直すことはなく、やがて死んでしまう。フジツボは、自前の殻を作っている。海水中のカルシウムを利用して成長する。フジツボの仲間は、恐竜が現れるはるか前の古生代カンブリア紀中期(5億3000万年前)から存在する。
フジツボの分布範囲は地球規模。
フジツボにも、こだわりがある。クジラに付くフジツボは、クジラ以外には断固として付かない。フジツボのペニスは、なんと自分の体長の8倍にまで伸びる。陰茎(ペニス)の先で卵が成熟した他の個体を探知し、ニューッと伸ばす。これによって移動せずとも離れた場所に付着している仲間との交尾が可能になる。
卵からかえった後、しばらくは海の中を泳ぎまわる。そして、フジツボは、後悔しないよう、くっついてしまう前に、念入りに下調べする。
フジツボの寿命は、種によってまちまちであるが、1年から長いもので50年にもなる。
あのダーウィンも、1万ものフジツボの標本を調べて研究し、4巻1200ページの著書を書いた。
フジツボは、環境汚染を調べる指標生物に、きわめて適している。
フジツボの生態がたくさんの絵と写真でとても分かりやすく紹介されています。フジツボのたくましい生命力を知ることができました。
サンモリッツには、セガティーニ美術館があります。ご多分にもれず、ここも昼休みは2時間あります。ですから、夕方は6時まで開いています。
私は、サンモリッツの町なかからぶらぶらと歩いていきました。ちょっとした森のなかに遊歩道が出来ています。いい気持ちで歩いていると、いつのまにか美術館に到着します。町の中心部から歩いて20分もかかったでしょうか。とても小さな美術館で、暗くて狭い入口でしたので、もう閉館しているのかと心配したほどです。
ここには画家セガンティーニの作品50点あまりが展示されています。2階の大きな部屋には、3枚の大作があります。自然の採光を取り入れた案内は、ちょっと薄暗いのですが、スイスの景色が、生、死、自然という3部作となっています。生と自然は夕方の景色で、死は総長の光の中で描かれているという対照が、意表をつきます。
私はフランス語のオーディオ・ガイドに聞き入りました。もちろん、全部を理解することはできません。それでも、何回も同じ解説を聞き直して、なんとか理解できました。やはり習うより慣れろ、です。
この美術館にいたのは1時間ほどですが、客の多くは日本人でした。すごいですね。日本人って。
(2009年6月刊。1500円+税)
2009年09月11日
リンゴが教えてくれたこと
著者 木村 秋則、 出版 日経プレミアシリーズ
先日、青森に行ってきました。リンゴが木になっているのを見ると、なんだか不思議な気がしてきます。どうしてこんなに重たいものが、たくさん木にぶら下がっているのだろうと疑問を抱いてしまいます。
私の毎朝は、リンゴとニンジンそして青汁のジュースから始まります。もう何年も続けています。おかげで、健診を受けるたびに境界型糖尿病と指摘されていたのが、パッタリ止みました。ですから、リンゴを一年中、欠かさず食べているのです。
この本を読んで、完全無農薬で育てた木村さんちのリンゴをぜひ味わってみたいと思いました。
完全無農薬で育てながら、なんと虫もつかないというのです。信じられない話です。私は、庭でキャベツを完全無農薬で育てようとしたことがあります。でも、見事に完敗しました。世の中、そんな甘いものじゃありませんでした。毎日毎朝、青虫との戦いでしたが、まるで完全に敗北してしまったのです。
写真を見ると、私より断然年長のように思われるのですが、なんと、私の一歳年下だったのでした。大変な苦労をしたうえ、農薬のせいで歯を悪くしてしまったので、年齢以上に老けて見えるようです。
リンゴはバラ科の植物。葉がでんぷんを作る。
青森県はリンゴの病害中に関する条例を定め、肥料や農薬等で徹底した防除管理をしていた。通告された畑の持ち主が、県の指導を無視すると、強制伐採、そして30万円の罰金が科せられた。農薬を使わない木村さんは、「かまど消し」つまり破産者扱いとなり、村八部同然となりました。
害虫がたくさん害を及ぼすようになると、初めて益虫が出てくる。しかし、食べつくされることはなく、害虫も益虫もいっこうにずっと消えない環境にある。不思議な仕組みだ。
木村さんは、リンゴの木に話しかけていったのです。声をかけなかったリンゴの木82本は枯れてしまったといいます。まさか……。本当のことでしょうか?
無農薬栽培の基本は、園地を放任することではない。剪定、園地の手入れ、土づくりなど環境の整備をすることが大切だ。
自然栽培で失敗しないためには、穴を掘って、10センチ刻みに温度計で測ること。自然の山では、地表の温度と地下50センチの温度には、ほとんど差がない。
普通の畑は、20~30センチのところに硬盤層があるから、その冷えたところを破壊しなければならない。
大規模農家でリンゴ園をやった人は、みんな失敗している。リンゴは、手作業の割合が大きく、人件費など経費がものすごくかかる。昔から、リンゴは労多く益なくといわれてきた。
木村さんのリンゴのつるは柔軟性があり、しなやかで、落下しにくい。ちょっとくらいの風では、びくともしない。
無農薬のリンゴづくりに長い間挑戦し、ドン底の生活を余儀なくされながらも、畑とリンゴの木をよくよく観察して、その泥沼から苦労してはい上がった木村さんの話には、感動的なものがありました。大したものです。
サンモリッツの3日間は、快晴に恵まれました。それもそのはずです。サンモリッツの晴天日は、年間平均で322日もあるというのです。実は、ついた初日は夕方近く少し曇ってしまい、すぐ近くにあるピッツ・ネイルという3000メートルの高さの展望台は、ガスに包まれていました。
ヤギの一種というアイベックスのブロンズ像の前で、たまたま一緒になった日本人夫婦に記念写真をとってもらいました。
そして、サンモリッツは涼しいのです。というのも、標高1800メートルの高さにある街なのです。そこで、ガイドブックは次のように書いています。
サンモリッツに着いてまずやるべきことは、深呼吸。サンモリッツの空気は、古くからシャンパン気候として有名だ。泡のなかで光の粒がはじけるような爽快感がある。
いやあ、これが誇大広告とは思えない爽やかさが、たしかにサンモリッツ湖の周辺を歩いていると味わえるのでした。両手を大きく広げて、何度も深呼吸してしまいました。
サンモリッツ湖を見下ろす高台にホテルがあります。カールトンホテルは明かりが見えません。閉鎖されている気配です。私はクルムというホテルに3泊しました。湖に面した部屋を注文すべきでした(もちろん割高になります)。反対側の部屋でもケーブルカーが見え、牛たちが急斜面で草を食んでいる光景が見え、また、ピサの社党のように全体が傾いた教会の塔を眺めることができ、負け惜しみのようですが、それなりの風景が眼前に広がっていました。
私のブログにスイス・イタリアの風景写真を紹介しています。ぜひ、そちらものぞいてみてください。
(2009年6月刊。850円+税)
2009年09月22日
くらげ
著者 中村 庸夫、 出版 アスペクト
海月、水母、久羅下。クラゲをあらわす言葉です。海の中をふわりふわりと漂っていくクラゲは夢幻の存在というほか言い表しようがありません。
英語ではゼリー・フィッシュというそうですが、まさしくゼリー状の姿をしています。でも刺されたら痛い存在です。私も子どもの頃、お盆過ぎに海水浴をして、クラゲに刺されて痛い思いをした記憶があります。
クラゲは古事記にも登場しているそうですが、なんと、魚や恐竜よりはるか古く、10億年前に地球上に現れたといいます。
脳も心臓もエラも骨もない。動物でも魚でもない。プランクトンなのである。
海の中をフワフワと漂っているのは、クラゲの一生の中のほんのわずかな期間であり、その他の期間は「ポリプ」の姿で付着生活をしている。
さまざまなクラゲの生態が見事な写真で紹介されています。コンパクトな写真集ですが、生物の多様性を発見・実感させるものとなっています。
漆黒の水中に体を輝かせて浮かぶ姿は、まるでUFOが宇宙から舞い降りてくるような錯覚をおこさせた。
こんなキャプションがついていますが、まったくそのとおりです。
しかも、いかにもカラフルな姿がカラー写真で紹介されています。造形美の極致というべきクラゲの姿は、いつまでも見飽きることがありません。
(2009年3月刊。2000円+税)
2009年10月11日
自然界の秘められたデザイン
著者 イアン・スチュアート、 出版 河出書房新社
1,2,3,5,8,13,21,34,55、89,144…。3つ目以降の数字は、どれも、その前の2つの数字の和となっている。そして、ユリの花びらは3枚。キンポウゲは5枚。ヒエンソウの多くは8枚。アラゲシュンギクは13枚。アスターは21枚。ヒナギクとヒマワリは34枚から55枚、また89枚。大きなヒマワリになると花びらは144枚だ。
この数字をフィボナッチ数という。フィボナッチというのは、12世紀のイタリア・ピサの人である。いやあ、どういうことなんでしょうね、この規則性は…。
シダの葉は、一部が全体を縮小した形をしている。シダの茎の両脇には、細かく分かれた葉が何枚も並んでいる。葉は茎の根元に近いほど大きく、先端に近づくほど小さくなって、全体として柔らかな三角をつくっている。そして、これが、一つ一つの葉にあてはまる。シダの種数によっては、この構造が4度も繰り返される。
これまた、不思議なことですね…。
古代ギリシアの哲学者プラトンは、正多面体が5つしかないことを知っていた。正四面体、立方体(正六面体)、正八面体、正十二面体、正二十面体である。
シマウマは縞模様のおかげで、草原でも目立たぬように草を食める。トラは縞模様のおかげで、ジャングルで待ち伏せするときに気づかれずにすむ。縞柄のチョウチョウウオやスズメダイは、すみかであるサンゴ礁の色合いにあわせて飾りたてられている。
黄褐色のライオンは砂漠の砂と同じ色だ。ヒョウがまだら(斑)の皮をまとっているのは、枝にうずくまっているときに木漏れ日の模様に溶けこむためである。
自然界の生物のデザインの豊富さ、その奇抜さは、人間の想像力をはるかに超えるものがありますよね。そして、その規則性にも感心してしまいます。どうして、そんなことが可能になったのでしょうか。神のみぞ知る、ということでしょうか…。信じられません。自然には不思議さがあふれていますよね。
(2009年2月刊。1600円+税)
自然界の秘められたデザイン
著者 イアン・スチュアート、 出版 河出書房新社
1,2,3,5,8,13,21,34,55、89,144…。3つ目以降の数字は、どれも、その前の2つの数字の和となっている。そして、ユリの花びらは3枚。キンポウゲは5枚。ヒエンソウの多くは8枚。アラゲシュンギクは13枚。アスターは21枚。ヒナギクとヒマワリは34枚から55枚、また89枚。大きなヒマワリになると花びらは144枚だ。
この数字をフィボナッチ数という。フィボナッチというのは、12世紀のイタリア・ピサの人である。いやあ、どういうことなんでしょうね、この規則性は…。
シダの葉は、一部が全体を縮小した形をしている。シダの茎の両脇には、細かく分かれた葉が何枚も並んでいる。葉は茎の根元に近いほど大きく、先端に近づくほど小さくなって、全体として柔らかな三角をつくっている。そして、これが、一つ一つの葉にあてはまる。シダの種数によっては、この構造が4度も繰り返される。
これまた、不思議なことですね…。
古代ギリシアの哲学者プラトンは、正多面体が5つしかないことを知っていた。正四面体、立方体(正六面体)、正八面体、正十二面体、正二十面体である。
シマウマは縞模様のおかげで、草原でも目立たぬように草を食める。トラは縞模様のおかげで、ジャングルで待ち伏せするときに気づかれずにすむ。縞柄のチョウチョウウオやスズメダイは、すみかであるサンゴ礁の色合いにあわせて飾りたてられている。
黄褐色のライオンは砂漠の砂と同じ色だ。ヒョウがまだら(斑)の皮をまとっているのは、枝にうずくまっているときに木漏れ日の模様に溶けこむためである。
自然界の生物のデザインの豊富さ、その奇抜さは、人間の想像力をはるかに超えるものがありますよね。そして、その規則性にも感心してしまいます。どうして、そんなことが可能になったのでしょうか。神のみぞ知る、ということでしょうか…。信じられません。自然には不思議さがあふれていますよね。
(2009年2月刊。1600円+税)
2009年10月12日
人が学ぶイヌの知恵
著者 林谷 秀樹 渡辺 元ほか、 出版 東京農工大学出版会
私は犬派です。幼い頃から犬と一緒に育ちましたから、犬には愛着があります。猫はどうも好きになれません。
子どもたちが小さいころ、柴犬を飼っていましたが、私の不注意もあって蚊に刺されてフィラリアで死なせてしまいました。この本を読んで、犬について改めていろいろ知ることが出来ました。
メス犬の生理出血は人間と違って、排卵前後に起きるから、もっとも妊娠に適した時期である。
イヌは汗をかいて体温を下げることが出来ない。かわりに唾液を蒸発させて、熱を放散させている。
イヌは肉食に近い雑食なので、丸呑みするのが正しい食べ方である。
イヌは食べ物の味より臭いで学習し、それによって好き嫌いがある。一般に大型犬は味オンチで、小型犬は好き嫌いの激しい傾向にある。オスよりもメス犬の方が好き嫌いが多い。
イヌは甘いものが大好きだ。イヌはネコと違って腐肉も好き。イヌはビタミンCを体内で合成できる。イヌは汗をかかないから塩分の排泄が出来ないので、ヒトと同じように塩分をとると、塩分の取り過ぎになって高血圧になる恐れがある。
イヌの嗅覚はヒトの1億倍もの感度を持っている。イヌの動体視力は優れているから、テレビ画像はヒトと違ってコマ送りにしか見えない。
イヌがヒトと同じものを食べていると栄養学的に問題があり、虫歯にもなりやすい。ドックフードが好ましい。そして、イヌにはタマネギやチョコレートを与えてはいけない。
イヌも心の病にかかる、飼い主の夫婦げんかが絶えないと、神経性の脱毛症を引き起こすことがある。飼い主と離れていると、鬱状態になり、食欲をなくしてしまう。
イヌは排便したあと、うしろ足で土をかけるような行動をとるが、それは便を隠すためではなく、自分の臭いをつけるため。
イヌにとって、臭いは大切な社会的コミュニケーションの手段の一つなのである。
イヌは叱られると、あくびをしたり、自分の口をなめたり、目をそらしたり、背中を向けてすわったりする。これは飼い主を馬鹿にしているのではなく、怒っている飼い主に対し、落ち着いてよ、もうやめてよと伝えていると同時に、自分を落ち着かせようとしているもの。
イヌは、もともと群れで生活する動物なので、ひとりで放って置かれるのは苦痛に感じる。そこで、飼い主の外出がイヌにとっての一大事にならないよう、日頃から、慣れさせておくべきだ。留守したときにイヌの気が紛れるようなオモチャを与えるのもいい。
イヌは、過去の出来事を記憶する能力はあっても、判断応力は欠けている。悪いことをしたイヌを後になって怒っても、なぜ怒られているのか、理解できない。
イヌは、ヒトの感情や意図を敏感に読み取ろうとし、その動作を積極的に模倣しようとする。イヌが飼い主の家族に順位をつけて認識しているという話は最近は否定されている。
イヌが腹を見せるのは、服従や信頼を示すシグナルである。しかし、それを強制すると、イヌとの信頼関係を壊してしまう。
イヌとのことで知らないことが多すぎたと反省させられました。
(2009年7月刊。1400円+税)
2009年10月19日
ホタルの不思議
著者 大場 信義、 出版 どうぶつ社
初夏というより、晩春でしょうか。5月の連休(ゴールデンウィーク)が終わって間もなく、我が家から歩いて5分のところの小川に、毎年、ホタルが飛び交います。ほっとするひとときです。
著者は企業の研究所に入り、そして中学校の教員となったあと、博物館の学芸員としてホタルの研究に専念するのでした。これもすごいですよね……。
私が東京のような大都会ではなく、田舎で弁護士を続けているのも、歩いて5分のところでホタルの光を眺めることができることの良さに価値を見出しているからです。
ホタルの放つ光は、次のような生化学的な酸化反応による。酵素であるルシフェラーゼとルシフェリン、ATP(アデノシン三燐酸)などの物質が混ざり、そこにマグネシウムイオン、酸素が加わると反応がすすみ、発光する。この反応は効率が非常に高く、蛍光灯などとは比較にならないほどエネルギーを光に変えている。このため、ほとんど熱を伴わないことから、冷光とも言われる。そしてホタルは発光反応を自由に制御している。
ホタルには、せっかちな西日本型(2秒に1回発光する)と、のんびり発光する東日本型(4秒に1回発光する)がある。発光パターンだけでなく、産卵習性も異なっている。
ゲンジボタルの幼虫は、4月の雨が降るあたたかな夜にサナギになるため、一斉に発光しながら川岸に上陸して、土に潜る。ホタルは、幼虫も光るのですね……。見たことはありませんが、なんだか夢幻的な光景です。
西日本のゲンジボタルのメスは、100個以上の集団となって産卵する。しかし、東日本のゲンジボタルは、同じ種でありながら、集団産卵はしない。
パプア・ニューギニアにはホタルの木というのがあるそうです。オスのホタルが集まり、集団となって発光してメスを呼び寄せるのです。この木が切られてしまったら、このホタルは絶滅するだろうと予想されています。そうならないことを祈ります。
我が家から歩いて5分のホタル出現地にも、すぐそばに新しく道路がつくられています。レジャーランドへ通じる便利な道路として開設されつつあるのです。でも、いったい、このレジャーランドが、いつまでもつのか、私には疑われてなりません。
自然環境を孫の代にまで残したいものですよね。
庭の合歓(ねむ)の木が、またふわふわとしたピンクの花を咲かせ始めました。この花を見ると、なぜかいつも子どもの頃の心のときめきを覚えます。どうしてかなと考えていると、夏祭りの提灯に描かれていた花や金魚などの鮮やかなピンクの色を連想させるからだと思い当りました。
我が家の庭の合歓の木は小さいのですが、お隣にあるのは大きくて、慮杖を大きく広げるほどに全面に咲いて、それはそれは華やかです。
朝、居間の雨戸を開けると、目の前に秋明菊の花が飛び込んできます。すっと高く延びた茎に、純白の花びら、そして真ん中はクリーム色になっています。気品あふれる、見るからに清々しさの伝わってくる花です。そばに紫色の斑(ふ)入りの不如帰(ほととぎす)の花も咲いています。稲刈りも間近の秋です。
(2009年7月刊。2200円+税)
2009年10月26日
先生、子リスたちがイタチを攻撃しています!
著者 小林 朋道、 出版 築地書館
大好評の先生シリーズです。毎回、私も楽しく読ませていただいています。
私も、動物を飼育してみたいという気持ちはあるのですが、あちこち旅行もしたいし、両立できませんので、あきらめています。本当は犬を飼って、毎日散歩したいのです。
といっても、我が家の庭にはモグラがいますし、ヘビもいます。そして、夜になるとヤモリが窓に貼りつきます。小鳥はキジバトそしてヒヨドリは常連です。もちろん、スズメ軍団もいます。春にはメジロ、そしてウグイス、さらにはカワラヒラなどもやって来ます。山のふもとの近くに住んでいますから、それなりに豊かな自然に恵まれています。ただし、モグラは生きた姿では見たことがありません。見るのは、地上の死骸となっているときです。庭のあちこちに土が盛り上がりますので、何頭ものモグラがいることは間違いありません。
ヘビの姿の方は、幸いにして最近は見かけません。ただし、庭に出るときには、思わぬ遭遇ということにならないように用心しています。
先生シリーズは、鳥取環境大学で動物行動学と人間比較行動学を専門にする小林先生の日常生活が愉快なタッチで紹介されています。微笑みながら、動物と人間の行動科学が学べるという勝れものの本です。
イタチ科の動物であるフェレットを飼育したときの顛末は面白いのですが、その顔写真がなんとも可愛らしいのです。いやあ、これはぜひ飼ってみたいと思いました。実際に飼うと大変なんでしょうね……。
シマリスの子どもたちがカタカタカタという音を一斉に立てて、イタチ(フェレット)を撃退するのは実証する実験は面白いものです。やはり、学者になるには、少し奇抜な発想のできることが必要なんですね。ということは、やっぱり学者は変人に限る、ということでしょうか…(おっと、失礼しました)。
ヤモリは家守り。イモリは井守り。ヤモリは爬虫類、イモリは両生類。ヤモリの尿は、白色のねっとりとした半固体状、イモリの尿は液体。
アカハライモリの生態を探求するためには川岸のアシを夜中に鎌で刈りつくす作業が必要となる。その作業のため、小林先生は、ついに腱鞘炎となり、両手首にサポーターを巻かざるをえなくなりました。学者って、それほど大変な職業なんですね。いやはや、学者なんてならなくて良かったと私は思ったことです。本を読むだけなら、私も出来ますから…。
モグラはミミズだけでなく、セミも食べる。私は、初めて知りました。そういえば、うちの庭にも、もちろんセミの幼虫はいます。7年ほども地中にいて、地上ではわずか1週間の生命というはかなさです。
面白いシリーズの本です。どうか、引き続き、がんばって面白い本を書いてくださいね。
(2009年8月刊。1600円+税)
2009年11月02日
モグラ博士のモグラの話
著者 川田 伸一郎、 出版 岩波ジュニア新書
我が家の庭にモグラがいることは間違いありません。でも、死んだモグラしか見たことはありません。この本を読むと、モグラの生態ってまだまだわかっていないことがたくさんあるんですね、びっくりしました。こんな身近な存在なのに、分からないことだらけというのも不思議ですよね。著者はモグラ博士ですが、ぜひいっしょにモグラの謎を解明しましょう、と呼びかけています。
モグラには目がない。目はあるけれど、皮膚でおおわれてしまっている。モグラは光を感じることができない。また、その必要もない。モグラの棲む地下世界は夜の闇よりもっと暗く、まさに真っ暗。ここまで光がない環境だと、目は必要ない。
モグラの鼻には、アイマー器官というのがあって、微弱な振動を感知することができる。これによってモグラのトンネルにミミズが出てきたことなどを知る。
モグラは、地上を歩くのは苦手。モグラ塚は地上との出入口ではない。
西日本にすむ大きなコウベモグラがどんどん北上していって、小さなアズマモグラを北東に押しやっている。この分布境界線は、富士山から金沢市を結ぶ線あたりにある。
モグラのテリトリーは、水田の1枚から2枚ほど。モグラの寿命は3年から4年。5年も生きていたら珍しい。メスは一度に3匹から6匹の子どもを産む。ただ、モグラの人工的な繁殖に成功した例はない。
モグラは植物を食べない。そうなんです。でも、毎年春のチューリップ畑を目ざしている私にとって、モグラはチューリップの球根を地上に放り出すという厄介者なのです。
モグラはトンネルに穴が開くことをとても嫌う。出入り口が開くと、すぐに土を持ち上げて隠してしまう。というのも、ネズミなどが入ってきたりするからです。
モグラは、1日3回食事をする。おなかがすくと、体力を消耗してすぐに死ぬ。そのため、早朝、夕方、深夜と3回トンネル内の見廻りに出かける。モグラが何度も繰り返し利用し続けるトンネルは、モグラのブラシのような被毛によって壁が磨かれ、つるつるの硬い壁面になっている。
モグラは温帯にすむ。暑いところにもすごく寒いところにも住んでいない。いやはや、モグラって、こんなに分かっていないことが多いのか、ホント不思議ですよね。
モグラが生きて捕まるのは、母親モグラが子育てが終わって、子どもモグラを追い出すときだというのです。なーるほど、子別れって命がけなんですね。
モグラの不思議な話が盛りだくさんの面白い本でした。
(2009年8月刊。780円+税)
2009年11月07日
熱帯の夢
著者 茂木 健一郎、 出版 集英社新書ヴィジュアル版
アメリカ大陸、中央アメリカにある小さな国、コスタリカは、軍隊を持たない国として有名です。そして、熱帯雨林を積極的に保全し、観光資産としています。私も一度は行ってみたいと思いますが、言葉の問題もありますので、実際に行くのはフランス語圏に決めています。
それはともかくとして、コスタリカの国土は5万平方キロメートルですから日本の7分の1以下となります。そこに、1000種類もの蝶が生息している。日本の蝶は230種類でしかない。コスタリカの蝶は、日本の30倍以上の「種密度」となる。
ヘレノールモリフォチョウは大きな目玉模様をいくつも持っています。そして、羽を開くと、その裏に怪しげなまでに輝く青色を示します。羽の鱗粉の構造と光の干渉によって
もたらされる輝きです。
擬態について、次のように著者は説明します。はたして、この説明は完璧なものなのでしょうか。私には、いささか疑問です。
ドクチョウやトンボマダラには、それに擬態した蝶や蛾がいる。これらの蝶そっくりの羽をしているが、ほんとうはまったく別の系統の種で、体内に毒もない。それが、長い進化の過程で似たような姿かたちになる。もちろん、あの蝶に似ようと意識してやるのではない。遺伝子の変異によって、さまざまな色かたちの個体が生まれるなかで、たまたま毒をもった蝶に似ている形のものが淘汰の中で有利となり、より多くの子孫を残す。そのような微小な変異が積み重なって、やがてそっくりの外見になる。
どうなんでしょうか。蝶にも「種としての意思」があるのではないでしょうか。そして、「たまたま」ではなく、何かの意図にもとづいて毒をもった生物に似せようとしていると解すべきではないのでしょうか。著者は種としての生きものの「意思」を、あまりにも無視しているように思われてなりません。
東大の理学部をでて、法学部を出て、さらに大学院で物理学を修めたという学者です。恐るべき優秀さですね。すごい学者が脳についてとても分かりやすく語ってくれますので、私はずっと愛読者です。
(2009年8月刊。1100円+税)
2009年11月09日
建築する動物たち
著者 マイク・ハンセル、 出版 青土社
ハキリアリというアリは、最近ではかなり有名です。南アメリカに住み、葉を切り取って巣に運び、専用のキノコ畑を栽培しているアリです。その巣は地下6メートル、800万匹の成虫と200~300万の卵や幼虫がいます。その巣にセメントを流しこんで型をとった写真が紹介されています。セメントを6.7トンも流しこんだのですが、そばにいる人間が小さくしか見えません。それほど、スケールの大きい巣なのです。
シロアリの大きな塚がある。そこには、塚の表面を風が通ると、頂上部分では気圧が根元に比べて小さくなるから、空気が塚の上部から流れ出て、下のほうから侵入することになる。こうやって、塚の中の換気が実現する。うへーっ、す、すごいですね、これって……。
ハチやアリといった社会性昆虫の巣作りにおける組織系統の実態がわかってきた。それは人間とは異なり、リーダーシップなるものが存在しない。責任者という個体や個体群はいない。階層的な構造や管理部門もない。
たとえば、シロアリに理解や判断はほとんど要求されない。シロアリは仕事を探しまわるだけで、作業の方法については、自分のなかから、そしてつくる場所は建物自体から指令を受ける。いったん着手した仕事は、誰がやってもコミュニケーションの必要もないまま続いていくし、完成する。うむむ、そういうことなんですか……。不思議ですね。
ニワシドリのメスにとって、配偶者の選択は、それを探す情報量においても決心するまでに注ぎ込む時間と労力においても複雑な過程である。メスは巣を作る前から、オスの不在の折を狙っていくつかのパワー(巣)を訪れて点検する。そして、次にオスがいるとき、そのうち、いくつかにもどって求愛ディスプレーを見る。しかし、まだ交尾しない。それから1週間ほどかけて産卵のための巣作りをしてから、前に訪れたパワーのいくつかに改めて戻って、再び、選ばれたオスの求愛を受ける。そして、最終的に、そのうちの一羽と交尾する。
メスが慎重にオスを選ぶというのは、ゴリラやチンパンジーだけではないようです。もちろん、人間についても言えることでもあります。だから独身の男女が増えているのでしょうか……。
(2009年8月刊。2400円+税)
2009年11月24日
イルカ
著者:村山 司、出版社:中公新書
イルカという名称は生物学・分類学上の正式なものではなく、あくまでも便宜的な呼び名に過ぎない。
口のなかにヒゲ板があるのがクジラ、口のなかに歯があり、からだの小さいのがイルカである。
イルカはクジラと違って、それほど大きな回遊はしない。
いったん陸に上がった動物のなかで、イルカやクジラの祖先は今から6500万年前に再び海に戻っていった。それは、大規模な地殻変動によって陸地が動き、その結果、イルカやクジラの祖先は海に追いやられたからだという有力な学説もある。
イルカは弾力的な皮膚をもっているため、渦流が生じず、抵抗が少ない。イルカの皮膚は、2時間ごとに垢となって落ちていく。これも余分は抵抗を減らすのに有効なのだろう。
イルカやクジラには、胃が4つある。体温は37度ほど。
イルカの胸ビレのなかには、5本の指の骨が今も存在する。
イルカは数分間、呼吸しなくても平気。時速30キロで泳げる。イルカは水中で呼吸しない。急な潜りと浮上をくり返しても、潜水病に苦しむことはない。イルカの肺は非常に強く、肺胞がつぶれても肺自体が破裂することはない。肋骨も間接が柔らかいため、折れることはない。
イルカは海水を直接のむことはしない。餌のなかにふくまれる脂肪を分解するときにつくり出される水を利用する。
イルカは半球ずつ眠る半球睡眠をしている。
イルカの子育てはメスだけがする。そして集団で行う。集団のなかで、子イルカを群れの真ん中に位置させ、敵から子どもを守る。ゾウに似ている。そして、乳母役のイルカがいる。母親のほかに、出産経験のあるメスや年配メスのイルカが子イルカの面倒をみる。
イルカは優れた聴覚をもっている。イルカはホイッスルを用いて、お互いに交信している。そして、イルカは人間と遊ぶことが大好きである。
イルカのことがとても分かりやすく紹介されている本でした。
天草ではイルカがたくさん泳いでいるのを見れるようです。ぜひ行ってみたいと思います。
和歌山の白浜温泉では、バブルの象徴ともいうべき「ホテルK」を実見してきました。ともかくすごい。想像を絶する豪華さです。マダガスカルと南アフリカにしか生えていないバオバブの木の一木彫りの大きな扉が南紀白浜にあるだなんて、信じられません。
門をはいると、貴族の十蛇の服装をしたボーイさんが2人出迎えてくれます。エントランスから建物に入ると、広い広いホールです。高くて見上げると首が痛くなる天井は、金箔がはられています。大きくて太いエンタシスの柱は、いかにも高価そうな大理石です。
一泊50万円の部屋を見学させていただきました。一体誰が泊まるのか、不思議でなりませんでしたが、それでも、泊まる人はいるようです。といっても、楽天で予約すると、かなり割安で予約できるということです。確かに白浜の海に面した部屋で、気持よく過ごすのもいいかもしれません。
大阪の佐伯照道弁護士の『なぜ弁護士は嘘を見破れるのか』に紹介されているホテルです。こちらの本も読んでみてください。勉強になります。
(2009年8月刊。740円+税)
2010年01月24日
生きものたちの奇妙な生活
著者 マーティ・クランプ、 出版 青土社
オーストラリアのニワシドリが紹介されています。
メスは見回って、あたりにある全部のあずまやを点検する。
メスは幸運なオスを一匹選んで、そのオスのあずまやの戸口に行く。オスは歌い、飛び跳ね、突飛なダンスを踊り、骨や貝殻その他のものをくちばしで拾い上げ、頭を上下させて物体を振る。そして、それを放り出して別のものを拾い上げ、同じことをする。その間、メスはオスの様子を眺めて吟味する。それが気に入れば交尾する。そのあと、メスは飛び去っていく。オスは冷静さを取り戻し、あたりを片づけ、散らばったものを正しい場所にきちんと戻す。そして、別のメスを迎え入れる準備を整える。
NHKの映像でも見ることができましたが、オスの涙ぐましい努力には笑うどころか、身につまされてしまいました。男って、本当に辛いのですよ。決して寅さんばかりじゃありません。
オーストラリアのカエルは胃の中で子育てをする。
メスは21~26個の受精卵からおたまじゃくしを飲みこみ、胃の中で6~8週間のあいだ、食道が拡張して小さな子ガエルを吐き出すまで、そこで育てる。母親の胃の中で発育する間、オタマジャクシは体に貯蔵した卵黄だけを栄養源にしている。母親がなぜ子どもたちを消化してしまわないのか。子どもたちは、母親の胃酸の分泌を阻害する物質を分泌している。子どもたちが外界に出ると、母ガエルの胃は正常な消化機能を回復する。
うへーっ、す、すごいですね、この仕組みって。自然界は驚異に満ちていますね。
ウサギは2種類の糞をつくる。昼間の糞と夜の糞だ。夜の糞には細菌がぎっしり詰まっている。ウサギは夜の糞を食べて細菌をリサイクルするとともに、その過程で養分を吸収している。うむむ、糞なんて汚いだけという思いを捨てなくてはいけません。生きる糧でもあるのですね。
インドでは、スカラベが人間の排泄物を毎日4~5万トンも埋めている。アフリカでは、ゾウの新鮮な糞の山には、15分以内に4000匹のスカラベが集まる。
中国、オーストラリア、南米の人はゴキブリを食べる。アフリカの熱帯では蚊を食べている。いやはや、とんだことです。こんなものも食べる人がいるのですか……。
この世は、不思議な生き物でいっぱいなんですね。
(2009年5月刊。2400円+税)
2010年02月21日
タイガとココア
著者 林 るみ、 出版 朝日新聞出版
釧路市動物園で産まれた、後ろ脚に障がいをもつアムールトラ2頭の生育日誌です。残念なことに、そのうちの1頭は1年あまりで死んでしまいました。でも、動物園の飼育員の皆さんの懸命な飼育状況がたくさんの写真とともによく伝わってきます。
私も、今や日本一有名な旭山動物園に見学に行ったことがあります。広々とした大自然のなかで、アザラシやペンギンなど、たくさんの動物たちが生き生きと生育しているのを見て、心を打たれました。この釧路市動物園には行ったことがありませんが、釧路には3回ほど行きました。今度行くときには、この動物園に立ち寄ってココアちゃんを拝んでこようと思います。
アムールトラの赤ちゃんは、3頭生まれましたが、1頭は間もなく死んでしまいました。残る2頭も、後ろ脚に障がいがあり、ちゃんと立てません。その2頭が生まれてから大きくなるまで、飼育員の皆さんが手塩にかけて育てる様子が伝えられます。
ともかく、この本のいいところは、産まれ落ちたところ(母アムールトラは産みっ放しで、赤ちゃんの面倒を見なかったのです)から、2頭が徐々に大きくなっていき、飼育員が抱えきれなくなるまでの様子が克明に写真で紹介されていることです。大きくなったら怖いばかりのトラも、小さいときには子猫そのもので、ともかく可愛いのです。
生後まもなくのとき、授乳は1日6回、2時間ごと。そのたびに排便の世話をし、足のマッサージもする。排便させるためには、ミルクを飲んだあと、必ず濡らした紙でお尻をふき、うんちをさせる。本当は母トラが赤ちゃんトラのお尻を舐めてやる。
ミルクを誤って飲み込まないように注意深くしないといけないし、感染症にかからせないように、授乳時は飼育員も手の消毒を念入りにする。
大きくなって、毛が抜け変わるときには、抜けた毛を飲みこみ、毛玉が胃の中にたまらないよう排出させるために、ネコ草を与える。
ええっ、ネコ草って何ですか?知りません。どなたか、教えてくださいな。
毛は内臓の鏡。動物は毛並みに体調が出る。うひゃあ、これも知りませんでした。そうなんですか……。
100年前は10万頭いたと言われる野生のトラは、現在では多く見積もっても6000頭しかいない。アムールトラは絶滅の危機に瀕している。これも人間のせいですよね……。
とても可愛らしいトラの赤ちゃんの写真が満載の本です。どうぞ手にとって眺めてみてください。心が癒されますよ。
(2009年11月刊。1400円+税)
2010年02月22日
思考する豚
著者 ライアル・ワトソン、 出版 木楽舎
つい先日も豚シャブを食べたばかりです。豚肉でも、ときには牛肉のようにシャブシャブで食べられるのですよね……。この本を読んで、そんな身近な豚について、認識を改めました。
豚は根っからの楽天家で、ただ生きているというだけで自らわくわくできる生きものだ。
猫は人を見下し、犬は人を尊敬する。しかし、豚は自分と同等のものとして人の目を見つめる。
豚は独特だ。考え、働き、囲いの外で遊ぶ。この4000万年のあいだ、豚の姿形や基本的な構造はほとんど変わっていない。
豚はとても社会的な動物である。楽しげに寄り集まり、身体にふれあいながら、家族集団で暮らしている。若いオス豚たちは、成熟すると自発的に群れを離れるか、群れから追い出される。
オス豚は年をとると、いつしか自分から群れを離れていく。一方、年老いたメス豚が一頭だけで暮らすことは決してなく、いつまでも社会集団のなかに留まり、女家長的存在になる。集団がどこで食糧をあさり、いつ移動するのかは、しばしばこの女家長に合わせて決定される。ちょうど象の社会集団のようである。
豚は恐ろしいほどよく眠る。一日の半分はゆったりと身体を横たえて静かに動かずに過ごす。そのうち半分は、時々いびきもかく深いノンレム睡眠だ。
豚は本来、昼行性である。
豚の行動圏において欠かせない目印は、糞をする場所である。
豚の鼻がユニークなのは、鼻で地を掘る習慣に負うところが大きい。鼻先は平たくなっていて、軟骨組織の丈夫なパッドが詰められているため、かなり硬い地面でも掘ることができる。
野生の豚は、トカゲ、ヘビ、ヒナドリ、小型の哺乳動物など、捕まえられるものならほとんどんなんでも殺して食べる。
豚は、あらゆる意味できれい好き、かつ、繊細である。どの豚も匂いに対する鋭い感覚を持っている。豚は匂いを嗅ぎ分けるのに最適な身体をしている。鼻は同時に腕、手、鋤(すき)、主要な感覚器官でもある。
豚の社会は匂いにしばられている。豚の行動はおおむね匂いによって決定される。
豚は決して縄張りに固執する動物ではなく、季節に合わせて移動できる行動圏を持っている。
豚の新生児は数分で母親の声を認識しこれに反応する。生まれて1時間もたたないうちに、子どもたちは母親の声とそれ以外のメス豚の声を聞き分けられる。
豚は人間の指図を受けるのがあまり得意ではない。そうなるには頭が良すぎるのだ。だから、同じことを繰り返す退屈な作業を快く感じない。
いま、何千頭もの豚が生物医学の研究に従事している。いくつかの解剖学的構造において、豚はどの動物よりも人間に近い。
週に何回も食べている豚が、こんな動物だったとは……。
(2009年11月刊。2500円+税)
2010年02月27日
カメムシはなぜ群れる?
著者 藤崎 憲治、 出版 京都大学学術出版会
ホオズキカメムシは成虫が体長1センチほどの黒褐色をした地味な色合いのカメムシ。ホオズキという植物の語源は、ホウがつく植物のこと。ホウというのは、カメムシをさす古語。私の家の庭にもホズキがありますが、それがカメムシ由来の名前だと言うのには驚きました。
ホオズキカメムシは、幼虫のとき、強い集合性を持っている。寄り集まって、みな外側を向いた円陣隊形をとる。
ホオズキカメムシが襲われたとき、その個体が警報フェロモンを発するため、他の個体は速やかに逃避する。自らが犠牲になることによって兄弟が助かると、遺伝子は兄弟経由で次世代に受け継がれていく。利他的な行動のように見えて、実は利己的な行動なのである。
ホオズキカメムシは成虫になっても初めのうちは幼虫のときと同じく、オスもメスも一緒に仲良く集合して吸汁している。ところが、性的に成熟し、繁殖期が始まると様相が一変する。オス同士が互いに排斥しあうようになる。
ホオズキカメムシのオスはハレムをつくり、10匹のメスを占有する。
カメムシたちが群れることには意味があることを、実証的に明らかにした面白い本です。学者って本当に偉いですね。こんなことをじっとじっと見つめていて、その違いを掘り下げて研究し、論文を書いていくわけなんですからね。たいしたものですよ。
(2009年10月刊。1800円+税
2010年03月01日
動物病院24時
著者 ニック・トラウト、 出版 NTT出版
アメリカの動物病院の一日24時間を紹介するスタイルの本です。もちろん、患者は犬だけではありませんが、なぜか犬が多いのです。
僕は天性の外科医ではない。いわゆる手先の器用さには恵まれなかった。ありがたいことに、外科手術の技術は練習で身につけられる。ピアノを弾くのにちょっと似ている。やる気があって、それなりの時間をかけて努力すれば、初めは一本指でたどたどしく弾いていたのが、やがて上達し、鍵盤を正確にたたいてメロディを奏でられるようになる。
ペットの人気の第1位は猫、2位は犬。そして第3位は、なんとインコ。インコはアメリカだけでも800~1400万羽も飼われている。
アメリカ人は、ペットの世話のため年間400億ドルもつかう。アメリカでは、この10年で専門資格を取得した獣医師が76%増加し、8000人以上が専門分野をしぼっている。
ところが、医療従事者全体のなかで、自殺者の率が一番高いのは獣医師である。
この動物病院の平均治療費は300ドル(3万円)。しかし、人口股間接置換手術は5000ドル(50万円)、心臓ペースメーカー手術は3500~4500ドル(35~45万円)。背骨のMRI検査は2000ドル(20万円)、CTスキャンは1000ドル(10万円)。放射線治療は1コース3000~4000ドル(30~40万円)。化学療法の平均的なコースは3500ドル(35万円)かかる。アメリカのペット保険加入率はわずか1~3%でしかない。ちなみにイギリスは20%が保険に加入している。では、日本は……?ペットを世話するのにもお金がかかりますね。
臓器が動かなくなり、余病が猛威をふるい、感染症が牙をむき、苦痛を和らげてやれなくなるところまで病気が進行しても生かされている動物を見ると、飼い主の気持ちが分からなくなる。身勝手な動機から意味もなく動物を苦しませ、保護者としての基本的な責任を安易に放棄しているように思えてならない。
犬や猫の面倒を一生涯見てやることが飼い主のつとめであり、悲しいことだけれども不快感や苦痛を取り除いてやることも保護者としての義務の一部なのだ。たとえそれが、安楽死を選ぶということであっても……。
動物は嘘も裏切りも不貞も絶対にない関係をくれる。わずかな努力でうまくいき、しかもいつまでも長続きすることが約束された結婚だと思えばいい。結婚前の取り決めはいらないし、離婚の心配もない。つまり、ぎくしゃくし、ひびが入り、2度と元に戻らない危うい関係ばかりのこの世の中で、真実の愛が見つかる可能性がある。心から安心できる愛が見つかる可能性がある。
なーるほど、だから人間はペットを愛するのですね。そして、深刻なペットロスが生まれるわけなんです……。
獣医にとってもっとも大切なスキルは、人間とのコミュニケーション術を磨くことにある。獣医の仕事は動物を治療することだが、それは人間のためにすることなのである。
飼い主の話にしっかりと耳を傾け、共感という言葉になりにくい心の底からの通じ合いを求めようとする。これは難しいことではない。短い診察時間にありったけの誠意とおもいやりと信頼をそそぐこと。そして何よりも、ただ黙って聞き役に徹するべきときを知ることである。
うむむ、これって弁護士にも共通するものがありますね。大変勉強になりました。面白い本です。動物好きの人には、ぜひ一読をお勧めします。
(2009年11月刊。1900円+税)
昨日の日曜日はたっぷりの陽光も優しく、春らんまんでした。朝、雨戸を開けるとウグイスのホーケキョという鳴き声が聞こえてきます。まだ長くは鳴かず。発声練習中と思わせる初々しい泣き声でした。
庭に黄水仙があちこちで咲いています。チューリップの芽はぐんぐん伸びています。サクランボの桜の木が、白い花をたくさん咲かせています。ソメイヨシノと違って地味です。
膝はおかげでなんとか歩けるようになりましたが、今度は花粉症に悩まされています。うれしい春にも困ったところがあるのです……。

